楽しい授業
「…珍しいな、魔法科を選択するとは。」
目の前には気だるげな先生が頬杖をついたまま目を見開き私を見ていた。
「…そのようですね。教えて頂けますか?」
静まり返った教室の中、生徒は私1人だけのこの状況でどこへ座ろうか戸惑いながら先生に問えば、指で席を差されたので大人しく従う。
「勿論。その為の学院であり教師だからな。まぁ、とはいっても解っているとは思うが…魔法科は魔法の仕組みや歴史を学ぶものであり、自身が使用出来るようになる訳ではないぞ。」
「はい、解っています。」
事前にサラから学院の事を色々聞いていたのだ。魔法科は不人気で、魔法科を選ぶ者がいたとすれば”アイツは痛い奴”と指をさされる、と。
元より私は嫌われ者。周りから色々言われるのは最初から覚悟の上だ。それに…私は叶いもしない夢や希望を抱いている訳でもなかった。
「魔法科を選択したら4ヶ月間は他を受けられなくなるが、本当に大丈夫か?」
先生は気遣わしげに”辞めておくなら今のうちだぞ”と言ってくれているのだ。
確かに魔法なんて百年ももう誰も使えない上、その百年前の話だって本当の話かどうかを知る者は居ない。魔法学を学んだ所で将来役に立つ事はほんの極わずかだろう。それこそ、先生になるか歴史家になるか、くらいの選択しかない。
だとしても、私に迷いなんて無かった。
「先生、宜しくお願いします。」
私がそう言えば先生も観念したように仕方がない、と笑って「レイドリック・サイラーだ。それじゃあ授業を始めようか」とどこか嬉しそうに見えた。
とりあえず、私にとって大事なのは知識。
まずは基礎からだ。魔法の基礎をしっかりと頭に叩き込もう。
そうして、気合いも十分に入った所で
魔法学の授業が始まった。
◇ ◇ ◇
--正直、物凄く想像以上だった。
「魔法学がこんなに、楽しいだなんて…っ」
いつも授業があっという間に終わってしまい、何とも物足りない気持ちとワクワクしたこの気持ちの余韻に浸りながら思わず言葉に出てしまった。
先生はそんな私を見て可笑しそうに笑う。
「はは、本当に珍しい。でも、良いもんだろ?魔法というものは。」
サイラー先生が柔らかな笑みを浮かべながらそう言うので、私も釣られて笑みを返し「本当に素敵です」と答えた。
そうして、私は学院では変人冷徹女として扱われどんどん孤立し蔑まれながらも、魔法学の虜となりせっせと学院へ通い続け、数ヶ月が経った頃---
「どんな魔法を応用するにも、必ず精霊との意思疎通が鍵となる。何故なら、自身と精霊の具現化しようとしている魔法が全くもって異なる場合、発動させたい魔法の成功率はかなり落ちてしまうからだ。但し、例外として魔力が多い者は自身の魔力を乗せることにより、成功率が上がる。まぁ、とてつもなく強引なやり方らしいが。」
1シーズンが終わり2回目の選択も私は迷うことなく魔法科を選択した為、今日も私は魔法について学んでいた。
この世界で魔法というものは、基本的に精霊との契約が必須とされていて、低級、中級、上級、王級、神級…と魔力が多ければ多いほど強い精霊との契約が可能になる。
というのも魔力に見合った精霊と契約をしなければ、精霊に喰われてしまうのだそうだ。
その為、魔法がまだ扱われていた時代は魔力測定器なる物があり、それを使って自身に見合う精霊と契約していたんだとか。
そう考えると精霊も少し怖い存在なのかもしれない。
「…先生は精霊の存在を信じますか?」
私はふ、と気になった事を口に出してみた。
サイラー先生は初めて会った時こそ、気だるげで駄目な先生に見えたけれど、いざ魔法の授業が始まれば目が輝き始め段々と熱がこもり、魔法とは何たるやを熱く語ってくれるのだ。だからこそ、先生は魔法学が大好きなのだと私にも伝わる。
「そうだな…信じるって言ったらお前もバカにするか?…なんてな、冗談だ。」
先生が一瞬、傷付いたような顔で笑いそんな事を言うので私は触れてはいけない傷に触れてしまったのかもしれないと反省する。先生が魔法の事を誰よりも大好きだって解っているし馬鹿になんてするはずもない。サイラー先生が私の先生で良かったと思うくらいには私はたった4か月だけれど先生を信頼していた。
だから私は誰にも言っていない秘密を先生になら話しても良いと思えた。
