神社に祀られている日本刀を鞘から抜いたら何故か西洋風異世界に転移した。‐元男子高校生の自己流剣術(エスパーダ・オリジンアーツ)‐
……現状との繋がりは良く覚えてない。
今俺は、見知らぬ古風なヨーロッパの街の中で日本刀を手に持って突っ立っている。
フランスとか、イギリスとかドイツ辺りの観光街のような街並み。
道行く人も俺の事を特に気にせずに自分のやりたい事を優先している。
ただやはりここは外国のようで、顔立ちの良い人ばかりだ。
日本人のようななんか野暮ったい風貌と違い、メリハリが付いていてとても分かりやすくザ・外人。
ただ悲しいかな、その情報は俺の元居た場所ではないという事を教えてくれる。
俺の名前はケンジ。年齢は16歳。高校生。
両親と世話焼きな姉と素直じゃない妹が居て、楽しく筋トレと自己流武芸の鍛錬に励みながらVRMMORPGを楽しむ一般的な少年だったハズなんだ。
えぇと、まずここに来る前に何があったか思い出そう――――
◇◆◇
「おぉ!よく来たなケンジ!俺だ!タイガだ!覚えてるか!」
「覚えてますよ叔父さん。昨日もゲームの中でチャットしたじゃないっすか。」
ここは日本の某所にある神社。
俺はその神主を務める叔父に遊びに行くという名目でお小遣いをせびりに来た。
と言ってもまぁ、自宅からはかなり遠いので泊まり掛けである。
今は夏休みで、俺はVRゲームライフを満喫中だった。
しかしゲーム内でパーティを組んだ時に出会った俺の叔父が、『良い若者が夏休みゲーム三昧とは許せん!是非家に遊びに来い!俺と一緒にゲームをして夏休みの思い出に1ページ刻みなさい!』という意味の分からない理由を付けて両親を軽々しく言い包め、VRゴーグルと共に俺をこの神社まで送り届けさせたという事だ。
前半部はまだ理解出来るのだが、後半は完全に叔父の欲望が見え見えだ。
俺のゲーム内でのLvはレベルキャップの90。叔父はLv26。今の説明で分かると思うが、それでもな人向けに簡単に言うと『Lv上げが面倒だから俺に頼ってしまおう』という魂胆なのだろう。
まぁ、低レベルでのドロップ品には武具作成や錬金、各種低級生産職が必要とする低レアアイテムが手に入るので俺にとっても損はない。
現状、全てのVRMMORPGはモンスターにも高度なAIが実装されている為、BOTの育成が難しい。
その為おのずと需要のあって数が必要な物は良い値段で売れる。
更に対策として、NPC商人の最大所持金なども決められているので莫大な金を稼ぐにはプレイヤー同士での取引が重要となる。
NPCに全売却してまた狩場に戻るという作業プレイが出来なくなっているのだ。
一見プレイヤー側に不利だが、それでもゲーム内に存在する総資金は運営がしっかり管理していて、不足が起こらないよう専門家の指示でばらまいているようなので大丈夫なのだろう。
まぁつらつらと説明したが、俺が興味あるのはゲームの楽しさだけであってそういう裏の事情は特に興味なんてない。
知っているのもVRゲームプレイヤーなら常識レベルの知識だからである。
ケンジはタイガととりとめのないゲーム話で盛り上がっている。
外はセミの声が鳴り響く。
夏の日差しが照り付け、二人の体中から汗を噴き出させる。
話が佳境に入って来た所でようやくタイガが切り出す。
「まぁ立ち話もなんだ!お茶でも飲みなさい!」
「あっ、はい。頂きます。」
ケンジはタイガの後ろに続き、「大島家」と書かれた表札を横目に見ながら神社の中に入る。
もう少し早めに家に入れて欲しい……
◇◆◇
あぁー……美味い。
ケンジは冷えた麦茶を飲み、酒を飲んだおっさんのような声を漏らす。
「あ゛~……生き返る。」
夏の衣替えを終えた制服姿のケンジは、半袖のYシャツの襟のボタンをいくつか外し、両手で掴んでバッサバッサと広げて内部に風を送り込む。
「まるで叔父さんのようだなケンジ!」
「まぁ叔父さんよりちょっと長目にやってますんで。多少おおらかでも問題ないっしょ?」
「お、ここで先輩風を吹かすか?見てろースグに追い抜いてやるからなー?」
シュッシュッとシャドーボクシングを決める叔父。
まぁ俺もそうそう追い付かれるようなヘマはしないがね。
