童貞ヒキニートの異世界転生 〜職歴に応じて転生特典貰えます〜
「ぱんぱかぱーん。おめでとうございま〜〜〜〜す」
「…………は?」
部屋にこもってネトゲやってたはずが、いつの間にか、なにもない真っ白な空間にいた。
俺の他にいるのは、目の前でクラッカーを鳴らした女性。
「金の斧ですか?」と尋ねてきそうな服装で、人間離れした美貌の持ち主だった。
「あんた誰?」
「私は女神です」
「はあ。それで、なにがめでたいの?」
「なんと、あなたは異世界転生者に選ばれました〜〜〜〜」
「異世界?」
「はい」
「それって、ファンタジーな?」
「はい」
「中世ヨーロッパ風な?」
「はい」
「剣と魔法の?」
「はい」
「モンスターとかいる?」
「はい」
「レベルとか、スキルとか?」
「はい」
「ステータス・オープンな感じ?」
「はい」
「転生?」
「はい」
「俺が?」
「はい」
「……………………」
俺は顔を伏せた。
身体が勝手に震え出す。
夢でないかを確認するために、そっと頬をつねる。
痛い。普通に痛い。夢じゃない。
女神。
白い空間。
異世界転生。
――よっしゃあああああ、一発逆転キタアアアアアアァァァァァ!!!!!
喜びを堪えきれずに、全身を震わせる俺。
それを拒絶と勘違いしたのか、女神が声をかけてくる。
「残念ながら、あなたに拒否権はありません」
「いやいやいやいや、行きますよ。喜んで行きますよ」
俺はヒキニート十数年のクズ野郎だ。
この人生に未練なんてまったくない。
異世界でやり直せるなら、喜んでそっちを選ぶ。
今も心の中で「YES」ボタンを連打中だ。
いやはや、「どうせ、起こるわけねーよ」と諦めながらも、どれだけこの日を待ち望んでいたことか……。
「でも、なんで俺? もしかして、俺死んじゃった?」
ネトゲ中に急死したのか?
小説とかだと、「神様の手違いで死んじゃったから、お詫びで異世界転生」ってパターンがあったな。そういうやつかな?
「いえ、死んでませんよ」
「じゃあ、アッチの世界の勇者召喚の儀式で呼ばれたとか?」
これもテンプレだ。
「違いますよ」
「だったら…………?」
「たまたまです。特に理由はないです。しいて言えば、ダーツ投げて旅する的な?」
「じゃあ、ほんと宝くじ当たったようなもんか」
超ラッキーだ。
今までの不幸はこの当たりを引くためにあったんだな。
思い出したくもない最悪な人生だったけど、これならチャラだ。
「あっちの世界で、なんかやんなきゃいけないことあるの?」
「いえ、特にありませんよ。お好きなように生きてもらって結構です」
魔王退治しろとか、そういうのがなくて良かったよ。
やっぱり無理せずのんびり安全なスローライフ送りたいよな。
「あのー、ちょっと聞いていい?」
「はい、どうぞ」
「なんで目的もないのに異世界転生させるんだ? フィクションだと転生させるだけで世界のエネルギーがどうこうとかあるけど、そういうやつ?」
「いいえ。特にそういったこともないですよ」
「あっ、そうなんだ」
「そうですね。あなたにわかりやすく説明すると――あなたよくネットでゲーム実況観てますよね?」
「うん、まあ」
「観てるだけじゃなくて、たまにコメントしたりしますよね?」
「うん。暇だからな」
「そんな感じです」
「軽っ!!!」
「神も見てるだけだと退屈してくるんですよ」
「まさかの退屈しのぎ!?」
「ええ、そうですね。だから、理由を聞かれても、『暇だったから』としか答えようがないですね」
「そんなお手軽気分で俺の人生弄んだのかよっ!」
「ええ、神ですから」
「ほんと、ありがとうございました」
女神の気まぐれに感謝するしかないな。
