パーティー会場にて
「あら?」
そう呟いたフミは、一人壁際で立っているユリアン様を見つけてすぐに駆け寄った。
フミ様め……あいつは絶対いつかユリアン様の心を奪おうと思ってるに違いない……。けっ。中級貴族が羨ましいよ!
「ユリアン様、お久しぶりですわ。冬休みのせいでお顔を拝見できなくて私、禁断症状(幻覚)がでかけましたわ。今度お茶会でもどうかしら?」
「まぁ、フミ様!私もお会いしたかったわ。冬休み課題、何が出てるのかわかるかしら?」
「はぁ。相変わらずというかなんというか……。まぁ、そういう可愛らしいところが好きなんだけど…。課題なら貴女専属の侍女に尋ねればいいじゃない。できない理由でもあるの?」
「あはは。今更ながら同学年ということに恥ずかしくなって…」
「あらまあ…それは本当に今更ですわね。良いですわ。次の休日、空いてるかしら?」
「多分大丈夫よ。フミ様の家に行けば良いかしら?」
「えぇ。ではまた」
「ありがとうね」
二人はひらひらと手を振って会釈をした。
くっ。フミさん羨ましい。私もお嬢様とお茶会したい!というか課題がわからないお嬢可愛い!!!!
ユリアン様は顔を上げると、少し先の柱に私が隠れていることに気がついた。
あ、バレちゃったかー。仕方がないので私はすっとユリアン様の目の前に行く。
「アリス!!!あなたどこに行ってたの??もぉ、心配したじゃない……」
「申し訳ありませんでした。侍女として早急にやるべきことがあったのでお嬢様に告げずに行動しておりました」
「そう。無事ならならいいわ。幼少期から一緒なんだもの。侍女の仕事は大変かもしれないけど、同い年なんだからさ…。せっかく皇太子妃をお目にかかれたのに…」
「ご心配いただき、ありがとうございます。でも大丈夫です。私もチラリと目の端で拝見できましたので」
ユリアン・ルイ・ブライアン伯爵令嬢は、私アリスの主人だ。
幼いころは主人と従者という事を忘れてしまうほど仲が良かったが、私は両親に「仲良しごっこのために身を削る思いで、あの家の従者に入れたんじゃない!」と叱責を喰らいそれ以来はちゃんと侍女兼騎士役として頑張ってきた。
専属侍女には簡単になれたが、騎士の方はとてつもなく努力した。日中は侍女の仕事をこなしお嬢様が寝られたのを確認したのち、お庭の一角で素振りをしたり夜間の見回りをしている者と試しに剣を交えたりした。また、綺麗で美しい手になるように美容を頑張った。
これがすべてお嬢のためと思うと頑張れた。
「ふぅ。なんだか少し疲れてしまったわ。アリス、帰りましょう?」
「承知しました。しかし馬車停留所が混んでいるためすぐには帰れません。外で長椅子を見かけたのでそちらに移動しましょう」
「気が効くわね。ふふ、大好きよアリス」
お嬢様の満遍の笑みを見ると、私は危うく鼻血を出すところだった。危ない危ない。
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
ここは王宮の離れのパーティー会場。パーティーの名目は、次期国王の第一王子ウェルート・クリス・メゾン様とその婚約者である侯爵令嬢様の正式発表だ。お互いの年齢が18になってすぐにパーティーをあげたのでお互いまだ学生の身分だが…。
王子の婚約者様はこれで安心だろう。
他国では、王子の気の迷いで平民と結婚すると言われ、婚約破棄と国外追放された者がいたり、婚約者自身は何もしていないのに意地悪をされたという苦言を王子に告げられ婚約破棄された者がいる。まあ、でも我が国の第一王子は婚約者様に盲目だから女の争いはないのだろうなぁと他人事のように思ったりする。
「こんなところに椅子があるなんて…。お庭を眺めれるし、華やかな王宮をゆっくり眺められて楽しめるわ。ありがとうアリス。……一人で座るのは悲しいから、一緒に座ってはくれないかしら?」
