どうしてこうなる?
あれから毎週木曜日はお姉様がお弁当を持って教室へやってきてご飯を食べているけれど、私は空気のような存在になるべく存在感を消す事に徹した。
そしてヒュースさんの一件以来、サイラー先生とは明らかに前と比べて私的な会話が減り、前よりも気安さが無くなってしまった。それでも、授業の内容は変わらずためになるし、楽しい事に変わりは無いが。
だとしても、私は本当に何故ここにいるのだろうか?
お姉様は時々、「ユーリ、ごめんね・・つまらなかった?」と申し訳無さそうにし完全な空気扱いにはしてくれない事も居心地が悪い原因の一つだ。
私はお姉様の作ったお弁当を無心で素早く平らげて「図書室に本を借りてきます」と言い訳を作って早々に部屋を出た。
(…外の空気が吸いたい。)
何だか息がつまるような感覚に襲われて、ふと学院の庭にふらりと足を運べば色とりどりの花が立派に咲いていた。花に誘われるようにゆっくりと花に近づきしゃがみこんで色や香りを楽しんでいると突然・・
ードンッ!!
全身に衝撃が走った。
「……った…」
・・もしや新手の嫌がらせだろうか。
ふ、と頭にそんな事が過ぎってまたもや憂鬱な気持ちになっていく。
「…っつ、すまないっ。俺の不注意だ…、こんな足元に人が居るとは思わなくて。大丈夫か?」
相手は慌てながらも手に持っていた荷物を一度置いてから私へ手を伸ばしてくれた。
「…いえ、こちらこそ申し訳ありません。……っ!?…ぁ、あの私は大丈夫ですから、お気になさらず・・汚してしまいますので。」
相手の手を取ろうと倒れこんだ姿勢から一度身体を起こせば、右足首が痛んだので恐らく捻ってしまったのだろうと思い、相手に気を遣わせない為にも不自然に伸ばしかけた手を上げ手のひらを見せた。
”手を取る気はありません”
そう意思表示をしたのだ。手を煩わせるつもりはないと。別に可愛げがないと思われても良い。足首を捻ってるのを見られて、手を借りて付き添わせる方が申し訳ない。
そんな風に考えていると相手は行き場の無い手を困ったように戻し困惑しているのが伝わる。
「…その、男に触れるのが苦手か?」
「あ、いえ。そうではなく、お急ぎのようだったので…私は大丈夫ですから」
この時間さえも勿体ないのでは…と思いながら、土で汚れた手を払いつつ相手の荷物をちらりと見る。どうか荷物を優先して下さいとの意味もこめて。だが、相手には伝わらなかったらしい。ーー正確には気が付いて無視されたのだろう。
「それなら、良かった。俺の用事等、後でもいい。」
-失礼する。
彼の声がやけに耳元に聞こえるな、なんて思った瞬間には身体がフワッと浮き上がり私はすっぽりとお姫様抱っこされていた。
「…え?」
もう、この言葉しか出ないのも仕方が無いと思う。
彼はスタスタと私を抱えている事すら当たり前のような軽い足取りで迷いなく歩いていく。
周りの者はビックリした後、きゃあきゃあ騒いだり、ヒソヒソと眉を顰めたり、ニヤニヤしている者等…多種多様な反応だったけど、私はただただ
(…恥ずかしいっ!!!!)
一体全体これはどんな公開処刑だろう。
足の痛みに気が付いたのだとしたら、肩を貸してくれる方がまだマシだ!
…時間がかかる事は確かだけども。
私はあまりの衝撃に何か言いたいけど何も言葉が出ない、まさに絶句状態で、顔が紅くなっている事すらも恥ずかしい!
