30 : 最高の誕生日 - 01 -
「へ、返事が、来た……」
オリアナ・エルシャ。本日十七歳になったばかりの、ぴちぴちの魔法女学生である。
秋の穏やかな日差しが、床を照らす。
王都にあるエルシャ邸の自室で、オリアナは空色の瞳を輝かせながら、一枚の封筒をぷるぷると震える両手で握っていた。
ラーゲン魔法学校は長期休暇がある。
アマネセル国の社交にあわせ、シーズンオフの秋の中月から冬の始月までの三ヶ月間だ。
遠方から通っている生徒も、この時ばかりはと故郷で家族と過ごす。
生徒達は主に、魔法で動く船で帰省する。
船といっても、海上を走るわけではない。国にぐるりと敷かれた線路の上をすいすいと進む船は魔船路と呼ばれ、特等、一等、二等とランク別に客席が設けられている。
魔船路は魔法で動くため、早くて快適だ。天候にも左右されないため、国の代表的な交通手段として広く利用されていた。
線路は端から端まで網羅しているわけではないが、主要な都市は必ず通るように設計されていて、ヴィンセントの地元でもある紫竜領にも魔船路が停まる駅がある。
その紫竜領からえんやこらと魔船路に乗って、この手紙はやってきたのだ。
「オリアナ、ちょっといいかしら。――あら。手紙?」
オリアナの部屋に入ってきたのは、ヤナだ。
近隣国からの留学生である彼女は、魔船路を用いても往復に時間がかかるといって、長期休暇でも帰国しない。
この数年、長期休暇はホテル滞在をしていたヤナを「最後なんだし、うちに泊まってよ」と誘ったのはオリアナだ。
ラーゲン魔法学校で過ごす最後の長期休暇の間、ヤナとアズラクはエルシャ家に滞在している。
「えへ……えっへっへ……」
「ふふふ」
しまりのない笑みが抑えられないオリアナを見て、ヤナもにこにこと笑う。
「タンザインさんから、ようやく返事が届いたのね」
オリアナはにこっと笑って頷いた。
そう。長期休暇中、飽きもせずにせっせこせっせことヴィンセントに書いていた手紙の返事が届いたのだ。
まさかの今日、この日に。
なんて素敵な誕生日だろうか。山のように積まれた誕生日プレゼントを受け取り、家族とヤナ達に祝って貰えただけでも嬉しかったと言うのに、これ以上ないプレゼントを貰ってしまった。
手紙を送っていたにもかかわらず、オリアナは返事が来るとは思っていなかった。これまで接してきた四年間でそんな期待は跡形もなく消え失せていたし、オリアナ自身もたいしたことを手紙に書いていなかったからだ。
そして、更に、手紙を持ってきた人物にもオリアナは驚いていた。
「ミゲルが持ってきてくれたの」
「フェルベイラさんが? まあ。じゃあ、オリアナはゆっくり読んでいて。私がお相手をしておくわ」
手紙を持ってきてくれたのは、ミゲル・フェルベイラだった。
フェルベイラ家の治めるヒドランジア伯爵領は、紫竜領に隣接している。幼馴染みでもある二人は、こまめにやりとりをしているのだろう。
用事があったのか田舎に飽きたのか、一足先に王都に戻って来たミゲルが、ヴィンセントからの返事を持ってきてくれたのだ。
「ありがとう! ヤナ、ありがとう! 好き!」
「ふふ、私もよ」
ヤナが軽い足取りで部屋を出て行く。
客人をほったらかして自室に上がるというとんでもないマナー違反をしたのは、ひとえにミゲルが「読んできていいよ」と言ってくれたからである。
「そんな、でも、だって」とは言いつつ、足先がドアに向かっていたオリアナに、ミゲルは手を振ってくれた。オリアナはもちろん、階段を走って上った。
ペーパーナイフでゆっくりと封を切る。ピリリ、と乾いた音がして便せんが開く。
ミゲルがわざわざエルシャ家に寄り、手紙を持ってきてくれたのは、一番にオリアナに読む権利を与えてくれるためだろう。
普通に投函してしまえば、まず読むのはエルシャ家に届く手紙を全て管理している、執事になる。
中身を確認するのは執事の大切な仕事だ。文句は無い。文句は無いが、やはり愛しいヴィンセントからの手紙は一番に読みたいのが乙女心というものだ。
あの談話室での一件があってから――あの羞恥で死にそうな格好で医務室に連れて行ってもらっている途中からの記憶はオリアナには無いのだが――オリアナとヴィンセントは、割と上手くいっている。と思う。
まったく全てが完璧に元通り――というわけでは、もちろん無い。
だが新しい関係が生まれた。
ヴィンセントはオリアナのことをオリアナと呼ぶようになり、友人として接してくれるようになった。これがオリアナは、心底嬉しかった。
彼はオリアナを邪険に扱うことを止め、オリアナはヴィンセントの主張を受け入れた。
未だ、ヴィンセントを見てヴィンスを思い出すこともあるが、比べることは減った。彼に友人として認められたからか、ヴィンセントはヴィンセントだと、納得できるようになった。
