夢を追う勇気
(・・少し早いけど、もう起きようかな。)
昨日の夜、中々寝付けずにいた私は完全なる寝不足で少し早い朝を迎えた。
幼い頃から本を読んでいたせいか、どんどん視力が下がってしまい、今ではもう眼鏡無しでは何も見えない目をこすりながらサイドテーブルに置いておいた眼鏡をパタパタと探して手に取る。
自室にある洗面台までのろのろと足を運び、鏡を見ればくすんでパサついた髪は、いつの頃だったか、お姉様に言われた”幽霊みたいね”と笑われた事を思い出す。
この国の言う幽霊とは一般的に絵本でも何でも顔色がとても悪い老人のようなイメージなのだ。
お姉様とお母様は綺麗な艶のあるキャラメルブラウンで、お父様は少し赤みのあるブラウン。私だけがこのくすんだプラチナブロンドで誰にも似ていない事が寂しくて、疎外感に苛まれる原因の一つだ。
(・・・なんでこんな色で生まれたんだろう。ほんと、幽霊みたい・・。)
自身の髪色も何もかもが大嫌いで手入れする気にさえならなかった私だけど、今日は少しでもマシに見えるように…とお姉様がよくやっていた様に丁寧にブラッシングをする。
ーコンコン
「おはようございます、起きてらっしゃいますか?」
いつもより早いサラに首をかしげつつ「起きてるよ」と声をかければ扉が開く。
「あぁ、やっぱり。なんだか物音が聞こえたので・・って、あら?私が代わりますよ。」
サラはこの家の中で唯一、普通に接してくれるメイドで基本的に小さな頃から私のお世話をしてくれているので、私は素直に「うん」と頷く。
「今日から、髪のお手入れしません?きっと、美しい髪色に戻りますから。」
「・・ううん。私の髪は、皆と違って綺麗なんかじゃないし、そんな事しても無駄だもの。ただ、あまりにも気を使わないのも、相手に失礼な気がして・・ただ・・それだけなの。」
サラはよく、ちゃんとお手入れした私の髪は綺麗になるって言ってくれるけど、そんな訳ないし、本当はどんなに頑張ったってダメなんだって現実を知る事になるのが一番嫌だった。
だから私は基本的な事以外、つまり美しくなる為のお手入れは極力避けて通ってきた。
「そうですか・・。それじゃあ、お嬢様。気が向いた時は此方の櫛で丁寧にブラッシングして下さい。髪にとても優しいんですよ。そうそう、今私が手にしているオイルなんですけど、これを・・こんな風に少しだけ出して手のひら全体に温めるように伸ばしてから、毛先から優しくつけてあげてください。つけすぎると酷い事になりますから、あくまで少量ずつ手にとって・・」
優しいサラは私にでもとても解りやすいように説明をしながら、丁寧にお手入れをしてくれている。気を使わせてしまった事に申し訳なくなりながらも、着替えた後はいつも通りハーフアップに結って貰った。本を読むときに長い髪が邪魔になるので、いつも土曜日はハーフアップにして貰っている。
軽めの朝食を頂いてから、いつもより少し早めに馬車へと乗り込んだ。
馬車の中で私は少しうとうととしつつも、学院が近づくにつれ今度は不思議な緊張感で目が覚める。
(何をそんなに緊張しているんだろう)
ふぅとため息を吐き、深く深呼吸をして心を落ち着かせている間に学院へと到着し馬車を降りて門へ近づけば、すらりとした長身の影が見える。どうやら、私よりも早くに到着していたらしいと気が付いて内心で少し慌てる。
「おはよう、ラフィトスさん」
心地良い声がすっと耳に届き私は顔を見上げて「おはようございます。・・お待たせしてしまいましたね。」と言葉を返した。
「いや、さっき着いたばかりだ。」
彼はそう言って優しく笑んでから、いつも通り鞄をすっと持ち上げてくれたので、お礼を言えば「このまま図書室へ行くのか?」と尋ねられたので頷く。
「そういえば、初めて入るな・・。」
(あぁ、確かに図書室を利用する人って少ないかも。)
彼の呟きに今さらながら図書室へ行けば大体いつも同じ人が出入りしていて、あまり新しい人は見かけない事に思い至り、どうしようかなと考える。
「サレッティさんはいつも、学院で空いた時間は何を?」
「基本的に鍛錬だな。」
何ともサレッティさんらしい答えに思わずふふっと笑ってしまって、サレッティさんは「ん?」と不思議そうな顔をしている。
「いえ、サレッティさんらしいな、と思いまして。・・あ、すみません。よく知りもしないくせに変なことを言ってしまって。」
サレッティさんとは出会ってまだ少ししか経っていないのに、勝手に”らしい”なんて言ってしまった事に後悔する。
「いや、別に構わない。」
サレッティさんは特に気にした様子もなく、普通だったのでホッとして私はサレッティさんに提案する。
「私はお昼までずっと本を読むつもりなんですけど、流石にその間お待たせする訳には行かないので、サレッティさんが好きな事をするのはどうですか?また、お昼に待ち合わせという事で・・」
私がそう言えば、彼は少し考えた後に首を振った。
「とりあえず、図書室へは一緒に行く。ついでに俺が読めそうな本を一冊、見繕ってくれないか?」
サレッティさんが読めそうな本・・どんなものが良いだろう?
