双子の姉妹
ミーシェ・ルリ・オーシェント公爵夫人は自分の運をあの日ほど呪ったことはなかった。
彼女の手の中にいるのは、生まれて間もない小さな双子の姉妹だ。その側には今年で3歳になる息子が不安げに母を見上げていた。彼女の生まれ故郷では双子が生まれた場合は片方どちらかを殺さなければいけないという慣しがあった。ここは故郷ではないと彼女は自分に言い聞かせる。
「ルリ…?」
頭上から夫ロン・グリム・オーシェント公爵の心配そうな声が聞こえるがうまく笑顔で応答できない。不安が彼女を包み込んで離さない。
「大丈夫だから…。双子でも大丈夫。殺さないよ。おれが三人を守るから。な?安心しろ。呪いなんてあるはずないだろ?王都にはそんな習わしはないから…」
この夫の言葉を信じて4年目の時だった。彼女の両親が殺された。衝撃のあまり鬱になってしまい、不幸な人間だと他の貴族から言われたのは巷では有名な話だ。それからというもの、彼女が社交界に顔を出すことは少なくなった。
呪いなんて存在しない。そう思っていた夫も殺されたのには動揺したが、そのすぐ後に殺したのは盗賊だということが判明し安心した。
しかし彼女は‘だれが殺したのか’ということは差して重要ではない。運悪く殺されたという事実が彼女を更に追い詰めた。
『あいつは故郷に呪いをかけた裏切り者だ』
『辺境の女など正妻にとる事を了承した先代の公爵の気が知れん』
『可愛くない娘なこと』
そんな幻聴まで聞こえる始末だ。
両親が殺されて数日後、領主になった彼女の兄から手紙が来た。恐る恐る手紙を見ると恨み言は一切書かれておらず、むしろ習わしのせいで辛い思いをさせてすまなかったと書いてあった。
その彼女の鬱状態は近年になりやっと回復状態に差し掛かった。理由は殺す予定だった次女が己の幸せを掴み取ったというのが第一に挙げられる。
次女、メイ・アン・オーシェントは貴族としての最低限の嗜みはあるが彼女は貴族と結婚したいとは思わなかった。また両親は、王族になる姉により自分の代から数えてあと三代は不景気でも落ちぶれることはないと考えていたため、次女の結婚概念を無視して婚約相手をつくろうとも思っていなかった。
よって、姉のように朝から晩まで働き詰めということはなく、学校にも通わない身であった。しかしすることが無い毎日というのも退屈なものだからと、家にある図書室でずっと読書をして知識を深めた。そして誰にも告げずに薬師の資格を取ったり、体力付けと称して剣を振り回していたら軍人並みに上達していたり……。
次女は社会から徹底的に隔離されていた。親がそうしたのではなく、自主的にだが。そんな彼女が最も愛するのは、長女のティタニーだった。
「世間でチヤホヤされる年の近い姉を嫌う者がいるけど、あなたは私のことをどう思ってる?」と聞かれたとき、「そんな人間が存在するんですか!!!私は貴方様を世界で一番愛してますが何か文句ありますか!!!」と言ったのは家族や使用人の小ネタになっている。
いわゆる重度のシスターコンプレックスなのだ。
そんな彼女は王子のことをあからさまに敵対視していたが、姉が幸せなら全てよしという概念が最近生まれ、たまに家に来る王子と姉の可愛い行動など情報交換している。
ブライアン家から帰ってきた姉は、次の日王宮に行くと忙そうだったので妹の彼女は気を遣って物凄い努力をして話しかけないようにしていた。
「アン、部屋に入ってもいいかしら?」
姉にこう言われるまでは。
「えぇ、お姉さま。もちろん良いです」
「相変わらず書物が多い部屋ね。私よりあなたの方が王子の妃にふさわしかったんじゃ無いかしら…」
珍しく姉が自嘲的だ。何かストレスになるようなことがあったのだろうか。
「いいえ。私が勉学、武道を両立できたのは誰かの婚約者じゃなかったからです。婚約者なんて窮屈な位置だと私の本領は発揮できません。しかしお姉さまは逆境に強く、何事も怠らない代わり、自由な時間があると怠けます。お姉さまはなんでもできます。私は特化したものしかできませんが」
「そう?ありがとう。気持ちが落ち着けたわ。それで、あなたにやってほしいことがあるんだけど…」
姉が俯きがちになった。
相談?姉の相談ならなんでもオッケーだ。
「分かりました。なんでも引き受けます。それで、内容は?」
自分と瓜二つの顔がぱああっと輝く。反応が可愛い。でも褒めすぎると自分を称えてるような気分になりちょっと気持ち悪いくなる。
「私の代わりに学校に入って欲しいの。それで、ブライアン伯爵令嬢を観察して欲しい。明日から通ってもらうからお願いね。じゃあ私はこれで失礼するわ」
そそくさと帰ろうとする姉の袖を掴む。
逃がさない。
「いやいやいや、お姉さま!!!冗談はよしてください。それって、王太子妃っていう名目がつきますよね?無理無理、無理です」
「アンは私のお願いを聞いてくれないの?あなたにしか頼めないの…」
「っーーーー!」
なんだこのお姉さまは!!??かわいすぎでは??ちょっと彫刻家でも呼ぼうかしら?
「私を毎日死ぬほど観察してるから、癖もわかってるし喋り方も真似できる。顔もそっくりを越してもはや同じ。声が違うからユリアン様にはバレないわ。ね?お願いよ…」
「理由を…理由を聞いても良いですか?」
「そうね…。アンなら良いわ。口外しないでね?」
そう言いながら姉はゆっくり席に着き、妹は執事に紅茶とお菓子を持ってくるように頼む。
「私が勤めていたブライアン家の娘の婚約者が浮気してるの。それをウィルに言ったらそいつを次のパーティーでとっちめようって話になったの。でも、それまでにやる事がいっぱいあって学校に行く暇がないけど、学校でやっておきたい事があるからアンに行って欲しいってわけ」
「ふーん。なるほどね。ウィルート殿下は学校に来るの?」
「えぇ。引き受けてくれる?」
「理由を聞いたら了解するしかないわ。バレないようせいぜい頑張るわ。ところでどれくらいの期間行けば良いの?」
「んーそうね。パーティーまでだったら1週間で良いけど…。外の世界をちょっとでも知って欲しいし、あなたの観察眼であの学校を見て欲しいから一ヶ月間かな」
「そんなに長く……。ん、わかった。がんばります」
その返事を待っていたかのように姉は笑顔になる。