「お嬢様がそうおっしゃるなら…。失礼します」
ちょこんと私は隣に座る。
なんだか今日は感謝されることが多い。理由は婚約者に会えたからか、第一王子の婚約者に会えたからだろう。前者ならば…と考えるとはらわたが煮え繰り返るぐらいの怒りが襲ってきた。
私はお嬢様の婚約者が大嫌いだ。侍女ならばお嬢様の意思に賛同しなければならないが、お嬢様が良いと思う者全てが良いわけではない。侯爵の家だか何だか知らないが、お嬢様を毎回値踏みするような目で見てくる。そして頭も顔も悪い。お嬢様の婚約者としては最悪だ。
私はお嬢様の人生初のおねだりのお陰で、貴族が通う6年制の学校に、ブライアン伯爵の妾の子として通っている。ブライアン家に迷惑をかけないように、お金は私の実家が出している。学校で習うことを習得済みの私は行く必要性がないが、行って良かったことがある。それは、あいつの最低さが心底分かったことと情報収集の場が増えたという事だ。
カツンカツン…
コツンコツン…
私たちが座っている椅子の左奥から人がやってくる気配がした。
「お嬢様、どなたかお二人いらっしゃいました。誰かは分かりませんが、挨拶したほうがいいかと…」
「えぇ、そうね。大丈夫よ。今度は落ち着いて挨拶するわ」
そういうお嬢様はとても震えていた。お嬢様は対人恐怖症なのだ。
「やぁ、こんばんは。君たちは…ユリアン・ブライアン伯爵令嬢と侍女のアリスか。良かった。二人と話したかったんだよ」
この声を聞いてお嬢様が驚いた。第一王子のウィルート様だ。慌てて正式な深い礼をする。
「ウィルート殿下、人目につかないところでユリアン令嬢と話されると誤解を生む可能性がありますよ。婚約者様以外の女性と滅多に話さないあなた様ですからもし噂にでもなったら、ユリア令嬢が社交界でのけ者にされてしまいますよ」
彼の背後にいる執事・サムイが助言するが、王子は「大丈夫だろう」と流した。
「ユリアン嬢、アリス、顔を上げてください。別にいじめようと思っているわけではないです。尋ねたい事があって来ました。対人恐怖症なのは知っているので、ゆっくりでいいので質問に答えてください」
「わ、わっ私で答えれる事があるのであれば…分かりました」
お嬢様は、王子がしがない伯爵令嬢が抱えている悩みを知っていることに驚いた様子だったが、決意に満ちた目で返事をした。
「ありがとう。では一つ目、ロバート侯爵の嫡男と婚約されていると聞いたんだが今日のパーティーであいつには会えたか?」
「はい」
「あいつの様子はどうだった?」
「……少し嫌そうな顔をしておりました。きっとわたくしのことがお嫌いなんだと思います。彼はどうやらどなたかと付き合っているらしいので……」
おい、お嬢様の傷をえぐるなよ。
その刺すような私の視線を受け取った王子はぶるぶると震えた。
「ふむ…。話してくれてありがとう。あぁ、あと最後に一つ。俺の婚約者はどうだったか?」
「とても美しく、綺麗で可愛く殿下のお妃様にふさわしい方だと思いました」
「ふっ。そうか。そう言われると嬉しいな。時間をとらせてすまなかった。ではまた」
王子は多くの女性を魅惑してきた美しい笑顔をお嬢様に向け、ちらりと私の方をみてニヤリと笑った。王子の笑顔を見たあとすぐにお嬢様は顔を俯かれたので、ニヤリ顔を見なかったので一安心した。顔を赤くされてあぁ、可愛い。
まぁ、王子本人に他意はないんだろうけど…お嬢様を妾にするならどんな手を使ってでも止めますよ……。
ちゃんと礼をしつつそんな事を考えていたら、お嬢様に他ごとを考えていたことに勘づかれたのか肘でつつかれた。やっといなくなったかなと思うぐらいで顔を上げて、時計を見ると馬車が来ている時間になっていた。
「…お嬢様、馬車が来ているはずです。行きましょう」
「わかったわ」