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彼女の家を知らない僕は彼女の少し後について話しながら道なりに進んでいく。周りはすっかり暗くなり、すれ違う人もほとんどいない。
「みゆちゃんの家にはどれくらい歩くの?」
「もうあと10分くらいですよ。」
毎回バイトの帰りは大変だねというと彼女は、それほどでもないですよ、と笑い、こちらに少し顔を向けてそう返す。
それから少し歩くと、古い家が建ち並ぶ住宅街に差し掛かる。
「ここらへんは古い家が多いんだね。」
周りを見渡しながら、独り言のようにそう呟く。
「そうですね。あきらさんはこの辺りにはこないんですか?」
「来ないよ、知り合いがいるわけでもないしね。」
「そうなんですか。そう言えばあきらさんはこの辺りの出身じゃないですよね。」
「うん、実家は三つくらい離れたら街にあるよ。知ってのとおり、今は一人暮らし。」
そうなんですか、と彼女は軽く返しながら先に歩いていった。
◇◇◇
それから少し歩くと彼女はこちらを振り返り、もう家はそこなんでこの辺りでいいですよ、と話かけてくる。
「それじゃここで。そこまでだけど気をつけてね。」
彼女は頷くと、それではあきらさんも気をつけて、と言って大きな門構えの家に向かって行った。
僕は彼女が帰るのを見届けるとコンビニに戻るために、来た道を戻り始めるのだった。
そこそこに歩き方ようやく古い家が並ぶ住宅街を抜けようかというところまでやってきた。
「あれ、そこにいるのはもしかして、弓取先輩ですか?」
背中の方から声をかけられたので、そちらに顔を向けると暗がりの中に、今日バイト先のコンビニでも会った榊瑠唯と思わしき人物が立っていた。
「えと、榊?」
「ええ、そうですよ、先輩。こんなところで会うなんて奇遇ですね。コンビニのバイトはもう終わったんですか?」
コンビニ以外で会うのは初めてかな、などと呟きながら、彼女はこちらに近づいてきた。よく見ると左手には布で覆われた背の高さよりは若干短い棒状のものを持っていた。
「みゆちゃんを家まで送ってたんだよ。これからコンビニに戻ってバイトの続き。」
僕は彼女の手に持ったものが気になり、チラチラと彼女の手を見ながら、送り届けて帰るところだと説明する。
「なるほど、美幽の家の場所を探りあてたと。上手いことやりましたね、先輩。」
彼女は立ち止まるとにやにや笑いながら、またあらぬ疑いをかけてくる。
僕はため息をつき軽く頭を横にふる。返答もおざなりに、彼女に先ほどから気になっていたことを確認する。
「そんなことより、榊こそどうしてこんなところに?それに手に持っているものは竹刀?たしか、‥…陸上部じゃなかったっけ。」
以前に榊本人から聞いた部活動の名前を記憶から呼び起こしながら問いかけると、彼女は少し驚いた後、またにやにやと笑いだした。
「よく覚えてますね、先輩。女子高生のこととなると、記憶力が素晴らしい。確かに陸上部ですよ、高校の部活は。そして、これは習い事の竹刀です。」
ただ普段姿勢のいい彼女がほんの極僅かだけ重心がずれていることや、異世界でいやと言うほどにかいだ、彼女けらほんのごく僅かに漂う鉄の錆びた臭いから、僕は直感的に違うんだろうと思っていた。
ただ、好奇心は猫をも殺すということを、2年前の異世界の経験から身に染みている僕は、よく分かりましたね、などと嘯く彼女に気づかない振りをしていつも通りに話しかける。
「まったく、おまえの中で僕の人物像がどうなっているか、一度よくよく聞いてみたいね。」
「おや、弓取先輩。一度二人っきりで語り合いたいとはデートのお誘いですか。」
僕は再度ため息をつくと、まあでも、こんな遅くまで習い事なんて大変だな、と返しておいた。
彼女は、そうなんですと何度か頷いた後、少し考える素振りを見せた。
「そういえば、先輩も武道とか習い事はされているんですか。」
そう聞かれたので僕は、いや習い事は何もやってないけど、と返す。
「そうですか。いや、コンビニでの立ち姿が綺麗だと思って感心してたんですよ。」
時々気配も凄く薄いんですよね、と彼女は納得がいかないようで、うーんとまた考える素振りを見せた。それから僅かばかり後、彼女はふと思いだしたように、あれ?バイトはいいんですか、と聞いてくる。
「しまった。エリザさんに怒られる。榊、それじゃ。」
慌ててコンビニに向かおうとすると、
「弓取先輩、それでは。あ、そうそう。この辺りは物騒な場所もあるので、あまり近寄らない方が良いですよ。」
そう言った後にこちらに背を向けて、暗闇の先にあるであろう家へと帰っていった。
◇◇◇
「すいません、遅くなりました。」
僕はコンビニに急いで向かい、入り口から入るとエリザさんに謝る。
「遅かったね、少年。いやいや、あまりにも遅いから、鬼にでも襲われたのかと思ったよ。」
彼女は笑いながら、気にしなくて良いと手を横に振っていた。それより、ちゃんと送れたか聞いてきたので、ちゃんと送ったことを報告し、仕事に取り掛かるのだった。