「ということで、あなたには異世界に転生してもらいます」
「よろこんでっ! あっ、そうだっ! アレってもらえますよね? 異世界転生といえばお約束のアレッ!!!」
そうそう。うっかり忘れるところだった。
どんなチートスキルもらえるのか、ちゃんと確認しておかなきゃな。
「ええ、もちろん。なんと、今なら、転生特典のオマケつきなのですっ!」
「おおっ! チートスキルきたー。ちなみに、どんなスキルもらえるの? 俺が選んでいいの? あれだよねー、人の何十倍も速く成長したりとか、全属性に適性がある上に魔力も膨大で強力魔法を撃ちまくったり、剣聖になったり、なんでも作れたり、奴隷の酷い怪我を治していきなり好感度MAXだったり、そういうのできるんだよね? いやー、どんなスキルにしようかなあ〜。迷っちゃうなあ」
――と夢が広がっていたところ、女神が水を差してきた。
「いつの話してるんですか(笑)。もう令和ですよ(嘲笑)」
女神の視線が「ひと昔前の若者言葉を無理して使おうとするオッサン」を見るようで、地味にダメージ大きい。
「そういうご都合主義なチート能力が与えられたのは平成までですよ。改元に伴う異世界転移法改正によって、無条件なチート能力付与は禁止となったんですよ」
「それ、神様の世界の話だよね? しかも、割と最近の話だよね? 俺が知ってるはずないよね?」
理不尽に時代遅れ扱いされたことに、ちょっとイラッときた。
「もちろん、さっき言ったように転生特典はありますよ。じゃないと、すぐ死んじゃいますからね」
「じゃあ、どんな特典もらえるの?」
「今回の法改正で『ステータスや転生先の環境が現世の職歴を反映したものになる』という制限が追加されたんですよ」
「まじか…………」
「はい」
俺の職歴……………………。
自室に引きこもって早十数年。
純白の穢れ無き履歴書。
「じゃあ、あと2ヶ月早かったら、俺TUEEEでハーレムハーレムできたってこと?」
「はい、そういうことですね」
「でも、法改正で今はもう無理と」
「はい、そうなりますね」
俺はその場に崩れ落ちた――。
「あのー、大丈夫ですか?」
「あんま、大丈夫じゃない」
期待が大きすぎた分、その反動もまた大きかった。
「説明を続けても?」
「……ああ、頼む」
「分かりやすい例で言うと、現世で格闘家だとあっちでは剣士などの冒険者。研究職に就いてると魔術師とかですね」
「ふむふむ」
「こっちの世界で強い格闘家ほどあっちの世界での能力補正も大きいですし、偉大な発見をした研究者も同様です」
「なるほど、分かりやすい。じゃあ、サラリーマンは?」
「大会社の社長クラスだと貴族、高い役職つきだと官僚や商人。それ以下は――農奴ですね。自作農になれる人もいますけど」
「厳しいな、おい」
そういう扱いなのか……。
社会を支える大多数層であるサラリーマン。
異世界でそれに対応するのは農民だもんな。
「学生はどうなるの? 職歴ないけど?」
「あちらの世界でも学校があるので、そこの生徒ですね。体育会系は騎士系の、文化系は魔法系の学校に所属することになります」
「やっぱりあるのか。学園モノは定番だもんな。じゃあ、アイドルは?」
「しょ――」
「ダメダメダメダメ」
その先は言っちゃダメなやつだ。「ウフ」って笑ってもダメなやつだ。
絶対に各方面から顰蹙買うやつだ。
炎上間違い無しなやつだ。
「理解してもらえたでしょうか?」
「ああ、だいたい分かったよ」
「それで、あなたの職歴は?」
「………………………………」
黙り込んだ俺を女神がじっと凝視してくる。
神様なんだから、知ってるんじゃないのか?
