第十四回:絶体絶命?愛があれば大丈夫!無敵なんだから!
「ブルー!なにしてんのっ⁉︎ 」
「に、逃げろ桃色頭……、レッドを連れて……」
苦しそうに声を絞り出すブルー。
その銃口が小刻みに上下を繰り返している。
まるでブルーの意思に反して動いているような……?それをブルーが必死に押し留めているような……?
もしかして、ブルーもデータ干渉されてる⁉︎ 宇宙船と同じように!
あたしはレッドちゃんを振り返る。
「さっきまではブルーへの干渉を、レッドさんが完全に防いでいたのです」
グリーンの口調は心なしか震えていた。
「ですが、今はレッドさんの能力のほとんどをマクスウェルに向けているので、ブルーへの干渉を押さえるのが難しく、今はブルーの意識だけで耐えている状態です。ブルーは機械化率が中途半端なので完全にコントロールされるまでには時間がかかるでしょうけど、相手はレッドさんと同等の能力を持つネットランナーです。いつまで保つか分かりません」
あたしたちの頭上の宇宙船マクスウェル。
レッドちゃんの『姉妹』、通称『レナ4』が墜落させようとしていたそれは、さっきからあたし達の真上でただ浮いている。
そう、レッドちゃんが押しとどめているから落ちてこないんだ。それは多分、落とすよりも抑える方が難しいんだと思う。だって、あっちは宇宙船を単純に機能停止するだけで済むのに、レッドちゃんは高度や位置を指定して調整しながら対抗してるんだから。
「だったら今のうちに逃げなきゃ!ブルーも危ないけど宇宙船が落っこちてくるかも知れないんでしょ?」
あたしはレッドちゃんの手を引いた。
でも、レッドちゃんは動こうとしない。
ふるふると小さく首を振って、そのモニターグラスの奥の赤い瞳が、周囲に少しだけ視線を向けた。
キラキラ光る海岸線、波打ち際をきゃっきゃうふふ、まてまてーほぉら捕まえたをする恋人達、カラフルな水着でちまちま動く子供達。
あたし達を取り巻く高級リゾートのビーチはとっても平和。
宇宙船マクスウェルを見上げる人々は誰も彼も物珍しそうな顔をしている。
それはそうよね。こんなところを宇宙船が低空で飛ぶなんてめったにない事だろうし。だって、ホバーカーで走っている間も上空は離着陸する宇宙船達のルートになってなかったんだから。
彼らはここで起きている戦いのことを知らない。
ここは完全に管理され、安全が保証された高級観光惑星ヘカテ。
だからみんな安心しきっている。避難なんてこと、思いつくはずもない。
もしレッドちゃんがホバーカーを離れて逃げ出せば、意識が逸れて宇宙船は墜落するんだよね。
そうなればここにいる人達はただじゃすまない。下手をするとたくさんの死傷者が出る。
つまり『レナ4』はそのことも見越して仕掛けてきたんだ。
あたし達が逃げられないような状況を作り出し、そしてブルーに干渉して無力化する。
それだけじゃない。
ブルーとの戦闘でかなりボロボロになっているとはいえ、あっちにはまだバトロイドさんがいる。
もがれた脚を引きずりながら、ブルーの後ろからじりじりとこちらに近づいてきている。
ブルーが無力化した今、無防備なあたし達が敵う相手じゃない!
絶体絶命っ!
まずいわ、まずいわ。これってすっごくまずい状況っ!
ぐるぐると、色々なことがあたしの頭脳を駆け巡る。
守らなければいけない人達のこと。守りたい仲間たちのこと。
今にも墜落しそうな宇宙船、迫ってくるバトロイド、味方だけど敵に身体を乗っ取られそうなコマンダー。
なんだか色々詰んでない?
ねえ、これってどうにもならないってやつじゃないの?
どうする? どうするあたし!
逃げる?逃げちゃう?信念曲げて一人で逃げちゃう?
グリーンもさっき言ってたように、きっとあたしは狙われていない。多分レッドちゃんの仲間としてのカウントにすら入っていないかも。だから一人で逃げれば見逃して貰える。
そんなあたしの方を見て、レッドちゃんが小さくこくこくと二度頷いた。
逃げても大丈夫、そんなことを言いたそうな仕草。指でビーチを指し示す。
もしかしてあたしのことを心配してくれたのかしら。きゃー!
それなのにあたしったら!!!
「逃げない。あたしは絶対に逃げない!」
そうよ。レッドちゃんを、海岸の人達を見捨てて逃げるなんて、愛の妖精、白衣の天使たるあたしにとってありえない選択肢なのよ!
なんとかしてみせる。自称銀河一の命の守護者の名にかけて!
「教えてグリーン。バトロイドの神経って、人間と同じなの?」
「は? あ、はい。神経の代わりに信号ケーブルを接続していますが、大まかな構造は人間と同じです」
「だったらあとは宇宙船ね。あたしたちの宇宙船を呼んだら、ここまでどれくらいかかる?グリーンやレッドちゃんなら見えなくても操れるよね?」
「そうですね……。滑走路の使用許可を申請して、順番が来るまで待機して、離陸するとなると」
「そうじゃなくて、純粋にばびゅーんって飛んでからここに着くまでの時間の話」
「それなら一〇秒もあれば十分ですよ。僕が設計した量子エンジンは始動から加速までがスムーズで……」
「その話は後でね」
こんな状況でなぜか自慢気にエンジンの薀蓄を話し始めたグリーンを無視して、あたしは二の腕の救急キットから電子メスを取り出す。
「五分だけあげるから、グリーンは周りの人を海岸から避難させてちょうだい。レッドちゃんはあたしが合図するまでそこで待機。あのでっかいのが落ちて来ない様に頑張って」
「何をする気ですか?」
「いいから緑はさっさと行く!」
「は、はいぃっ!」
あたしの凛々しい剣幕に飛び上がるようにして、グリーンが海岸に走る。
グリーンの背中を見送るあたしを、レッドちゃんが首を傾げて見上げてきた。
「大丈夫。あたしに考えがあるから」
あたしはレッドちゃんにそっと作戦を耳打ちした。これはグリーンに聞かれちゃ拙いやつ。
「合図したら、今言ったようにしてね」
「でも……、危ないよ」
抑揚のないレッドちゃんの声。
きっと『レナ4』と物凄いハイスピードな電脳戦をしている最中のはずなのに、あたしを心配して態々発声に脳のリソースを割いて声を掛けてくれるなんて、もうね、大好きっ!
よぉーしっ!
充電されたわ、あたしの愛!
「大丈夫よ、レッドちゃん! 愛ある限り、あたしは無敵なんだからっ!」
あたしはホバーカーの陰から飛び出した。