読みやすくて面白い本を中心に頭の中で浮かべる。
「何でもいいんですか?」
「あぁ、俺らしい、本だと尚良い。」
サレッティさんはそう言って優しい笑みを浮かべてるけど、先ほどの事をからかわれているのだと気が付いた私は思わずジト目になる。
「・・私、少し思っていたんですけど、サレッティさんって意地悪な所がありますよね・・。」
「そうか?」
惚けるサレッティさんを横目に私は、やっぱり・・と思いながらもサレッティさんに渡す本が決まって私はニッと笑う。
「いいですよ、私がサレッティさんにぴったりの本を選んであげます。」
◇ ◇ ◇
「はい、どうぞ。」
私は図書室に着いてすぐ、一角のコーナーへと行き目当ての本をスッと取りサレッティさんに手渡した。
「?選んでいないように見えたが、これが俺らしい、本なのか?」
あまりにも迷いなく選んだ為に、サレッティさんから見れば適当に取ったように見えたんだろうと思い、私は説明した。
「自分が大好きな本は、大体どこにあるのか覚えているんです。だから、どの本にしようか考えて割とすぐにこれだ!って思ったので。気に入らなかったですか?」
私のお気に入りの一冊と言っても過言では無いものの、少し子供向け過ぎる本でもある為、失敗したかもしれない、とサレッティさんを見れば、サレッティさんはどこか嬉しそうだった。
「・・ありがとう、嬉しい。ラフィトスさんが読む本は、決まっているのか?」
何となく耳が紅いサレッティさんは、んんっと不自然に咳払いをしてから図書室をぐるっと見渡していた。
「はい、今日は3冊程既に目星をつけていますので・・えっと、これと・・これと。後、こっちの本です。」
私がひょいひょいと本を取る度にサレッティさんが横から持ってくれるので、「ありがとうございます・・」とお礼を言いながら、二人で席に着く。
今日は土曜日という事もあって、図書室に今は誰も居ない為、私達の物音だけがやけに響いて聞こえる事に少し緊張しながらも、気が付けば本に夢中になってしまっていた。
暖かい日差しが入り込み、ふと本のページをめくる音が止んでいた事に気が付き、ちらりと対面を見ればパチッと眼が合ってしまい、身体が固まったかのように言葉も出なくなる。
余りにも真剣な眼差しに、体温が上がりちゃんと呼吸が出来ているかも解らない。
「・・この本を、選んでくれてありがとう。」
それまでの真剣な顔がふわりと温かく優しい笑顔へと変わり、私は本で顔を半分隠しながら「いえ・・気に入って頂けたなら、良かったです・・」と何とかどもらずに言えた。
いつから見られていたのだろう、と少し恥ずかしくなりながらもなんとか息をふぅと整えていると、ふいにサレッティさんが本を撫でながら「・・勇気を貰った。」と呟いた。
私がサレッティさんに渡した本の物語はよくあるようなお話だった。
平凡な村人の主人公レインが特に夢もなく、ただ日常を漠然と過ごしていたある日の事。突然、村に火が放たれ盗賊たちに襲われたのだ。為す術もなく、目の前でレインの家族が襲われかけた時、たった一人の男が現れて次々と敵をやっつけていく。
盗賊たちは皆たった一人の男にやられ壊滅し、村人達は救われた。
その男はこの国の聖騎士だったのだ。村人達がお礼を告げるも「当然の事をしたまでです」そう言って颯爽と去って行った。
レインはこの時初めて、夢を持った。
“いつかあの聖騎士様のようになりたい”とーー。
そして、レインは日々鍛錬を重ね血が滲むような努力をして13年が経った日。