わざわざ聞くこともないだろ。
そう思ったけど、どうやら、俺がなにか言うまでこのままのようだ。
仕方がないから、俺は重い口を開いた。
俺の職歴……職歴……。
「聖騎士です。ウェルフェリアという世界で聖騎士やってます。レベルカンストしてます」
「それゲームの話ですよね?」
「……………………はい」
「で? 職歴は?」
冷たい視線を女神が向けてくる。
チッ、ダメだったか。
じゃあ、次の手だ。
「自宅警備員です(キリッ)」
「自分の部屋しか守ってないですよね? 部屋から全然出てないですよね?」
「……はい」
「自分の部屋を守るのは当然のこと。仕事じゃないですよね?」
「…………はい」
「それにお給料もらってませんよね?」
「いや、少しだけど貰ってるよ。月に3万」
「所得税払ってませんよね? 確定申告してないですよね?」
「………………はい」
「それ、お小遣いですよね?」
「……………………はい」
「で? 職歴は?」
…………この手もダメだったか。
極寒の視線を女神が向けてくる。
仕方がない。最後の手だ。
恥を忍んで告白するしかない。
「実は俺――」
「はい?」
「俺は魔法使いなんですっ!!!」
「……………………」
女神が黙り込んだ。
俺に向ける視線は遂に絶対零度まで下がり果てた。
「それってネット発祥のネタですよね?」
「…………はい」
「30歳超えて童貞だって告白しただけですよね?」
「……………………はい」
「で? 職歴は?」
やっぱり、ダメだった。
ムダに俺の恥を晒しただけだった。
「…………無職です。働いたことありません。ずっとこの部屋に引きこもってました。引きこもりでニートのヒキニートです」
「はい、よく言えました」
女神はにっこりと微笑んだ。
「それで、あなたの職歴を反映した転生特典なのですが――」
「…………(ゴクリ)」
「――適合するものが複数ある人は選ぶことができるんですけど、あなたの場合は選択肢がひとつなんですよね」
「……ですよね。やっぱり、あっちでもヒキニートなんですか? ウチは中流家庭だし、向こうでもそんな感じなんですか?」
「ははははははは」
いきなり女神が乾いた笑い声を上げる。
しかし、顔はまったく笑っていない。
あっ、これ、怒られるパターンだ。
つーか、メッチャ怖い。
「異世界ナメてんの?」
「ひっ、ごめんなさい」
「中流家庭が働きもせずにグータラしてる息子を養えるほど異世界は豊かじゃないわよ。現代日本の中流家庭に生まれたことがどれだけ幸せなのか分かってる?」
「はっ、はいっ、ごめんなさい」
「それなのに、こっから逃げ出して異世界でやり直したいとか、人生ナメすぎなのよッ!」
「もうしわけございませんでした」
「こほんっ。失礼。取り乱しました」
「…………」
女神様の威圧感にちびりそうになった。
思わず土下座して、全力で謝っている俺がいた。
「姿勢を直して下さい」
「はい」
うながされて土下座を止めた俺に女神様が問いかけてくる。
「少し厳しい言い方になってしまいましたが、きちんと理解していただけたでしょうか?」
「…………はい」
俺が甘えきったどうしようもないクズ野郎だってことは、自分が一番良く分かっている。
嫌なことから背を向けて。
なんとかしなきゃいけないって分かっているのに。
でも、怖くてなにもできなくて。
逃げて。逃げて。逃げて。
最近では、もう考えることすら止めて。
ネトゲに逃避して。異世界転生できたらって夢みたいな妄想して。
そうやって。ごまかし続けてきたんだ。
ははははは。
叱られたのなんて、いつ以来だろう?
