編入生
「ユリアン様、おはようございます」
「あぁ、フォル…おはよう。今日の朝食は部屋でいただくわ。今日は予定は入ってないよね?ところでアリスはどうしたの?」
ユリアンは寝起きにもかかわらず疲れた顔をしており、よく観察すると目が充血して腫れている。執事のフォルは気まずそうな顔をした後、意を決して喋りだす。
「大変言いにくいのですが、侍女のアリスは昨日の夜、旦那様の命により解任され実家に帰りました。よって、私が本日より侍女兼執事を努めさせていただきます。アリスには及びませんがどうぞよろしくお願いいたします」
執事が体を直角に曲げ謝罪すると、ピシリと空気に亀裂が入った。
「なぜ…?」
震える手で毛布を握り、取り繕った笑顔でユリアンは執事に問う。
「申し訳ありませんが、理由は存じ上げません。旦那様は今書斎におられます」
「今から行くわ」
そう言うと着替えをせず、ダッシュで書斎に行く。
「お嬢様!ネグリジェのままで部屋をでないでください!!せめてカーディガンを!」
長い付き合いの執事が叫ぶのを初めて聞き、ユリアンは驚いたが走る足を止めない。負けじと執事は廊下を走り、主人に追いつく。
「お願いします。着てください。私の首が飛びます」
そう言ってカーディガンを差し出す。
「…分かったわ」
そうこうしているうちに書斎に着いた。
コンコンとドアをノックすると、中から父のどうぞという野太い声が聞こえた。
「失礼します。お父様、アリスを解雇したとはどういうことですか?彼女はなにもしてないですよね。理由を伺いに来ました」
「ユリアン…。ネグリジェのままで廊下を走るなど、淑女にあるまじき行為をするな。カーディガンを着てもごまかせぬぞ。アリスの解雇については言えない」
「なんで!!!なぜなんですか!!」
「すまない。本当に言えないんだ。…あぁ、そういえばパーティーの招待状が来たんだが行くか?」
父は誤魔化すように招待状を彼女の前に差し出す。
「アリスがいないなら行きません」
「そうか?招待状、オーシェント家からきているぞ」
オーシェント家と聞き、ユリアンはぴくりと反応する。
「冗談でしょう?あのパーティー嫌いで有名なオーシェント公爵家が?アリスの件、誤魔化そうとするならいくらお父様とて嫌いになりますよ!」
嫌いという言葉に父は動揺するが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「どうする?来週の今日で王宮の離れでやるようだが…」
「この前のパーティー会場と同じ場所ですか?」
「あぁ、そうだ。名目は皇太子妃の誕生日祝いだそうだ。行くならそれまでにプレゼントを買ってこい。にしても突然だよなぁ。正式に妻になった嬉しさからなのかねぇ」
「分かりました。アリスの件に関してははまた後日伺います。とりあえず、パーティーに向けて全力でプレゼントを選んできます。突然押しかけてごめんなさい。失礼しました」
礼をして部屋に帰る娘にひらひらと手を振り、伯爵はふぅと誰にも気がつかれぬようにため息をつく。
「全く…。あの公爵家はなにを考えているのやら…」
――――
「ユリアン様、おはようございます。来週のパーティー、もちろん行きますよね?私、すごく楽しみです。今回は皇太子妃様が主役で、私たちがプレゼントを手渡しできるなんて光栄ですわ」
読書をしていたユリアンに、隣の席についたフミが話しかける。ユリアンは本を閉じ、対話するように体をずらした。
彼女たちがいる教室は、伯爵位以上の賢人のみが在籍している30人程度のところだ。このクラスだけはメンバーが誰一人として変わっていない。
ユリアンの異母姉妹アリスと王太子妃以外は。
「フミ様、元気ですね…。おはようございます。王太子妃様、前回のパーティーではすぐに退出なさってましたし、次はゆっくりいらっしゃると良いね。私はプレゼント選び、緊張してます…」
フミは苦笑するユリアンを見ながら、いつも隣で若干睨んでくる侍女がいないことに気がつく。
「あら?あのお嬢様愛が強いアリスはどうされたの?」
フミとしては何気なく聞いたのだが、ユリアンの顔が強張るのを見て、しまったと思った。
「あー。えっと……父上の命令で辞めさせられちゃったの…。私に挨拶もなしで。まぁ、主人と従者の関係だから仕方がないけれど」
「そう。そうとは知らずごめんなさい。じゃあ、そこの席は誰か別のどなたかが座るのかしら?…あ!そういえば聞きまして?今日から王太子妃様がこの学校で過ごすそうよ」
この国には三つの学校が存在する。女性のみの学校、男性のみの学校、共学の学校。ユリアンたちが通っているところは共学の学校で、三つの中では一番平凡である。そのため、他の二校と一切交流がないこの学校では王太子妃様は女性のみの学校に通っていると思われていた。
今更学校同士で交流関係を結ばせるのも面倒くさいと思っているので、それを逆手に学校を運営している上級貴族は、自分の子どもを好き勝手に遊ばせている。
事実、未来の王妃は伯爵家に短期間侍女兼騎士として12年間過ごしていた。
「えええ!それは初耳ですわ。そわそわします。あ、だから今日の教室、なんか落ち着きがないのか…」
納得という顔をしながら、前の席に座っているウェルート王子を見た。前と言っても、この教室は段々になっているので下を見る形になるが。
早速、派手なグループの長、リリアン嬢が王子に話しかける。いつもの光景なので慣れていたが、さすがに今日はダメなのでは?と周りの大半の人が思っているところに予鈴が鳴り静寂が訪れる。
ガラガラと扉が開くと同時に、柔和な顔の女教師と王太子妃が入ってくる。
「皆さん、おはようございます。各ご家庭に連絡が入ってるとは思いますが、今日から卒業するまでの約一ヶ月間という短い間、王太子妃のティタニー・オーシェント様が編入生としていらっしゃいました。ティタニー様、ご挨拶お願いいたします」
「みなさま、はじめまして。ティタニー・オーシェントと申します。突然の編入で戸惑っていると思いますがどうぞよろしくお願いします」
そういうと完璧な簡易の礼をする。ほぉっと感嘆の声がちらほら聞こえる。
ユリアンのところから殿下の表情は斜め後ろからだと見にくいが、パーティーの時より嬉しそうには見えなかった。公共の場だから取り繕ってるのかなとユリアンはぼんやり考えた。
「じゃあ、ティタニー様、ユリアン伯爵令嬢の隣の空いてる席に座ってください」
「分かりました」
ゆったりと階段を登る姿は男女問わず惚れてしまうものだった。
「ユリアン様ですか?これからよろしくお願いしますね」
ふわりと笑う笑顔はどこか懐かしいような気持ちになったが、ユリアンはその理由には気がつかなかった。