「先生は……私が、見た事あるんです。って言ったら…信じてくれますか?」
そう言うと先生は固まったまま動かなくなり、私が小声で「…先生?」と呼びかけるとハッとしてようやく口が開いた。
「…な、ほ、ほんとか?」
「…と、いっても大分昔なんですけどね…。私、お家でずっと一人ぼっちだったんです。その時、お話の相手になってくれたのが精霊さん達だったんです。……思い出したのは1年前なんですけど…。」
私はこんな大事な事を10年もの間、ずっと忘れていた。思い出したキッカケがなんだったかは解らないけど、懐かしい夢を見るようになったのだ。
そして、気が付いた。
これは夢ではなく、本当にあった過去の思い出だと--。
「なっ!それが真実なら凄い事だぞ!ち、因みに精霊達はどんな姿だった?やはり羽が?大きさは?これくらいのサイズなのか?お話の相手ということは、言葉はちゃんと通じるということか?」
先生は段々とヒートアップして思いつく限りの質問を次々と投げかけてくるので「ちょ、ちょっと待ってください、お答えできる質問には答えますから、そんな一気には無理です!」と先生を止めると、先生はまたもハッとして少し気恥ずかしそうにゴホンと咳払いをし「済まない、熱くなってしまった」と顔を赤らめていたので、私は思わず笑ってしまった。
(誰かとお話をしてこんな風に笑える日がくるなんて)
「まず大前提に思い出したのが割と最近なのと、当時お喋りをしていた時はまだ3、4歳の頃だったので…曖昧な部分が多いです。」
「わかった。」
「えぇと、私が見た精霊さん達は小さかったです。チューリップの花弁を一生懸命広げて、その中に座って皆とお喋りしていました。精霊さんの羽はありましたよ。透明でキラキラしているんですけど、とても見えにくくて、でも大陽の光に当たると不思議な色が浮かんで…あ!それに、皆それぞれ色や模様が違うんです!自身の属性に影響が出るって言ってました。当時は全然、意味が解らなかったですけどね。」
私が精霊達との思い出を一生懸命思い出しながら語ると先生は少年のように「言葉が通じ合っていたということか!チューリップの花を植えたら来てくれるだろうか…!」など、ワクワクした様子で「もっと聞かせてくれ」とお願いされたので、「うーん」と目を閉じて精霊さんとのやりとりを思い出す。
「そういえば、初めて会った時…かな。精霊さん達も私が見える事にとっても驚いていて、『僕たちが見えるの?』と聞かれて、私は多分見えてるよと返したんだと思うんです。そしたら…」
「そしたら?!」
先生が前のめりで早く続きを話してくれ!と言わんばかりに目をキラキラさせていたけど、私は精霊さん達の言葉を思い出そうとして頭がズキンッと痛んだ。
「…ッ!…えぇと…あれ?なんて言われたか、忘れちゃったみたいです…」
「…そうか、それなら仕方がない。」
目に見えてしょんぼりとする先生の様子に、絵本の続きが気になっている子供みたい、と失礼ながら先生の事が可愛く思えてしまった。
でも、さっきまで確かになんて言われたか覚えていたような気がするのに、どうして忘れてしまったんだろうか。
(それに…とっても大事なことを言われたような気がするのに・・・。)
これ以上、思い出そうとしても頭がズキズキと痛くなるので、今日は辞めておこうと思い「また思い出せたらお話しますね」と私は笑って痛みを誤魔化した。
「にしても…なんだか不思議だな。まさか、精霊の話を直接聞けるなんて思ってもいなかった…。………なぁ、因みに…このことを知っているのは他に誰が?ご両親は?」
先生は何か神妙な面持ちになり少し声を低くして私に聞いてくるので、私も思わず背筋が伸びる。
「…えっと、初めて会った時はお友達が出来た事が嬉しくてメイド達に話したと思うんですけど、親の気を引きたくてそんな言動を取っているのだと思われたみたいで、誰にも信じて貰えなかったので…それからは誰にも言った事ないです。」
先生は何とも言えない顔になり、ため息を吐きながら椅子の背もたれにもたれて、片手で顔を抑え天を仰いだ。