でも、女神様に怒鳴りつけられたとき、少し嬉しかった……。
「どうしてあなたがヒキニートを十数年も続けられたと思いますか?」
「それは……」
「あなたのご両親があなたを養ってくれたからです」
「…………」
「ご両親だけですよ。働きもしない成人の面倒を見てくれるのは。ご両親があなたに愛情を注ぎ続けてくれたから、あなたは野垂れ死にせずにいられたのですよ。あなたはその愛情を受け取ろうとしましたか?」
「…………」
「たしかに、あなたのご両親は親としての役割をきちんと果たしていたとは言えない部分もあります。上手にあなたを愛することもできませんでした」
「…………」
「しかし、それでもご両親なりにあなたを愛していたのですよ。別にご両親を赦す必要はありません。ただ、異世界に行く前に、そのことだけは覚えておきなさい」
「…………あの、女神様」
「はい、なんでしょう?」
「やっぱり、今からこっちの世界でやり直すってのはダメでしょうか?」
「…………」
女神様は悲痛な面持ちになり、首を横に振った。
「俺、ちゃんと謝ります。感謝の気持ちも伝えます。外に出て働いて、彼女も作って、父さんと母さんに孫の顔を見せてやりたいです。俺が立派な大人になったって言わせたいです」
「残念ですけど、もう遅すぎたのです」
「なんでっ!」
「詳しくは伝えられませんが、お父様は既にあなたに見切りをつけてしまいました。あなたをこのままこちらの世界に留めても、お互いにとって不幸な結果にしかならないのです」
「そんな…………」
――嫌なニュースの記憶が頭をよぎる。
ああ、そっか。
だから、俺なんだ。
暇つぶしにダーツで選んだみたいなこと言っておいて、実は俺と父さん、母さんのためだったんだ。
「今度こそ、両親の愛情をちゃんと受け取って下さいね」
「…………はい」
「大丈夫ですよ。ご両親も幸せになりますし、あなたにも転生特典がありますから。あなたが今の気持ちを忘れなければ、上手くやれるはずです」
「はい。女神様、本当にありがとうございました」
そして、俺の身体を光が包み込んだ――。
◇◆◇◆◇◆◇
――異世界に転生してから20年が経った。
女神様が言った通り、ステータスや生まれ先は確かに俺の職歴を反映したものだった。
まずはステータスについてだけど、ひと言で表すとクソだ。
ひ弱な体力で剣をロクに振り回すこともできない。
魔力もカッスカスで、魔法のひとつも唱えることができない。
そして、見た目もブサイクだ。こんなところまで前世を反映しなくてもいいのに。
そして、職業だが――やはり、こっちの世界に来ても無職だ。
生まれてこの方、働いたことがない。
というか、そもそも、家から出たことがない。
正確には、家の敷地から出たことがない。
天気の良い日には庭に出たりするし、電気のないこの世界だから、陽の光はちゃんと浴びている。
カーテン閉めっぱなしの部屋に十数年こもりっぱなしだった前世に比べたら、極めて健康的な生活を送っている。
とは言え、相変わらず引きこもりな暮らしであることは変わっていない。
要約すると、糞ステータスのブサイクがヒキニート生活を送っているってわけだ。
見事なまでに前世を反映してるでしょ?
でも、前世とはいくつか違う点がある。
その最たるものはなにか?
それは俺が幸せだってこと。
生まれてから今日まで、俺はずっと幸せなまま育ってきた。
なぜなら、こんな糞ステータスでブサイクな俺のことを両親が愛してくれたからだ。惜しみない愛情を絶え間なく注ぎ続けてくれたからだ。
ウチの両親は愛情をストレートに伝えてくる。
「愛している」と言われない日はないし、事ある毎にハグやほっぺにキスをしてくる。
それに両親だけじゃない。俺には3人の兄がいる。
3人とも末っ子の俺をやたらと可愛がってくれる。
俺ももういい年なんだから、そろそろ止めてもらいたいのだけど、今でも子ども扱いなのか、会う度に猫かわいがりしてくる。
さすがにここまでされたら、いくら捻くれていた俺でも真っ当に育つ。
家族のおかげで、俺は愛情というものを知ることができた。
こんなに心が安らぎ、満たされた気持ちになるなんて前世では知らなかった。
愛されて嬉しいのはもちろんなのだけど、さすがに「過剰なのでは?」と思わなくもない。
無職な俺を咎めるどころか、俺が働きたいと言ったら猛反対するし。