人は驚きすぎると言葉が出てこないのだと悟り、もう諦めて両手で顔を隠しながら早くこの公開処刑が終わる事を祈った。
彼は目的地に着いたのか、足でガシャッ!ガラガラッ!と誰が見ても乱暴なやり方で扉を開けたかと思えば、私をそっと優しく丁寧に下ろしてくれた。
「乱暴だよ、おまえ。扉が可哀想だろ?丁寧に扱え。そんで、君はなんだ。」
恐らく保健室の先生だろう、白衣を着た男性がテーブルの上に肘を置き手の甲で頬杖をつきながら気だるそうに此方を見ながら言うが、運んでくれた男性はそんな先生の言葉を無視しながら私に申し訳なさそうにしている。
「…手荒だったか…?済まない、不快な思いをさせた。きっと、立ち上がれないのだと勝手な推測でここへ連れてきたんだが…」
やっぱり足を捻った事に気がついたらしい彼は、右足首をちらりと見ている。
「…いえ、私こそ失礼な態度をとり申し訳ありません。ここまで運んで頂きありがとうございました、ただ、その、突然でしたので、す、凄く…恥ずかしかったですが…。とても助かりました。」
降ろして貰った事でようやく言葉が出せるようになり一度深呼吸してからお礼を告げる。勿論、”突然こんな事しては驚きますよ”という注意も含めながら。…思い出してしまって、あまりちゃんと言えなかったけれど。
「あぁ、今度からは事前に言う事にしよう。にしても、やはり俺のせいで、痛めてしまったんだな…。どう、お詫びをすればいいだろうか。」
(・・・今度?)
いやきっと、彼は真面目な人なんだろう。至って真剣な顔をしながらそんな事を言っているので、きっと冗談ではなく本当に言っているのだと解って思わず、ふふと笑ってしまう。それに、今度からというのは別に私の事ではなく、今度こういう事態に直面してしまった時の事を言っているのだろうから。
「どうか、気にしないで下さい。今回はお互いの不注意という事で…」
「いや、君はあの場でじっとしていた。俺の前方不注意で、君に怪我をさせてしまったから、俺が悪い。君は悪くない。」
食い気味で否定され何と返そうか考えていると彼の後ろから先程の先生が顔を出す。
「おまえね。まずは手当が先だろ。つまり邪魔。おけ?で、キミもこういう時は素直に受け入れてやる事も大事だぞ。ましてやコイツは頭がカッチカチ野郎だから、何でもふっかけてやりゃーいいさ。」
ふっと悪い笑みを浮かべる先生に私は「そ、それはちょっと…」と返すことしか出来なかった。それに本当にこの人はふっかけられたとしても承諾してしまうような気がして、ちょっとだけ心配になった。
でも、先生の言う通りこういう時は素直に受け入れた方が可愛いのだろう、うちのお姉様のように…と思えた。とはいえ、本当にそこまでの事でもないし、どうしようかと考えているとスっと足を持たれて冷たい物が当てられる。
「…ひゃっ…」
「あらら。右足首思いっきり捻ってるね、これ。ま、2週間は安静に。」
暫く冷やした後、手慣れた手つきでクルクルっと包帯を巻かれ、隣では「…全治2週間……」と呟いたまま私の包帯が巻かれた足を見たまま固まっている人が。…いくらなんでも足をずっと直視されるのは恥ずかしいので止めてほしい…。
「お前と一緒にするな。どー見たってか弱い女の子なんだから、治りも当然これくらいが普通だぞ」
呆れたように先生がそう言うと、突然片膝を足につけ頭を下げたまま「…俺、ヴェルート・サレッティは君に怪我を負わせた責任を取り、完治するまでの間、手となり足とならせて下さい。どうか、拒否しないで頂きたい…。」
ーとんでもない爆弾をくらった気がした。
え…っと、まるで騎士様か何かの誓いですか?軽くプチパニックを起こしつつも、微動だにしない目の前の人を何とかせねば、と私は焦った。
「…あ、あの、まずは頭を上げてくださいっ、地に膝をつけたら汚れてしまいますよ…っ!それに、私にそこまでして頂く必要もありません。」