「……はぁ、俺は時々思うんだ。魔力の有る無しに限らず…精霊が視えるかどうかは信じる心にもあるんじゃないかって。大人達が子供達に決まって言うんだ。『精霊なんてものは御伽噺さ』と。だから、変なことを言うんじゃないってな。そしたら、子供達は段々言い出せなくなったり、悪い事なのだと考えたり、信じなくなったりする。すると、当然のように精霊が視えなくなったり、又は…精霊達が離れていくんじゃないかって俺は思うんだ。」
実際に子供の頃から精霊を信じる者は馬鹿にされ、嘲笑の対象になるのだとか。先生の話を聞いて私は当時の事をふ、と思い出して何となく納得した。メイド達は私を”可哀想な子”を見る眼で見ていて、「もうそんな嘘はついてはいけませんよ」と言われたのだ。
「…だから…私も視えなく、なったんでしょうか…私も、悪い事なのだと、視えてはいけないのだと…そう考えるようになってしまったから……?」
あの時のお友達は、怒っているだろうか。…傷つけてしまったのだろうか。どうして見えなくなったのか、その時の事を私は何故、覚えていないのだろう。私は自然と俯き、もやもやと考えていると突然、頭をポンポンと大きな手のひらが包んでくれた。
「…昔は視えたという事は素質があるということ。だから大丈夫だ。君が精霊を信じる限り、精霊達もきっとまた姿を見せてくれるだろう。勝手な俺の予想だが、精霊達は君を守っていてくれたようにも感じるしな。だから、きっといつか視えるようになるさ。………まぁなんだ、視えた時はその、是非とも紹介して欲しい。」
先生は自分の頭をガシガシと掻きながら少し照れ臭そうに私を励ましてくれた。
「…ふふ、はい。その日を楽しみに頑張ります」
先生も優しく笑って、ふと何かを思案し暗い顔になる。
「…ただな、先程も言ったがこの世の中は精霊は御伽噺だと殆どの者が信じている。そして、もしも精霊を信じる者が出てきたとして…皆が善人とは限らない事を頭に入れておくべきだ。」
「口外はするべきではない、という事ですか?」
先生が腕を組み少し考えてから頷く。
「もしも君が精霊との会話が可能だと知れたならば、良からぬ者は真っ先に君を欲するだろうさ。そして、その力を自身の物にしようとするだろう。その為ならば、どんな手段も選ばない者は大勢居ると考えるべきだな…。言いづらいが…つまり、精霊が視える君の血、君の子に価値があるという事になる」
「私の、子…。」
精霊が視えるその血にも価値がある…。私自身なんの取り柄もないただの平民だったとしても、"精霊が視える"というだけでとんでもない付加価値がつく…。その上、精霊との契約が成功すれば魔法使いになれる訳で…魔法使いの血筋を取り込みたいと考える者がいたって不思議ではない。それに、私自身が仮に失敗したとしても、子孫さえ残せればいくらでもチャンスの可能性がある…という事を考える人が出てくる。
つまり、バレてしまえば私は色んな者から狙われる可能性があるという事になる…。その考えにたどり着いて今更、私は自身の迂闊さに顔が青褪める。
「…そこまで考えてもいなかったです…」
「こんな汚い話を聞かせてしまってすまない。だが、君の身を君自身が守る為にもある程度は裏の世界を知っておいた方が良いだろう。禁止されているとはいえ、まだまだこの国で人攫いは当たり前なんだ。富裕層や政治に関わる方達からしたら揉み消すのは簡単で、そうなった者の末路は…悲惨だろうな。」
先生は申し訳無さそうにしながらも、真剣に私の身を案じてくれているのだと解り、そんな心配を初めてされた事が嬉しくて胸が温かい気持ちで包まれる。
「教えてくれてありがとうございます。元々、今まで秘密にしてきましたし、これからもそうします。そして、私はそうならないよう、魔法でばんばんやっつけれるくらい力をつけてやります!」
半分冗談のつもりで笑ってそう言えば先生も笑って「それは頼もしい」と返してくれた。
そしてある朝--。
いつも通り馬車に揺られながら通学路をぼんやりと眺めていると珍しくお姉様の方から私に声をかけてきた。
「ねぇ、魔法科の授業の生徒ってあんたしか居ないんでしょ?」
思わずびっくりしながらも「ええ」と答えれば、お姉様は口角を上げて意味ありげな笑みを浮かべる。
「…男の先生なんでしょう?ふふ、2人きりだなんて。先生に恋でもしてしまうんじゃない?」
何がいいたいんだろうか。お姉様の考える事が解らず首を傾げるとお姉様はまたも意味のわからない事を言い出した。
「私を先生に紹介して?」