第十一回:優秀な人材を生み出すには?
『エスト遺伝子精査プロジェクト』
最高能力とされる遺伝子の組み合わせで生まれた者達の能力を測る。
それが今回のあたし達の『お使い』の目的だったとグリーンは言う。
現在の遺伝子出生コントロールは、帝国ご自慢の専用コンピューターで行っているのだけれど、同じ遺伝子を持った兄弟達を同じ環境下で育てても、個々の能力は同じにならない……。人間には個々の特性があるからね。その特性がどうして生まれるかはわからないけれど。
ここはあたしの専門分野でもあるからわかる。
大昔、人は愛する人同士が結ばれ(すってきー)、その二人から生まれた子供は、一つの受精卵が分裂して同時に生まれる多胎児でも成長の度合いが違った。
現在の人工授精で同じ組み合わせで同じ様に育成しても、差異が出るのは父親と母親が各々持っている幾つもの特性から別々のものを取り入れているからではないか。最高の組み合わせを再現しても同じ者は生まれない。
ならば、クローン技術を持って本人自身を受精卵の状態で複製し、完全な管理下で本人と同等に育てたら?
初めはクローンそのもので能力者を増やそうとしたらしいんだけど、記憶や経験をコピー出来るネットランナーであっても、かなりの劣化能力者っていう結果になったとか。ネットランナーですらそうなら他の職業なんてどう考えたって無理でしょ。
流れとして、初めはオリジナルと同じ成長状態にしたクローンにオリジナルの脳内データを書き込んで上手くいかなかったから、徐々にクローンの年齢を若くして行ってオリジナルが実際に身につけたのと同じ年齢でデータを書き込んでみたけれど、これもダメ。で、人工授精からやってみようってね。
結論から言っちゃうと、それでもクローンたちには個性が出たらしい。本人とは違った、それぞれの個性が。クローンは繰り返すと劣化すると言われている。だったら個性があっても保管してある受精卵だか何だかを使った方がいい。
って、怖っ。
この広い銀河のどこかに、と言っても、帝国主要中央エリアのどこか何だろうけれど、そこに大量の受精卵だか何だかが、十年後に能力者判定を受けるまでと優秀とされた全帝国民分が保管されていて、自分の知らない所で自分の遺伝子双子だか三つ子だかと延々産み出されるかも知れない状態になっている訳よね。で、役立たず認定された場合、内々に葬り去られる……、のかな?
ある意味、墓場より怖い。
軍の最高能力者ランクに分類されている人達は、優秀な能力者を生み出す義務がある。
だから、最高級ランクとされた能力者が生まれた時の遺伝子の組み合わせの受精卵を人工子宮で育てる。
それも何人、何十人、必要とあれば何百人も。
そしてふるいにかける。
ふるいから落ちた人達がどうしているのか、グリーンも知らない。
けど、想像は出来る。
最悪、殺される。遺伝子情報保護の為に。
同じネットランナーの遺伝子を持つレッドちゃんとその兄弟は、時間をずらしながら宇宙港を出発、同じルートを通り、その過程を精査された。
結果、レッドちゃん達がどういう判定を受けるか、それはまだわからない。
そして、兄弟のグループのうち一組以上が、あたし達に攻撃を仕掛けてきたというのが真相だろう、と。
「あっ」
思い出した。
宇宙港で見たちょっと違うレッドちゃんは、レッドちゃんの姉妹だったのね。
最高級の同じ遺伝子を持った姉妹であり競争相手。
なんか悲しい。
同じ遺伝子の兄弟が潰し合う事を黙認するとか、帝国中央部のやり方は合理的で冷たい。
そしてコンピューターを信じすぎている。
でもそれは、あたしの目の前にいる三人にとって、息をするのと同じ位気にならない事なのよね。
きっとこんなことを考えちゃうあたしとか、そういう考え方の人間を育むあたしの辺境惑星みたいなものは、彼らにとってノイズだらけの存在なんだろう。
三人とこの先どれだけの付き合いになるかはわかんないけど、ほんのちょっとだけでも良いから、他の考え方や生き方、他の何かもあるんだって思ってくれると嬉しいな。
勿論、あたしの生命が保証された状態で。
◆
「ねぇねぇ、エストってどーゆー意味?」
落ち込むのもなんなので明るく話題転換する。
「最高級とか能力って意味じゃないわよね。ブルー知ってる?」
「はぁ? 何で俺に聞くんだ? 俺の持ち場には関係無い言葉だ」
でしょうね。
ちょっと小粋な話題の応酬を試みただけだもん。
「『ここ!』という意味ですよ」
「ここ? 何かの略語?」
「違いますよ。大昔の地球のある国で、極上のワインのある店を見つけた人が、後から来る人達にわかるように『エスト、エスト、エスト!』と店の扉に書いたという逸話があって、それを歴史データの専門家が見つけて、巡り巡って最高に素晴らしいという意味として、プロジェクト名になったそうですよ」
「ふぅん……」
『エスト、エスト、エスト』
レッドちゃんがあのときそう呟いた理由はわからないけど、今聞き出すのは無理そうね。
それはそうと、
「グリーンって、いろんな事知ってるわよね。どして?」
「それほどたくさんのことを知っているわけではありませんが、立場上なんとなく色々と耳に入る事はあります。知った事を繋ぎ合わせて話しているだけですよ」
「あんまり偉い人には見えないけど……」
「ひどいですねぇ」
そのときあたし達の会話を遮るようにして、すっとブルーが手を上げた。
そのやばそうな目つきに、あたし達は声をひそめる。
「終わったと思ってるのは僕達だけみたいですねぇ」
「別に戦わなくってもいいじゃない、ねぇ?」
「戦うな、とは言われてねぇだろーが。こっちがやる気が無くてもあっちは違うみたいだぜ」
あたし達は小さな声でやりとりしつつ、ブルーに促されて機械の影に移動する。そのやる気が殺る気じゃないのを祈りたい。多分無駄だけど。
「止まれ。そこから動くな。必要に応じて動け」
あ? どっちなのよブルー。
指示になってない事を言い残して、ブルーは一人、部屋の中央に立った。
ぼしゅううううううう!
