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耐え忍ぶ


面倒事の予感しかしない、というより私にとって悪い事が起きるのはもう決定事項と言っても過言ではないと思う。先生をお姉様に紹介する………。何故?と頭の中で疑問符が沢山並ぶが、お姉様の考えはいつだって私には理解出来そうにもない。


今の日常は私にとって、とても平穏で幸せな日々だと思う。色々な人からは白い目で見られたり、すれ違いざまに何か言われる事もあるけれど、そんなのは元より慣れっこだ。それらがあったとしても、先生の授業はとっても楽しい。だから、学校へ行く事は苦じゃない。



…でも、お姉様のお願いを断ればどうなるかは目に見えている訳で。他人にどう思われてもいいけれど、本音を言えば家族は…家族にだけはこれ以上嫌われたくなかった。きっと、私がお姉様のお願いを断れば、両親が私を叱るだろう事は解り切っている。…それだけは、嫌だった。



…両親の、冷めきったあの眼で見られながら叱られる事が私には耐えられなかった。



お姉様の意図は全くもって解らないけど、私はそれくらいならと了承し昼休みの時間に紹介するという約束をして学院へと着いた。





いつものように先生の授業を受け、あっという間に楽しい授業が終わり昼休みを知らせるベルの音が校舎に響く。



「では、ここまで。」


「ありがとうございました。」




今日も私にとってはとてもタメになる授業で、いつものように余韻に浸りたかったが、お姉様との約束を思い出し、それまでの余韻がスーと引いていくのを感じながら「先生…この後、お時間宜しいですか?」と話を切り出した。


先生は快く承諾してくれたものの、事情を説明すると先生の顔がどんどんと訝し気になり「何故?」と口には出していないものの、顔を見れば一目瞭然だった。


…私も同じ気持ちになりましたから、先生の気持ちは分かります。なんて心の中で苦笑する。


「……本当にすみません、先生に個人的なお願いをしてしまって…」


「…いや、俺は構わない。」


先生は何か思案してから断る程の事でもないからと了承してくれたので、ホッとしつつも、何となくもやもやする気持ちをぐっと抑えた。




「それで俺はどうしたら?」


「恐らく、姉がここへ……」


そう口に出したタイミングでコンコンとノックの音が響く。


私がそっと扉を開けばお姉様が私に向かって満面の笑みを浮かべて突然「会いたかった」と抱擁される。


私はどうしていいか解らず行き場のない両手がロボットのように硬直したままだったが、お姉様は私の耳元に口を寄せて、下手な事したら許さないから--と囁いた。


つまり、お姉様の言動に私も上手く合わせなければならないと言う事だとすぐに察し、私は小さく頷いた。



「サイラー先生、此方が姉のマリアです。お姉様、此方がレイドリック・サイラー先生」


「いつも妹が大変お世話になっております。」


お姉様はとても綺麗なお辞儀をしながら、先生に挨拶をし先生もまたお姉様に合わせて挨拶を返す。


「いや、出来の良い生徒との授業は此方が楽しませて貰ってるくらいだ」


お姉様は柔らかな笑みを浮かべながら、まぁと嬉しそうに声を上げる。



「そのように言って頂いて姉としてもとても嬉しいです。本当に今日は突然、申し訳ありません。…それで、あの…先生さえ良ければ3人でお昼を御一緒してもいいですか…?」


「え?あぁ、それは構わないが…」


先生はお姉様の突然の申し出に驚きながらも了承すると、お姉様はとても嬉しそうな笑顔でお礼を告げて少し大きめの包みをテーブルに広げた。


「これは…凄いな。」


「…えへへ、お弁当を作ってきたんです。」


どうやらお姉様は最初からご飯を一緒に食べるつもりでいたらしく、お弁当を持参していたのだ。


「すみません、素人の手作りなので先生のお口に合うと宜しいのですけど…」


お姉様は恐る恐るといった様子で先生用と私用に丁寧に作られたお弁当をくれた。


「これは、君が?」


先生はまたも驚きながらお弁当を見つめつつ、そう聞くとお姉様は照れたようにはにかみながら「お料理が好きなんです」と答え、先生はとても感心したように「…へぇ。」と頷いていた。