ヴィンセントとの仲は良好だ。
彼はオリアナを友人として尊重してくれている。
また、互いに思っていたことを伝えられたからか、気兼ねも随分と無くなった気がする。
特にオリアナは、ヴィンセントの傍にいるため――彼を守るためと四六時中気を張っていたのが無くなった。あれほど強い切迫感が、何故か随分と和らいでいたのだ。
ビンビンに神経をとがらせながら抱えていた事情を、半分ヴィンセントが背負ってくれたからかもしれない。
先の見えない暗闇の中を闇雲に歩いている心地だったオリアナの手を引き、隣を歩いてくれるヴィンセントがいる。
それだけで、本当に救われる思いだった。
オリアナは確かな充足感を覚えながら、便せんを取り出す。
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オリアナへ――
元気だろうか? 随分と賑やかな手紙をありがとう。
あまりにも毎日手紙が届くものだから、
領内で少し騒ぎになってしまった僕の苦労も知らず、
君は毎日楽しく過ごしていることだろう。
――――――――――――――――――――――――
「ええもちろん、過ごしております」
ついにヴィンセントが返事を書かなくてはならない事態になったのは、どうやら連投したオリアナの手紙のせいだったらしい。
どういう騒ぎになったかはわからないが、これほど手紙が届いているのに、一通も返事を書いていないヴィンセントを見て、誰かからの忠言があったのだろう。
いい気味だ。にやけた顔のまま、オリアナは続きを読んだ。
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おかげで、僕の返信に領内中の関心が寄せられている。
このまま郵便局に預けると、次の日には
中身が全て 国中に伝わりそうだったため、
丁度そちらに戻るミゲルに託すことにした。
彼なら君のためにも、封を開けることはないだろう。
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そんな友人思いのミゲルを、炭酸ジュースとともに客間に置き去りにしてきたことを思いだし、オリアナは階下に向けて手を合わせておいた。
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君への苦情はこんなところにするとして……。
実を言えば、君に何を書けばいいのかわからず、
返事が出来ずにいた。
君のように面白い毎日を送っている訳でもないし、
舞踏会の招待に対する返信のようなものは、
求めていないだろう?
そもそも、僕は君がこの手紙に
返事を求めているのかもわからなかった。
――――――――――――――――――――――――
ヴィンセントに書いていた手紙は、確かに返事がしづらそうな内容だったかもしれない。
果物でジュースを作ったことや、狙っていた織物が安く手に入ったこと、今日食べた麺の種類、ヤナが近所の男の子(五歳)に告白されたこと、それを見たアズラクが決闘を申し込もうとしたこと、爪染めが上手く出来たこと、父の真珠の養殖事業が軌道に乗り始めていることなんかを、覚え書きのようにして書いてしまった。
オリアナだって、実はヴィンセントに毎日手紙を書くネタなんか無いのだ。
だがオリアナは、ヴィンセントがこんな風に、自分の本心を言ってくれるようになったことがたまらなく嬉しかった。
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それと……君が心配しないよう、こちらでも
医師の診査は欠かしていない。安心してほしい。
始業式の三日前までには、王都に戻る予定だ。
では、また学校で。
――追伸
僕の今日の朝食は、マフィンです。
レモンが載っていました。
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彼が本音で接してくれるようになり、とても嬉しいのだが……彼に突きつけられている条件が、度々オリアナを悩ませた。
「はぁ……好き……!!」
ヴィンセントに、直接「好き」と言えないのが中々辛い。
(マフィン、可愛い。死んじゃう。追伸に、わざわざマフィン、書いてくる? レモン。嬉しかったんだな。可愛い。死んじゃう)
オリアナはもう一度手紙の末尾を読んだ。
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――追伸
僕の今日の朝食は、マフィンです。
レモンが載っていました。
――――――――――――――――――――――――
「あああ、可愛い、好き……!!」
手紙を持ったまま、オリアナは身もだえた。








