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09 : 夏の面影 - 04 -


「ヴィーンセーンッ、トゥッ!」


 トゥッの時に、オリアナはヴィンセントの腰に背後から飛びついた。いつもならば平然と受け止めていたのに、ヴィンセントはぐらりとバランスを崩す。

 慌ててオリアナが、ヴィンセントの腰から離れた。


「どうしたのヴィンセント?! どこか悪いの??」


 顔を青ざめさせたオリアナが、ヴィンセントの体を隅々と見始める。


 体中に手を這わすオリアナを、廊下にいる生徒達は「いつものことか」と横目で見ている。


「やめるんだ。エルシャ」

「で、でもヴィンセント、いつもと違っ……」

「やめるんだ」


 二度言われ、ヴィンセントの頬を両手で包み、額を合わせようとしていたオリアナは渋々と離れる。

 ヴィンセントは渋い顔をしてオリアナを見た後、ため息を一つこぼした。


「ぐらついただけだ。恥をかかせないでくれ」


「ごめんなさい……」


 謝りはしたが、納得はいかなかった。本当に、不意を突かれて驚いただけだろうか。オリアナはヴィンセントの不調に関し、人一倍神経質になる。


「本当にどこも悪く無いの? 医務室に行く?」

「大丈夫だよ、オリアナ。ヴィンセントは夏バテしてるだけだから」


 ヴィンセントの隣にいたミゲルが笑う。ミゲルがいつも口に咥えているスティックキャンディの棒が、上下に振れた。


「夏バテ? ヴィンセントが?」

 一度目の人生で、ヴィンセントがそんな風に弱っている姿を見たことは無い。見せないように配慮してくれていたのかもしれない。


「ミゲル、言うなと言ったじゃ無いか」

「だってこのままだと、オリアナ絶対納得しなかっただろうし。嫌だよ、俺。親友が女の子に医務室に連れ込まれるの見んの」

「……言い方」

「わざとだし」


 ヴィンセントが鼻の上に皺を寄せて、ミゲルを睨む。


「可愛い……そんな顔も好き……」

「わかったエルシャ。聞いたとおり、僕は夏バテで少々不調だ。安静にさせてほしい」


「いいから黙っとけ」と言われ「はい、黙ります!」と言うオリアナでは無い。


「大丈夫? お体、支えましょうか?」

 腕を組もうとスススと近付くと、ペイッと払いのけられた。


「不要だ。僕のことを思うなら、どうかしばらくは遠慮してくれないか」


 振り払う仕草でさえだるそうだった。

 オリアナは少し考え、神妙な顔をして頷く。応じたオリアナに驚いたように、ヴィンセントが目を見張った。


「今日の夕飯は何時頃取るつもり?」

「七時くらいかな」


 オリアナの質問に、ミゲルがよどみなく答える。


「わかった。じゃあ、それぐらいに食堂で待ってるから」


 お大事にね、と言って手を振ると、ミゲルとヴィンセントを置いて、オリアナは食堂に向かった。



***



 ヴィンセントの好みを熟知しているのも、二度目の人生の恩恵と言っていいだろう。


 ヴィンセントとミゲルが約束通り七時に食堂に入ってきたのを見つけると、オリアナはトレイを持って彼らのもとに駆けつける。


「や、オリアナ」

「ミゲル、さっきはありがとう。席はここら辺でいいの?」

「うん。適当に。空いてるところに座ろうか」


 基本的に、オリアナは食事をヤナ達ととっているが、完全にヴィンセントから目を離しているわけではない。彼らがいつもどのあたりに座るのか、ある程度は把握していた。


 二人が座ると、ミゲルがオリアナに手振りで座るように伝える。


「私もいいの?」

「今更……。食事まで持ってきておいて」

 呆れたように言ったヴィンセントの前に、オリアナはトレイを置いた。


「これはヴィンセントのだから」

 銀色のトレイの上には、少し深めの皿に入ったスパゲティがある。


「今日はこれを食べてみてほしいんだけど」

「残念だけど、最近果物ぐらいしか入る気がしないんだ」


 そんな食生活を送っていれば、更に夏バテは加速するだろう。当然ヴィンセントも知っているはずだ。しかし一日三種類から選べる食堂のメニューは、育ち盛りの学生に人気のこってりしたものばかり。夏場に選びたくない気持ちもわかる。


 だからオリアナは、無理を承知で食堂に入れてくれないかと頼み込んだ。幸いなことに、無理を通す程度の寄付をエルシャ家は学校にしているらしく、さほどの苦労も無く迎え入れられた。