俺が「家から出たい」と言えば、「外は危ないから出ちゃダメだ」って言うし。
こっちで健全に育ててもらった俺としては、働きたいし、外に出たい。
でも、両親が反対する理由も納得できるし、俺を愛するがゆえだと思うと、俺もあまり強く出られない。
俺の低すぎるステータスじゃあ、ロクな仕事には就けないし、厄介事に巻き込まれたら命の保証がないしね。日本と違ってこっちは治安が悪すぎるからね。
俺としてはせっかく異世界に来たんだから、イロイロと見て回りたいんだけど、残念ながらその願いは叶っていないわけだ。
でも、十分に幸せな今の生活を考えると、これくらいは前世で引きこもってた償いだと思えば余裕で許せる。
そして、前世との違い2点目。
勘のイイ人なら俺の境遇に違和感を覚えているかもしれない。
転生前に女神様はこう言った。
――中流家庭が働きもせずにグータラしてる息子を養えるほど異世界は豊かじゃないわよ。
実際、その通りだった。
この世界では過半数が農民。しかも、土地に拘束され、仕事を選べない農奴だ。
都市に暮らす市民であっても、ニートを養う余裕なんてとてもない。
そんなことができるのは極々一部の高貴な身分な方々だけだ。
そう。俺の父上は国王で、母上は王妃。
俺は王族の一員として生まれたのだった。
しかも、3人の兄たちは超優秀なエリート。
1番目の兄は時期国王を継ぐべくして、父上の政務のサポート。
2番目の兄は国内最強と呼ばれ、団長として騎士団を率いている。
3番目の兄は魔術学院の若手ホープとして、研究の傍ら教鞭を振るう日々。
一番下の俺だけみそっかすだ。
ルックスに関しても、みんなチート級にハイレベルだ。
父上は野獣系なんだけど、立派な巨躯とワイルドな顔立ちで貫禄と威圧感が半端ない。まさに一国の王という威厳に満ちあふれている。
強いオスのフェロモンがムンムンで、若い頃はそうとうモテたそうだ。
だけど、母上一筋で他の女性には見向きもせず。
そんなところに、母上はキュンと来ちゃったんだって。
子どもに向かって、イチャイチャしながらノロけられてもねえ……。
母上はホント、絶世の美女。
これ以外の言葉が見つからない。
母上が微笑むと、後光がさして、満開の花々が咲き乱れ、天使がファンファーレのラッパを吹き鳴らす、って感じ。
しかも、俺が生まれた時からまったく容貌が衰えない。
オールウェイズ全盛期で、今も10代で通じる若々しさ。
前世の記憶がある俺としては、転生して数年間は緊張してちゃんと接することができなかった。ロクに女性経験なかったからな。
レベル1でラスボスの前に放り出された勇者みたいな気分だったよ。
3人の兄たちは皆、母上の血を色濃く継いだ超イケメン。
9割くらい母上で1割くらい父上な感じだから、超絶美形なんだけどピリッとした男らしさがあって、なんとも絶妙なベストブレンドになっている。
これでモテないわけがない。3人とも幼い頃からモテモテだった。
そんでもって、俺だけ父上似。母上要素ゼロ。
しかも、父上みたいにワイルドなわけでもなく、単にケモノっぽい。要するにブサイク。
父上が獅子の王だとすれば、俺は酔い潰れたタヌキだ。
頑張って褒めようとしても、「愛嬌がある」くらいしか思いつかない。
以前、「個性的で素敵」と言われたけど、悪口にしか聞こえなかったのは俺の気のせいだろうか。
でも、父上からすれば、「自分に似てて世界で一番可愛い」らしい。完全に親バカだ。
ホント、あの両親からどうやったらこんな失敗作が生まれるのか。
遺伝子の奇跡なのか、神様のいたずらなのか。
確実に女神様のせいだよな。後は俺のせい。
前世の俺のステータス引き継いだだけだ。しゃーない。
最後に、前世との違い3点目。
王族になって幸せな日々を過ごせてるだけでもビックリだけど、転生して一番驚いたのが性別が変わったこと。
俺、女の子になっちゃった。
ブサイクでか弱いお姫様になっちゃった。
不思議だよね。
糞ステータスでも、それがお姫様だったら、「守ってあげたい」っていう長所になっちゃうんだもね。
しかも、3人男が続いた後の待望の一人娘で、さらには自分似の顔つきってことで、父上の娘溺愛モードが完全暴走しちゃった。
それに拍車をかけるように兄たちの重度シスコンも発症。
母上も女の子が欲しかったから、その輪に加わる始末。
そんなわけで「働いちゃダメ、城の外に出ちゃダメ」の究極箱入り娘が爆誕!