これには私もびっくりだった。

バランス良く盛り付けられたお弁当の中身はどれも美味しそうでとても素人のそれには見えなかったから。そうしてお姉様は自身のお弁当を開き、先生が何気なく目を移し首を傾げた。


「……君のお弁当は、それだけなのか?」



私と先生のお弁当に比べてお姉様のお弁当はとても色味も少なくシンプルで、明らかに質素だった。私も思わずお姉様と私のお弁当が逆なのでは?と思い、お姉様の方にお弁当を渡そうとするとー。



「…私はこれしか…、っこれが良いんです!気にしないで下さい!」


お姉様はそういって何とも言えない顔になりながら、意味ありげに私の方をチラッと見てすぐに眼をそらした。


そんなお姉様の態度に先生も首を傾げていると、お姉様は丁寧に手を合わせて「頂きましょう?」と先生に目を向けた。


「…あ、あぁ。では、有難く…」



先生も少し申し訳無さそうにしながらも、目の前のお弁当に目を向けどれから食べようか?と少し嬉しそうだ。私もお姉様の手作りお弁当なんて初めてなので、少し緊張しながらも口に運べば本当に美味しかった。


「これは本当に美味い…」


対面で先生もお姉様のお弁当を褒め、もぐもぐと咀嚼している。


「…お口に合ったようで…本当に良かった!」


お姉様は心の底からホッとしたようで胸に手を当てて安堵の表情を浮かべた。



そうしてお昼は他愛ないお話をして、無事に終わり何も無かった事に拍子抜けしつつホッとしているとお姉様が先生に爆弾を投下した。


「あの、先生さえ宜しければ…またお弁当をお持ちしても宜しいですか?」



お姉様の衝撃な一言で私はピシリと石の様に固まりかけたが、慌てて「…それはさすがに…」と声をかければお姉様は眼をうるっとさせ「…やっぱり…迷惑だったよね…ユーリ、ごめんなさい…」と声を震わせた。


先生も驚きながらも「お弁当を用意して貰うのは流石に悪いから…。今日は美味しかった、ありがとう」とお姉様に断りつつお礼を伝えていた。


「お料理作るのが大好きなんですけど、食べて頂ける方が今まであまり居なかったから…。先生さえ宜しければ、また食べてくれませんか?…あ、勿論、迷惑でしたら、諦めますから…。」


お姉様がとてもシュンとして先生にそういうと流石に断りづらかったらしく渋々といった様子で「…まぁ、たまになら。」と先生はお姉様の提案を受け入れお姉様は「…っ!ありがとうございますっ」と満面の笑みで喜んでいた。



そして、毎週木曜日はお姉様と先生と3人でご飯を食べる日になった。









◇ ◇ ◇





「ねぇ、ちょっといいかな」


休憩時間がもう少しで終わる為、教室へ戻ろうとしている所で急に呼び止められて振り返ればそこには見覚えのある方が立っていた。


(…あ、確か初めて私に声をかけてくれた人…ミリア・ヒュースさん、だ。)


ヒュースさんが私に対して不機嫌な様子を隠す所か此方を強く睨んでくるので、思わず身構えてしまう。


「…あの、なにか…?」


何故そこまで不機嫌なのか分からない私は戸惑いつつも言葉を返せば、私の態度が気に入らなかったのだろうという事がすぐに分かった。


「…本当に貴女って酷い人ね!」


私はこの人に何かを言われる程、誰かと深く関わってもおらず何故そんな事を言われなければならないのかが不思議で首を傾げているとヒュースさんは明らかに気分を害した様で手を握りしめ、怒りのせいかほんのり顔が赤くなっている。


「そうやって惚けたって無駄よ…、ー聞いたんだから…貴女の数々の非道な行いを…っ。そのせいでマリアが幼い頃から大変な思いをしてるって…!!」


「大変な、思い…?」


思わず口に出してから私のせいでお姉様が大変な思いをしてきた事は確かにあったかもしれないと思い返す。メイド達にもよく怒られたし、両親にも何度も叱られた。だからって今またこの人に怒られなければいけない理由はないと思う。


