「過去」の扉
とある街を散策している時のことでした。
「おや、あれは...」
人波の中に紛れ込んでいた一人の若い男性、その背中には赤色の不思議な雰囲気を放った何かが浮いています。
そう、『扉』です。
「これは珍しいですね。ドキドキです。ワクワクです。」
私は高揚感を抱きつつ彼に近づきます。
『扉』があること自体はそこまで珍しくもないのです。では私が何に目をつけたのか。
彼の『扉』は「過去」の扉。他の人とは違う、中々お目にかかれない貴重な種類の『扉』でした。
ちなみに『扉』の種類は色で見分ける事ができます。
「現在」は青、「過去」は赤、「未知」は淀んだ緑。割と『扉』は綺麗な色をしている事が多いのです。
「過去」の扉を有する人は良くも悪くも過去に何かがあった人です。といっても私は今まで数人ほどしか出会った事がないのですが。
男性は狼狽した様子で街道を歩いています。その頬にはあからさまな赤らみが。
まぁ『扉』に入らない限りは分かりませんよね、何事も。
それでは、失礼しまーす。
過去の世界へと降り立った私は辺りを見渡し、男性の捜索を開始します。
「過去」の扉の厄介な点は「現在」の扉と違い、全くヒントも能力も無いという点です。「過去」の扉の前では私も現実と変わらない一介の人間なのです。
ですが時間軸は心に重荷を抱えるきっかけとなった時間に飛ばされます。これに関しては探す手間も省けて助かります。もし時間軸が分からなかったらどれほど大変だったか。
『扉』に入った場所と全く同じ場所に飛ばされるので迷う事もありませんし。
あ、いましたね。すごく簡単に見つかりました。
男性は酔った様子で周りにいる三人の飲み仲間らしき人とバーへ入っていきました。あの容姿だと時間は現実からそこまで遡ってはいないようです。一週間以内とか、それくらいだと思います。
さてさて私も行きましょうか。これでも私、成人しているので。バーに入ったくらいでは追い出されませんので。
ちなみに世間一般の成人は十七歳から、私は十八です。華奢すぎてよく年齢を疑われます。魔法は扱えるのですがね...。
テーブル席へと案内され、私は適当にコーヒーを注文します。
幸い、彼らはここからよく見えるカウンター席にいるので観察にはもってこいです。
カウンターにいるのは件の『扉』の男性とその他同年代と思しき男性と女性が一人づつ。全員まだまだこれからという感じで、十分な若気を感じます。
「ぐふっ...梯子酒ぇ...四軒めぇ...」
「おいお前酔いすぎだぞ。あとここ二軒目。居酒屋だと飲み過ぎるからバーへ落ち着きに来たんだろ。ここならお前が飲めそうなもんも無いしな。」
「飲み過ぎるって言っても二、三杯ぐらいでしょ?流石に弱すぎない?」
え?それだけ?それだけしか飲んで無いんですか。あまりにも弱すぎません?私も五杯程は飲んだことはありますが全然です。色々な種類を飲んでもせいぜい頬が赤くなる程度。味がイマイチだったので好き好んで飲むことはやめましたが。
私は席へとやってきたウェイターからコーヒーを受け取り、砂糖を数本入れつつ彼の耐性の弱さに驚愕します。-いや、ブラックでも良かったんですよ?でもここは若気のある体裁を守るためにあえて味を調和させているのです。決して苦手なのではなく!