女神様が転生直前に「せっかくなので、魔法使いも職歴に入れておきますね」って言ってたんだよ。
その時は軽く絶望したけど、女の子になった今では逆に助かったよ。
身体は女性になっても心は男性だから、男に抱かれたいとは思っていないからね。
というわけで、姫様の貞操は無事守られてますのでご安心下さい。
それに、たとえ俺に言い寄るような物好きがいたとしても、父上と兄たちが
「娘(妹)が欲しければ、ワシ(オレ達)を倒してみろ」
って立ち塞がるから、父上と兄さんたちの目が黒いうちは俺の貞操はバッチリだ。2番目の兄は国内最強だしね。
あっ、ちなみに、兄たちは重度シスコンだけど、セクシャルな意味じゃないから安心してね。3人とも奥さんも子どももいるし。
そうそう、俺の貞操絡みでいうと、もうひとつ伝えたいことがある。
こっちの世界に来て、俺にも好きな人ができた。もちろん、ライクじゃなくてラブの方。
その相手は俺の乳姉妹のメアリ。
俺の母上は乳の出が良くなかったので、代わりの乳母に乳を与えられて育ったんだけど、リリアはその人の娘さん。
俺より半年早く生まれ、姉妹のような幼なじみのような関係で一緒に育ち、今では俺専属メイドという立場。
小さい頃はやたらお姉さん風を吹かせていたけど、歳を重ねるにつれ、姫と従者という関係性を弁えた振る舞いをするようになった。
でも、二人っきりのときは相変わらず、俺をイジって遊んでくる。
可憐で聡明で、俺なんかよりよっぽどお姫様みたいなメアリ。
だけど、決して俺をバカにしたり蔑んだりせず、いつも「可愛い可愛い」と妹みたいに可愛がってくれてきた。
メアリは俺の初恋の相手だ。
前世でも恋したことなんかなかったけど、メアリとともに育ち、思春期に入る頃には、これが恋だって自覚していた。
サラリとしたプラチナブロンドにお人形さんみたいに整った顔立ち。
そして、前世では馴染みのなかった透き通った水色の瞳に、俺は吸い込まれるようにして恋に落ちた。
だけど、俺は自分の気持ちを押し殺した。
俺の心は男だけど、身体は女性。しかも、ブサイク。さらには、王族という身分。
茨の道をともに歩めと、どうしてその思いを告げることができようか――。
俺は淡い恋心を自分の中に押しとどめ、周囲にバレないように隠し続けた。
そう思っていた俺は幼すぎた――。
自分の過ちに気づいたのは、つい最近だ。
俺が二十歳を超えた頃から、急にメアリが露骨なモーションをかけてくるようになったのだ。
ラノベの鈍感系主人公でもさすがに気づくレベルのあからさまなアプローチだった。
これはもしかしなくても、メアリも俺のことを好きなのでは……。
そこで、俺は決意。必死な思いで自分の気持ちをメアリに伝えた。
シンプルに「メアリ、あなたを愛してます」と。
「ええ、私もよ。どうしてもっと早く伝えてくれなかったの? 待ちきれなかったわよ」
ギュッと俺を抱きしめ、軽い口づけをしてくるリリア。
俺は嬉しいというよりも、混乱で頭の中がいっぱいだった。
え? どうして?
本当に受け入れてくれたの?
こんなブサイクでなにもできない俺を?
女同士なのに?
しかも、姫と従者の恋愛なんて、バレたらタダじゃすまないのに?
それに、前から俺の気持ちに気づいていた?
待ちきれなかった?
「ねえ、メアリ?」
「なあに? 私の可愛いお姫様?」
「もう。その呼び方やだ」
「これは失礼いたしました。姫様」
「いつから気づいてたの?」
「最初からよ」
「えっ!?」
「貴女が私に恋に落ちた瞬間から気づいてたわ」
「……どうして?」
「だって、その頃にはもうとっくに私は貴女に恋していたもの」
「メアリ……」
「姫様……」
今度の口づけは長かった。
我慢してきた数年間を埋めるように長かった――。
メアリと心が交わった幸福感の後にやって来たのは――不安だった。
「メアリとこういう関係になれて、とっても嬉しいわ。でも、みんなにバレないようにしないといけないわね」
「あら、それなら、心配ご無用ですわ」
「どうして?」
「だって、もうみんな姫様の気持ちは知っておりますもの。両陛下も、三殿下も、城の者も姫様に近しい者は大抵は」
「えええええ〜〜〜〜〜〜〜」
「あらあら、はしたないですわよ。でも、そこが可愛いのですが」
「…………」
「国王陛下は顔を合わす度に、『まだ告白されないのか?』と催促なされますし、第一王子からは『妹をよろしく頼む。幸せにしてやってくれ』とお願いされますし」
驚きだった!