足を捻ったくらいでここまでされては流石に私も胸が痛いので、慌てて頭を上げて欲しいと頼んでも彼は私が了承するまで頭を上げる気が無いのか未だに微動だにしてくれない。微動だにしない彼と焦る私を見て、悪い笑みを浮かべている先生がやれやれといった様子ながらも、若干楽しんでいるように見えた。
「逆に。君は何がそんなに嫌なの?彼は君に怪我をさせた。それはとても罪悪感が胸に残るだろう。当然、償いたいと考える。なにせ、彼は真・面・目だから。キミはむしろ…その贖罪のチャンスを与えない事が彼への罰?それなら、良い考えだ。だって効果覿面。」
親指をグッと立てて”やったね”と言わんばかりに私へ良い笑顔を見せる先生に思わず私は慌ててしまう。
「え?えっ?そ、そんなつもりじゃ…っ!」
「なら、コイツの提案を受け入れてチャンス与えてやってもいいんじゃない?受け入れた上でコイツが使えな…、迷惑だっていうなら、その時にスッパリお断りしてやりなよ。君の右足首が痛いのは事実だし、荷物でもなんでも持たせてやればいいだけさ。それくらいなら良いと思わない?ダメ?」
「…え、っと、それくらいなら…」
先生の迫力に負けて了承すれば、サレッティさんがパっと顔を上げて立ち上がり「チャンスを与えてくれたこと、感謝する。」とまた頭を下げられるし、先生はニィッといたずらが成功したような笑みを浮かべて「さすが!話がわかる良い子だな、君は」なんて言いながら、フフッと笑っている。
あれ?どうしてこうなったのだろう。
気が付けば私は2週間の間、サレッティさんが簡単なお手伝いをしてくれる事となってしまった。
保健室を出た後、私は足首を固定して貰ったので少々痛みがあるものの何とか歩けたのでサレッティさんに「今日はもう大丈夫ですので」と伝えた。だが、頭の固い彼はやはり頭が固い。
「いや、今日もキミが帰るその瞬間まで手伝わせて欲しい。なにか、やる事があるか?」
「特にありません。」
私が即答すると「そうか……」としょんぼりする姿に「うっ」と胸が痛む。
(…お、おかしい。どうして私が罪悪感を…)
罪悪感にちくちく攻撃される胸を抑えながら、どうしようか悩んでいると突然馴染みのない声が近くから聞こえた。
「やぁ、ヴェルート。そんなに落ち込んで一体どうしたんだ?」
「あぁ、フリード。」
なにやら背景をキラキラさせたザ・好青年といった人物がサレッティさんに親しげに話しかけてきた。
「おや、君が女性と一緒だなんて。これはお邪魔してしまったかな?こんにちは、僕はフリード。フリード・ビスタ。宜しくね。」
少し申し訳なさそうにする彼だけど、本当にそう思っていたなら声をかける前に気がついていただろうし、今更だ。
「…ユーメリア・ラフィトスと申します。」
正直、私の直感が関わりたくない類の人間だと告げているので、簡単に自己紹介だけ済ませて後ろへ下がる。すると、サレッティさんは意外と空気が読めるのか口を開く。
「邪魔ではない、が、フリードには暫く付き合えないぞ。」
サレッティさんの返答が意外だったのか、一瞬驚きに目を見開いていたがすぐに柔らかな笑みを浮かべて「それは残念だ。だけど、一体どうしたんだい?」と更なる追求を重ねる彼。
「ラフィトスさんに怪我をさせてしまった。」
サレッティさんがそう言うとビスタさんはちらりと私を見て納得したようだった。
「そうだったのか。それは大変だったね。でも、暫くって?」
「彼女が完治するまで、自分にできることをやろうと思う。」
「ははっ、君は本当に真面目だね。」
なんだかいたたまれない中、ビスタさんが突然私の方を見て「彼を宜しくね」と言って去っていった。
そして、この日は本当に用事も無かった上に色々あって疲れてしまったので、馬車まで付き添って貰った後は真っ直ぐ帰宅した。