聖騎士になれたレインは、あの時憧れを抱いた聖騎士の様に今度は自分が
困っている人々を助けましたとさー。
ーーとまぁ、ざっくり言うとそんなお話なんだけど、多分この物語の著者は単純に”努力すれば夢は叶うよ”というメッセージと、”諦めずにいる事の大事さ”をこめているのではないかと思う。大体の子供向け絵本では、主人公が努力するシーンはとても短くて、割りと簡単に夢が叶っている事が多い。だけれど、この本は主人公が努力するシーンが一番長く細かく描かれていて、そして主人公の夢が叶うまでの年月もやけに具体的なのだ。
だから、サレッティさんが”勇気を貰った”というのは、何となく解る気がした。
私もこの本を読んだ時、自身の遠くて漠然としている夢がレインのように
努力すれば叶うかもしれない、と勇気を貰った一人だったから。
「私達もレインのように、夢を叶えられるようになりたいですね。」
私がそう言えばサレッティさんもふっと笑み「あぁ、そうだな」と頷いてくれた。
今日は土曜日なので、食堂も全然人が居ない為、私とサレッティさんは二人でパンを買いに来ていた。私はいつも通りカスクートを一つ。サレッティさんは、パン一つでは足りない為、沢山抱えていた。
「今日はどこで、食べようか?」
食堂のテーブルを沢山空いているものの、今日は折角ぽかぽか陽気で風も気持ちの良い一日。何となく食堂で食べるのは勿体ない気がした。
「・・今日は、土曜日なので中庭が空いていると思うんです。・・良かったら、そこで食事にしませんか?」
「あぁ、今日は気持ちの良い天気だから、良いと思う。」
サレッティさんも同じ事を考えていてくれたらしく、私達は中庭へと向かった。
いつも中庭は大人気でテーブルもいくつか用意されているものの絶対に満席状態な為、私一人で占領する事は出来ないのでお気に入りの場所まで足を運んでいたが、中庭に咲く花々や日差しがとても心地良くて、これから土曜日の昼食はここで取ろうかな、と考えながらパンを食む。
「中庭には花が多いから、昼食の時は匂いが気になるんじゃないかと思っていたが、全然そんな事は無いんだな。」
「言われてみればそうですね。私もここで食べるのは初めてなんですが、とても心地良いので、これから土曜日はここで食べたくなりました。」
お互いにパンを齧りながら、他愛も無い話で盛り上がりあっという間に午後になった。
午後も私は本を読むので、サレッティさんは私を図書室まで送ってくれた上に、読みたい本をまたテーブルの上に運んでくれた後、「鍛錬場で少し、身体を動かしてくる」と言って別行動となったが、私がそろそろ帰ろうと考えた頃にサレッティさんが戻って来て、またせっせと本を戻し馬車まで見送ってくれた。
「いつもいつも有難うございます。明日はゆっくり休んで下さいね。」
貴重なお休みを一日奪ってしまったので、少し申し訳なく感じつつもお礼を伝えればサレッティさんは「今日は、本を選んでくれてありがとう。とても良い本だったし、あの本が俺らしいというのが、嬉しかった。」と言ってくれたので、凄く心が満たされるような、何とも言えない温かい気持ちになる。
「そんな風に言って貰えて、とても嬉しいです。」
それに、わざわざ言ってくれるという事は、本当にサレッティさんに合ったのだろう。本当に良かったと心から安堵する。
「それじゃ、また月曜日に。」
「はい、また月曜日に。」
サレッティさんとお別れして私は今日の楽しかった余韻に浸りながら、家へと戻った。