てっきりみんな反対するものだとばかり思っていた。
俺がメアリに告白したら、メアリを不幸にするものだとばかり思い込んでいた。
それで何年間も告白できずにいたんだ。
「みんな姫様の幸せだけを望んでいるんですよ」
メアリの言葉にハッとする。
俺の勘違いだったんだ。
父上も兄上たちも親バカ・シスコンゆえに、俺から男を遠ざけていたんじゃなかったんだ。
俺の気持ちを知って、その上で、俺が幸せになれるようにしてくれていたんだ。
身分とか、家の都合とか、世間体とか、自分の希望とか、そんなの一切気にせずに、俺の幸せだけを考えてくれていたんだ。
みんな、俺を愛してくれていたんだ。
知らず知らず、涙がこぼれていた。
「母も『二人の娘が幸せになるなら、こんなにめでたいことはないよ』って言ってましたよ」
メアリの母、つまり、俺の乳母。
俺にとって、二人目の母さんとも言える大切な存在だ。
俺のことを我が子のように可愛がってくれたけど、本当に自分の娘だと思ってくれて、幸せを願ってくれる。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。
流れる涙はさらに勢いを増す。
俺はメアリに抱きつき、豊満な胸に顔をうずめて泣きじゃくる。
「あらあら、姫様。泣いていたら可愛い顔が台無しですよ」
メアリが子どもをあやすようにしてくる。
俺の身体をギュッと抱きしめ、片手で髪を撫で、耳元で優しくささやく。
小さな頃から幾度となく繰り返されてきた行為。
お互いに慣れたものだ。
だから、俺も徐々に落ち着いてきて、涙も収まった。
でも、なんとなく不貞腐れて、憎まれ口を聞いてしまう。
「かわいくなんてないもん」
「可愛いですよ。姫様ほど可愛いお方はおりませぬ」
「うそだ。メアリの方が綺麗だもん」
「お褒めいただき光栄でございます。私の可愛いお姫様」
「また、その呼び方」
「ですが、姫様の笑顔に勝るものはございません」
「…………えがお?」
「ええ。笑顔です。姫様の笑顔は見る者を幸せな気分にさせます」
「……そう、なの?」
「そうなのです。姫様の笑顔は国の宝。だからこそ、みな姫様を守りたいと思うのです」
「…………ほんと?」
「姫様の笑顔に惚れた私が言うのだから、間違いありませんっ!」
「……………………そっか、うん。わかった」
ブサイクな俺でも笑うことならできる。
だから、メアリのために、俺は満開の笑顔を咲かせた。
――その途端、今までキリリとしていたメアリがフニャけたような蕩け顔になる。
「ああああ、それです〜。その笑顔です〜。姫様可愛すぎます〜〜〜〜〜」
メアリが猫なで声で頬にすりすりしてくる。
今度は俺がメアリによしよしする番だった――。
――これが俺の人生が変わった3度目の日だった。
1度目はもちろん、女神様によって転生されて日。
そして、2度目は俺が4歳のある日のことだ。
その日に父上から頂いた言葉のおかげで俺の人生が変わった――いや、人生を変えることができた、自分自身の力で。
それ以前から、父上を含む家族の皆は、俺を可愛がりたっぷりと愛情を注いでくれた。
ただ、前世で家族からの愛情を上手く受け取ってこなかった俺としては戸惑っていた。
愛されるってことがなんなのか、いまいち実感できなかったんだ。
そんな俺に決定的な転機が訪れた。
その日、父上は俺を膝の上に乗せて語りかけてきた。
「おまえの笑顔は最高だ。おまえが笑うとみんなが幸せになる」
「わたしがわらうとしあわせ?」
「ああ、そうだ。みんな幸せになるんだぞ」
「みんな?」
「父さまも母さまも兄さまたちも。それだけじゃない、国中のみんなが幸せになる」
「そうなの?」
「ああ。だから、これからもその笑顔をいっぱい見せておくれ」
「うん。わかった」
そう答えた俺が大きな笑顔を浮かべると、父上も破顔し「よしよし」と大きな手で頭を撫でてくれた。
メアリが俺にくれた言葉――それと同じ言葉を父上が幼い俺に贈ってくれた。
だから、俺は生まれ変わることができたんだ。