次の瞬間、ヒートバスターをあたし達と反対方向の壁に連続で打ち込みつつ、横移動した。
……と、打ち込んだ壁が砕けて中から飛び出す人影!
ブルーのいた場所を、そいつの放った電撃のような『何か』の瞬きがなぎ払う!
それに構わず、ブルーはそいつに向かって一気に間合いを詰めた、と、
ばしゅううううううう!
視界の中で金属のような『何か』の音がばらばらに破裂する!
相手はあたし達に向かって『何か』を打ち込もうとしたらしい。
けど一瞬早くブルーが『何か』をそいつとの間に撒き散らし、相手の『何か』は空中にばらけた。
電撃ぴかぴかな『何か』と、それを反らすブルーの『何か』……うう、あたしの知識の次元外で戦わないでぇ!
当たった時を考えると怖いから!……って、当たらないでぇ!
『何か』だらけの戦闘をしないでぇ!
あ、でもでもできれば『何か』じゃ無い戦闘もしないでぇ!
どっちにしても、あたしの命が危険で危ないから!
出来る限り頭を下げつつも、ブルーとそいつの戦いを覗き見る。
一番怖いのは、状況が掴めない事だから。
何かあったら何とかしなきゃなんない。くっ!また何かで何とかっ!冗談にもならないわよ!あたしに何とか出来るとは思えないけど、座して死を待つとか、絶対的にあり得ない!
素人のあたしが見る限り、ブルーとそいつは同じ位の戦闘力っぽい。
背丈もあんまし変わんない。
二人とも一九〇センチ位。がちがちの戦闘員。
そいつの髪は黒いけど、顔の表情は隠れててわかんない。
二人して腕から接近戦用のナイフを出してて……って、えっと、『出して』って?
うーん、あれは『出てる』んだよね。『直接』『腕』から。
「ブルーってバトロイドだったの?」
バトロイド。
身体を戦闘用に特化させたアンドロイドだ。
主戦力を担う前線向きな職種である『コマンダー』が戦闘中に負傷し、負傷箇所をメカに置き換えてなる場合と、最初から『バトロイド』として改造したのち戦闘訓練を受ける場合がある、と聞いた事がある。
AIと比べると人間として経験と五感をフル活用した優秀な戦闘判断が出来る上に、人より強靭な身体を持つので、あちこちで大活躍しているとは聞くけど。
バトロイドは法律上、人よりも機械に近しい存在、『準人間』として扱われる。
怪我をしてもそれは『故障』と見なされ、動かなくなれば『破棄』される。
そんな『命』を軽んじられる存在。
人間とバトロイドの境界線はこれも法律で七五%と決っている。
機械化の割合で、扱いが全然違うのだ。
でも、身体の七五%が機械に置換されていても、元が人ならそれは『機械』じゃなくて『人』だと思うのよね、あたしは。
「相手はバトロイドっぽいですね。でもブルーはコマンダーです。まだ七二%しかメカになっていませんから」
まだってレベルじゃないってば!
あんまり違わないってば!
「本当に何も知らないまま合流したんですね。あ、頭ちゃんと下げておかないと持っていかれますよ?僕は生身のパーツは修理できないので」
「うううっ!本当に何も知らなかったんだってば!それから!グリーンの治すは、あたしの治すと違う気がするんだけどっ⁉︎」
ともあれ、頑張れブルー!
でも出来れば生け捕りでぷりーず。
ドクターとして、不要な殺生は認められないわ。
時々飛んで来る『何か』を途中で落としてくれつつ、不毛な戦いをするブルー。
覗き見しつつ、応援する健気なあたし。
バトロイドって面白いなぁなどと呑気に呟き観察するグリーン。
虚空を見つめるレッドちゃん。
「……ん。出来た」
レッドちゃんの呟きがあたしの耳に入った瞬間、敵のバトロイドさんの動きが停止した。
「ふざけるな!卑怯者!」
同時に、聞きなれない『誰か』の声が響いた。
赤い髪、赤い瞳。
レッドちゃんに似た『誰か』が、あたし達からブルー達を挟んで対角線上に立っていた。