とはいえ、なるほど…と少し納得も出来た。誰とも関わっていないのに、と思っていたがお姉様の事となれば"関係ありません"とは言えない。


「貴女のせいで、マリアの食べれる物も減ったというのに…!!解ってるんでしょう!?」



…何故、私のせいでお姉様の食べれる物が減るのだろうか?本当に意味が解らず、これもお姉様の復讐の一部でそういう設定なのだろうか?と黙って考えているとヒュースさんは沈黙を肯定と捉えてしまったらしい。




「…はっ、本当だったんだ…。本当の家族を、そんな風に追い詰めて何が楽しいの…?貴女…人としておかしいわ。家族を失ってから気付いたって遅いのよ!いくら、両親の事で妬んでいるからって、やって良い事と悪い事があるわっ!」



両親の事を妬んでいる…。お姉様はそういう風に思っていたのかと考えてから、あながち間違いでもないか、と思う。それこそ、両親と会えもしなかったあの6年半は本当に辛かった。お姉様が病気だから、仕方が無いって自分に言い聞かせても、何故、私も一緒に居ちゃダメなの?って色んな事を沢山考えた。今でこそ、両親から嫌われているのは自分のせいもあるって思うけど、何も解らなかったあの時期はお姉様が確かに羨ましかった。


だからって、お姉様に何か嫌がらせをしたいと考えた事はない。むしろ、お姉様も含めて家族皆で仲良くいつか暮らしたいと考えている。とはいっても、今はまだ前世の妹と私を重ねて見ているお姉様は私への復讐を辞めるつもりは無さそうだけれど。


それに…と私は思わず自嘲する。

今のお姉様は、私が死ねば『もっと苦しめてやりたかったのに』と嗤うくらいには、死んで欲しいと思っているのでは?とー。


そんな昏い思考に浸っていると突然、聞き慣れた声がその場でやけに響いて聞こえた。




「-そこまでだ。」


「・・サイラー先生」


「ヒュース、片方の意見だけを聞いて鵜呑みにしたり、全てを信じる行為はあまり良くない。偏っていては見えにくい真実もあるだろ。」


サイラー先生が冷めた声でそういえば、ヒュースさんはカッとして先生に食いかかった。


「ええ、先生の言う事は最もだと思います。だけど、それは!何かしらの利害があってこそだと私は考えます。私はマリアが嘘をついているだなんて思えません!実の妹を陥れてマリアに何の得があるって言うんですか!?」


ヒュースさんが言う事も最もだな、と他人事のようにそう感じた。それはそうだろう。他人の事ならまだしも誰が実の妹を陥れる為にそんな吹聴をしているなんて考えられるだろうか。誰でも無理だと思う。


サイラー先生も思う所があったのかそのまま考えるようにして黙ってしまい、ヒュースさんはそれを見て少しバツが悪そうな顔になり「…すみません、八つ当たりでしたね。そろそろ教室へ戻ります。」とだけ言って去っていった。



その場に取り残された私達は気まずい空気が漂っていた。



「…戻るぞ。授業が始まる。」




先生はいつも通りのように私に声をかけ、2人で教室へと戻りそのまま授業が始まった。


先ほどの事もあって、いつものような和気あいあいとした空気の中ではなく、淡々と授業が終わり私は居心地の良い場所を失ったんだなぁと実感して何とも言えない気持ちになる。まるで黒くもやっとした染みがじわじわと浸食するような…そんな虚しさが胸の中に広がった。





そして授業が終わり、先生とは眼が合う事もなく私は教室を後にした。


私がもう少し上手く人と話せたなら、きっと違うかったのかもしれない。お姉様のようになれれば、今とは違うかったのかもしれない。


だけど、私は弁解する気にすらならなかった。お姉様に歯向かえば、両親からまた叱責される。そして、それが原因で捨てられたら私は、一人で生きていける自信なんてない。それに…まだチャンスがあるなら、お姉様に許して貰えて、両親とも誤解が解けて、いつか、皆で笑いあえるそんな日が…いつか、いつか来るかもしれないから…。それまでは、じっと耐えるだけ。






それに、これでいいんだ。最初からこういう日が来るかもしれないって解っていた事だ。また改めて気を引き締めれば良いのだからー。








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