俺が誰かを幸せにできる。そんなこと考えたこともなかった。
しかも、「笑う」だけで。
転生して早々、「俺にはなにもできない」と決めつけていた。
だけど、「笑う」ことならどんなにステータスが低かろうが、俺にだってできる。
この日から、俺は意識して「笑う」ことに心がけるようになった。
いっぱい貰っている家族からの愛情――そのお返しのつもりで。
俺はこの世界に来てなにもしていない。
剣も振ってないし、魔法も使えないし、政治も軍事も商いも大して勉強もしていない。
魔物と戦ったこともないし、農作業もしたことないし、物を作ったこともないし、商売したこともないし、社交もしたことないし、政治もしたことないし、軍隊を率いたこともないし、子作りだってしたことないし、ほとんどなにもしていない。
だけど、「笑う」ことだけはやってきた。
一生懸命やってきた。誰にも負けないと言い切れる。
悲しいときもあった。ツラいときもあった。
怒りに震えたこともあった。泣きたいときもあった。
だけど、できるだけ負の感情は人前で出さず、どんな相手にでも心からの笑顔を向けられるように努力してきた。
他にすることもないし、他の生き方も知らないし。
まあ、俺だって人間だから、ストレスはある。
そういうときは自分の部屋でこっそりとヌイグルミたちにぶつけて発散してた。
一番腹が立ったときに、ついバラバラにしちゃったクマちゃん、あのときはゴメンね。
そういった努力があったからこそ、メアリから国の宝と呼ばれるほどの笑顔を身につけることができたんだ。
俺の2度目の人生、心の底から幸せだと思うし、これからも幸せにやっていける自信がある。
こんなにも幸せなのは、もちろん周りの人々のおかげってのがほとんどだ。でも、俺が変わってなければ、こうはなっていなかっただろう。
そして、俺が変われたのは女神様の
――今度こそ、両親の愛情をちゃんと受け取って下さいね
というアドバイスのおかげだ。
これがなかったら、俺は変わることができなかっただろう。
才能がないヒキニートでも家族の愛情と笑顔さえあれば幸せになれるって教えてくれた女神様、本当にありがとうございました。
そして、前世での父さん、母さん。
俺を育てて、養ってくれてありがとう。感謝しています。
親孝行はできなかったけど、異世界で俺は幸せに暮らしています。
もう会うことはできないけど、父さんと母さんが幸せに長生きできることを祈っています――。
はじめましての方は、はじめまして。
ご存じの方は、毎度ありがとうございます。
まさキチと申します。
最後までお読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけたでしょうか。
ブクマ・評価でご支援いただけると、創作の励みになりますので、どうぞ、よろしくお願いします。
【連載中作品】
「貸した魔力は【リボ払い】で強制徴収 〜用済みとパーティー追放された俺は、可愛いサポート妖精と一緒に取り立てた魔力を運用して最強を目指す。限界まで搾り取ってやるから地獄を見やがれ〜」
https://ncode.syosetu.com/n1962hb/
追放・リボ払い・サポート妖精・魔力運用・ざまぁ。
可愛いギフト妖精と一緒に、追放したパーティーからリボ払いで取り立てた魔力を運用して最強を目指すお話。
ヒロインは不遇なポニテ女剣士。
「勇者パーティーを追放された精霊術士 〜不遇職が精霊王から力を授かり覚醒。俺以外には見えない精霊たちを使役して、五大ダンジョン制覇をいちからやり直し。幼馴染に裏切られた俺は、真の仲間たちと出会う〜」
https://ncode.syosetu.com/n0508gr/
追放・精霊術・ダンジョン・ざまぁ。
ヒロインは殴りヒーラー。
第1部完結。
総合2万ポイント超え。
日間ハイファン最高15位。
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是非読んでみて下さい!