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113/201

113 : それはいわゆる、両片思い - 09 -


 皆が寝静まった寮の一室。

 カーテンで囲まれた二段ベッドの下の段で、ごろんと寝返りを打つ。


 何度右を向いても、左を向いても、思い出すのはヴィンセントのことだ。


 肩に鼻を寄せるが、昼間に嗅いだシガーウッドの香りは既にお湯で洗い流されている。シャンプーの匂いしかしなくて、オリアナはぽすんと枕に頭を落とした。



「ねぇ。オリアナ」


 突如、ベッドのカーテンの向こうに垂れ下がった長い影に、オリアナは悲鳴を上げそうだった。

 ヤナが上のベッドから、顔を垂らしているようだ。長い髪が月明かりに照らされ、ベッドを囲うカーテンに不気味な陰陽を浮かべている。


「ど、どうしたの」


 ドキドキと、恐怖で鳴る心臓を抑えながらオリアナは返事をした。


「そちらへ行ってもいいかしら」

「もちろん」


 いつもは美容のためにすぐに寝るヤナが、今日はかなり遅くまで起きている。


 枕元に置いてあった魔法灯(ランタン)に杖を振り、灯りを付ける。カーテンを開けると、ヤナが階段から降りてきていた。マキシ丈のシルクのパジャマを来たヤナが「お邪魔するわね」と言って、ベッドの下の段に潜り込んでくる。


 ヤナがオリアナの布団に潜り込む。思っていた以上に、距離が近かった。枕を分かち合うと、おでことおでこがくっつきそうなほどだ。


「どうしたの? ヤナ」

「今日、談話室で貴方の様子がおかしかったから」


 いつも通り振る舞えていると思っていたオリアナは、驚いた後に、恥ずかしくなった。


「……皆も、変に思ったかな」

「私はオリアナが気になって見ていたから、気付けたんじゃないかしら」


 そうだといいなと、オリアナは願った。


(明日からは、もっと気合いを入れなきゃ……)


 焦りが滲み、深刻な表情をしたオリアナを、ヤナが見つめていることに気付く。


「オリアナ」

 うっすらと照らす魔法灯の灯りで、ヤナの漆黒の瞳がキラキラと輝いている。


「恋をしたのね?」


 真っ直ぐにぶつけられた事実に、オリアナは息を呑んだ。見つめられた瞳を逸らすことさえ出来ない。


 顔色を変えたオリアナを見て、ヤナが微笑む。いつもの悠然とした笑みでは無い。心からの慈しみがこもっていた。


「貴方は美しくなるわ。オリアナ」

「……美しく?」


 誰を好きになったのだと聞かれるとばかり思っていたオリアナは、突拍子もないヤナの言葉に、掠れた声を出した。


「恋は、苦しいでしょう。切ないでしょう。――けれど貴方は今から、一人では出来ない成長を遂げるのよ」


 オリアナの瞳から、無意識にポロリと涙がこぼれた。いつの間にか、体に入っていた力が抜けていく。


(私――私のために、ヴィンセントを、好きなままでいても、いいの?)


 ひくり、と喉が動いた。


(世界が違うって、ヴィンセントには好きな人がいるからって……私が勝手に殺してしまった恋を、ヤナが救ってくれた)


 この恋を抱えていてもいいのだと、それは誰かのためでは無く、オリアナのためなのだと――恋を捨てなくてもいいのだと、免罪符をくれた。


 気付けばぽろぽろとこぼれていた涙を、指で拭う。顔を見せるのが恥ずかしくて、布団を引っ張り上げて顔を隠す。


「……っヴィンセントに、迷惑かもって」


「いいじゃない。彼のための、恋じゃないわ。オリアナの心は、オリアナのためのものよ」


 布団に閉じこもったオリアナを、ヤナがそっと抱き寄せる。細いヤナの腕の中が、どんな布団よりも暖かく感じる。


「ぶつかる必要は無いわ。無くす必要もない。大事にしていいのよ。オリアナ、よかったわね」


 好きな人が出来たことを喜ぶことも出来なかった。

 邪魔だと見向きもしなかったオリアナの恋を、ヤナが喜んでくれた。


 オリアナはヤナにしがみついて泣いた。


 しばらく泣いた後、顔を上げると何故かヤナも泣いていた。


「私、今タンザインさんが嫌いよ」

「私、アズラクは割と嫌いじゃない」

「当然よ」


 顔を見合わせて、ふふっと吹き出す。


 いい気持ちで、眠れそうだった。







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死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ)
書籍情報はこちらから(イラスト:秋鹿ユギリ先生)


コミカライズ情報はこちらから(漫画:白川蟻ん先生)
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