 材料をわけてもらい、ヴィンセントの好みそうな、あっさりとした食事を作る。

 幼い頃に母親を亡くしたオリアナは、自分の世話をしてくれているメイド頭によく懐いていた。いつも彼女について回っていたオリアナは、次第に料理にも興味を持った。自由にさせてくれる父に感謝しつつ、メイド頭と料理人にハラハラされながら、簡単な物なら作れる程度に、オリアナは料理の腕を磨いた。


 スープ用に料理人が作っていた鶏がらスープに、細めのパスタを入れ、レモンを浮かべたものだ。栄養豊富な鶏のささみもほぐして上に載せてある。魔法で冷やしてあるため、さっぱりとしているはずだ。


「食べてくれなきゃ、ちゅーしちゃうんだから」


 オリアナが真顔で言うと、ヴィンセントは不承不承といった顔でフォークを手に取った。

 冷やしている麺をフォークでくるくると掬い取りながら、ヴィンセントが文句を言う。


「せめてこの見た目は、なんとかならなかったのか……」

「え。かわいいじゃん。レモンの輪切り」

「レモンを食事になんて……違和感しかない」


 オリアナは驚いてヴィンセントを見た。

 前の人生で一緒に食事を取っていた時、オリアナと同じメニューをヴィンスが食べることも少なく無かった。

 特に柑橘類を使ったメニューの時は、彼もよく食べていたので、好きなのだとばかり思っていた。


「あれ、レモンのメニューとか今日あったっけ」

「ううん。私が無理言って作らせてもらってきたの」

 今日の献立表を見ていたのだろう。ミゲルが不思議そうに皿を覗き混む。


「ごめん。なんでかヴィンセントは柑橘類が好きだって思い込んでて……それ私が食べるよ。他の、なんか食べられそうなの見繕ってくるね」


 食堂の一角にある食膳の受け渡し口に向かおうとしたオリアナを、ヴィンセントは止めた。


「食べないとは言っていない」


 ヴィンセントがパスタを口に運ぶ。見惚れるような美しい所作だ。

 そういえば、ヴィンセントにご飯を作ったのは、前の人生を含めても初めてだ。


(初めて食べさせるのが、食べたく無さそうな物だなんて……)


 ショックを隠しきれなかった。しょんぼりしつつ見守っていると、一口食べたヴィンセントが、静かにもう一掬い、口に入れた。


 見ていると、ヴィンセントは文句も言わず、食べ続けている。

 ミゲルもオリアナも、自分の食膳を取りに行くことも忘れ、食い入るように見つめていた。


 ついにヴィンセントが皿の中の物を食べ終える頃には、オリアナは彼の隣に座っていた。


「ご馳走様でした」

「お粗末、様でした……?」


 濃いめのスープのせいで喉が渇いたのか、ヴィンセントが水を飲んだ。オリアナは戸惑いつつその様子を見ている。

 水を飲み終えたヴィンセントが、居心地が悪そうにグラスを弄ぶ。


「何事も、先入観で決めつけるのは褒められたことでは無いな」

「うん……?」


 うん? ともう一度首を傾げるが、ヴィンセントは馬鹿な子を見るような視線で見下ろすばかりだ。


「つまり、美味しかったんだって。よかったな、オリアナ」


 ミゲルの言葉に、オリアナはぱぁっと顔を輝かせた。


「ほんと? ヴィンセント。美味しかった?」

「食べられないことは無かった」

「その状態で食べられる物が見つかったんだもん。よかった。そういう系のなら食べられそうなんだね? 調理担当の人に伝えておくね」


 今日食べられても、明日からも食べられ無ければ意味が無い。どこまで融通を利かせてもらえるかわからないが、言わないよりはいいだろう。オリアナは早速言いに行こうと、席を立とうとすると、ヴィンセントに呼び止められた。


「エルシャ」

「ん?」


「……感謝する」


 オリアナはぷるぷると震えた。思春期の男の子らしい恥じらいに満ちた表情が、あまりにも可愛かった。ドストライクだった。


 理解を求めてミゲルを見ると、ミゲルは生暖かい笑顔を浮かべながら、オリアナに「うんうん」と頷いている。


「やだ、ヴィンセント、好き……!」


 ぎゅっとヴィンセントの頭に抱きついても、振り払われはしなかった。食事のお礼のつもりなのかもしれない。オリアナは気が済むまで、ヴィンセントの顔をぐりぐりと抱きしめながら、彼の匂いを吸い込んでいた。


 翌日から、三種類の内一品はさっぱりめのメニューに変わり、ヴィンセントのみならず、女生徒達からも大変な好評を得た。





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死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ)
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