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今日はバイトはなかったんですか、と榊は手に持った刀をそのままに、いつものようにニヤニヤしながらゆっくりと近づいてきた。
非日常的な状況の中、いつも通りな様相の榊を異常に感じながら、僕は榊が近づいてくるのと同じように、元来た道を一歩ずつ後ろに下がる。
「先輩、どうしました。そちらは行き止まりです。」
榊は、まったくここら辺りは物騒だと忠告したのに、とひとりごちながら立ち止まった。
「先輩、ここで何をされていたんですか。」
そう言った後、
「ここでは何も見ていないですよね。」
そう言った彼女はいつのまにか、いつものニヤケ顔を止め、無表情にこちらを見ていた。
「えーと、なんのことかな。」
月光に噴射する刀をちらりと見ながら、なんとか日常の雰囲気にもどそうと、ダメ元で彼女にそう返す。
「まったく先輩には困ったものです。好奇心は猫をも殺すですよ。」
うんうんと頷く僕に、どうしようかな、などと彼女は軽い感じで先日と同じように、そして先日とは違って無表情に考える素振りを見せる。
実際には短く、けれど僕にはひどく長く感じる時間が経ったとき、彼女は驚いたような顔で僕の後ろに視線をやった後、焦ったように声をあげた。
「あっ、先輩避けて。」
後ろを振り向いたとき、そこにはさっき見たときには間違いなく事切れていたであろう男が、振り上げた手を僕に降ろす姿が見えた。
ドンっという、重たいものが人にぶつかった音がした後すぐに、ドカンっと壁にぶつかる音がした。
僕は致命傷にならないようとっさに防いだものの、思った以上に強い力に吹き飛ばされ、長いブランクからか受け身もとれず、壁に叩きつけられる。
「痛っ」
僕は少しぐらい鍛練しとけば良かったなどと思いつつ、続く痛みに耐えてうずくまりながらも前を見ると、男は榊の方へ飛びかかっていた。
数メートルはあろうかといった榊と男との距離を呼び動作なしに一瞬で詰めた男は、人とは思えないほどに膨らんだ腕を勢いよく横に薙ぐ。
シュンッという腕を振ったとは思えない音が鳴り響く。榊はとっさに後ろに避けていたようで、迎え撃つように刀を横に構える。
「まだ生きていたなんて、なんてしぶとい。まあいいです、さっさと終わらして先輩の対処をしておかないと。」
榊は人とは思えない速度で男との間合いを詰めると、横に刀を薙ぐ。キンっと金属同士がぶつかるような音がした後、ときどき月の光に反射される刀の陰影と刀と男の腕を振る音だけが交錯する。
どれだけ時間が経ったのか分からない、短いような長いような気持ちのなか、僕はその戦いをボーッと眺めていた。一年以上前の異世界での経験と記憶が呼び覚まされるような感覚に陥りながら。