「よぉわぁい?あぁよわいさぁ。こんなおくびょおものはそういわれるのがぁオニアイッ!」
「テンションおかしいわね...というか何に臆病になっているって?そんなところ見た事ないけど。」
「あぁそれはだな...」
素面の男性が何かを説明しようとした瞬間、ガタッ!と彼は手を叩きつけ立ち上がりました。
「俺わぁ...お前のことがぁ...スキなんだっ。好きなんだよぉぉぉぉ。」
突然すぎる愛の告白に驚く彼女。ついでに私。あちゃーと言わんばかりに手を額に当てる素面の男性。
そして次の瞬間。
「え?ちょっと何やって...」
「むふっ...すり、すりすりすり。ゴガァァァァ。」
うわぁ。
とにかく見てて身震いする程に引いてしまう場面でした。
彼は人並みに膨らみのある彼女の胸へ人目もはばからず顔を埋め頬擦りをした後、そのままいびきをかきながら寝てしまったのです。
醜悪です。見ていられません。こちらが恥ずかしくなってしまうくらいには情けない光景でした。私は一体何を見せられているのでしょう。
周りの客は見て見ぬ振りをしています。この世界は今深夜なのでそこまで人はいませんが。
訪れる沈黙。彼女が表情を落ち着かせたタイミングを見計らったかのように男性が口を開きました。
「...まぁこういう事だ。今までコイツはお前に想いを告白できなかったのさ。酒はいい自白剤ってこったな。」
「それで臆病と...はぁ、全くね。」
「どうするつもりだ?告白。」
「貴方達とはあくまで友人でありたいの。今は誰とも付き合う気はないわ。」
あっさりと。彼女はそう彼の告白を切り捨てました。というかまた色恋沙汰ですか。もう以前の彼で十分です。
「...そうか。いやー殊勝だねぇ。」
「とりあえずさっさとコイツを家まで送り届けるわよ。ほら持った持った。」
女性は眠る彼の髪を鷲掴みすると素面の彼へ渡します。...いや貴方何故起きないんですか。痛覚が無いんですか。
その後、二人は泥酔し切った彼を家まで運び、女性は別れ、男性は酔った彼を担ぎ家は入っていきました。
「あぁ一つ言い忘れてた。」
「なんだ?」
「この事は言ってもいいけど、返事は聞かせないようにして。あんな事をした罰として思いっきり錯乱させてやるんだから。」
「ハッ。趣味が悪いねぇ」
彼女は悪く微笑み返すと夜道へと消えていきました。
成る程、これが『扉』が発生していた原因ですか。一連の出来事を”告白の結果を除いて”彼にに告げた事で彼は混乱し、あんなに狼狽していたと。
-ならば私が罰を終わらせてあげましょう。酷い物を見ましたが『扉』を開けたまま無責任に去る事は私の良心が許しませんので。
内心苦笑しつつ、私はこの世界を後にしました。
はい帰って来ました元の世界です。帰還する際には入った時と同じ場所へ戻されます。所有者の背中から出てくるわけではないのでもう一度所有者を探さなければならないのです。
私は再び彼の捜索を開始...しようとしたのですが彼は都合の良いことにすぐ近くに相変わらず狼狽した様子で立っていました。
トントンと肩を叩きます。
「うう...ど、どうしたのかな?」
「貴方の”罰“を終わらせてあげます。」
そう言った途端、彼の表情は俄然真剣になり、私の目を見据えます。まず何故私が結果を知っているのかを疑うべきなのでは?それができないくらいに焦っているのでしょうか。
「ど、どうだったんだ?」
「勿論ノーです。あんな事をしておいて告白を受けてくれると思っていたんですか?傲慢ですね。」
「グハァッ!」
打ちひしがれた様子で崩れ落ちは彼。若干私の鬱憤もぶちまけてやりましたがまあいいでしょう。
「うっ...そうだよな...そうに決まっている。ハァ...もういっそのことプラスに考えてみるか。この先にも可能性がまだまだある!とか。」
「そうするといいです。」
なんか開き直った彼は微妙な表情を浮かべながら歩き去っていきました。『扉』は既にありません。まるで私の存在に気付いてなかったよう。そんなに影薄かったですか?過去の言葉の伝達者ですよ?彼の頭はどうなっているのやら。
まぁせいぜい頑張るといいです。まずはその酒癖でも直してみては?
と、彼を見送っていると目の前を見覚えのある人影が横切りました。
目を向ければあの場にいた残りの二人が手を繋いで歩いているではありませんか。
「...そんなまさか...ですよね?」
頭を過ったもう一つの可能性から目を背け、私は旅路へと就きました。