そもそも高レベルになるほど経験値必要量が多くなるし、Lv差が70程もある今の状況なら、どれだけ本気で取り組んでも1年はまず追い抜かれない。
それだけMMORPGの経験値は渋いのだ。
またしてもとりとめのない、しかし本人達にはとても重要なゲーム内での話が進む。
その時たまたま新職業である「サムライ」の話になり、叔父さんが良い物を見せるから付いて来な!と立ち上がってリビングから出ていく。
俺としてはこのクーラーをガンガンに効かせた部屋から出たくないのだが、ここで叔父の機嫌を損ねるとアイテム分配で揉めそうな気がしたのでケンジは渋々付いていく。
◇◆◇
「ケンジに見せたい物は……これだ!この神社の御神体である日本刀!」
「へぇー……なんかタイムリーっすね。」
まぁ先ほどまでサムライの話をしていたからだが。
叔父は長々と伝承だの言い伝えだの言っていたが、ケンジは日本刀の麗しい見た目に虜になってしまう。
ベースとなる色だが、鞘は黒、柄は白。
赤文字のお札で封印されたその鞘の中腹から鍔に掛けて、桜色の花びらが散る装飾が施されている。
長さは良く分からないが、多分打刀の分類に入る。
「……とまぁこんな感じだ!大島家に代々伝わる神の宿る刀!名宝・桜花!」
「へぇー……良い名前っすね。」
「だろう!さっきも言った通りこの刀は夫婦刀でな!夫である霧六は戦中、日本軍に徴用されたが、妻であるこの刀は『女子を矢面に立たせるなど日本男児の恥だ』として見逃されたんだ!現在も夫刀は捜索中だが、見つかって無くてなぁ。鞘に雲が描いてある見事な刀なんだ。」
「へぇー……」
おぉ、そんな悲しい話が。でもまぁそれよりも。
「タイガさん。抜いてみてもいいっすか?」
「ダメだ!神様だぞ!?」
「ちぇー」
残念そうに両手を後頭部に当てるケンジ。
「まぁこの神社の詳しい事は分かっただろうから、早速ゲームをしようじゃないか!」
「あぁ良いっすよ。VR機材にゴーグルの端子差す場所開いてますよね?」
「開いてるともさ!さぁ行こう行こう!君のリュックの中のゴーグルも君を待っている!」
「あぁ、付喪神っすか?この神社の神様の由来と同じ――
ケンジとタイガは場所を移動し、凡そ5時間ほどフルダイブ型のVRMMORPG、「レジェンド・ファンタジー」を行った。
◇◆◇
タイガのLv上げを終え、Lv26がLv30になった頃。
外部から音声チャットが入り、夕食の時間を告げる。
ケンジとタイガは一旦ログアウトし、タイガの妻であるタイコと共に卓を囲む。
タイコはケンジが来たことを喜び、夏休みの間お世話になりますっ!とケンジも改めて挨拶する。
その後再び2時間ほどゲームをしてお風呂。
お湯のたっぷり入った湯舟に浸かり、眉間をマッサージする。
VRMMOは目がとても疲れるのでクールダウンを入れないと視力が悪くなってしまう。
……とは分かっているのだが、やはり楽しさ優先である。
あぁー……でも良い物を開発してくれたよなぁ。フルダイブ型VRゲーム。
これがあれば誰でも理想の自分になれる。声も姿も思いのまま。
これはもう、トランスジェンダー問題が解決したのと同義なんじゃないだろうか。
現代社会に疲れ切った人間のストレスのはけ口にもなるし、本当に奇跡のような代物だ。
まぁ社会問題とかはどうでも良いんだ。大事なのはゲームの話。
取り合えず……職業:ソードマスターはカンストしているからモンクと魔術師を育てている訳だが、低級魔法や技では一撃で倒せるモンスターが限られてくるので今の叔父の養殖はとても有難い物である。
育てた分の強さを実感できるし。俺TUEEEEE的な。
ゲーム内での俺の状況を簡潔に説明するなら。エンドコンテンツとなっているレイドボスのような1時間も掛けて討伐するようなラグナロクから生還した一人の剣士。
過去の時間軸に戻った剣士は精霊の導きによって弟子を見つけ、稽古を付ける。
終焉の未来を変える為に。
ゲームのシナリオ的に言うなればそんな感じだよな。
風呂から上がり、Yシャツとトランクスを着た俺は叔父と共に、再びVRゲームに勤しむ。
◇◆◇
今は夜中の3時。
ゲームを一旦終えた俺は休憩する為、リビングの隣にあるキッチンに移動。
冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取り出し、ガラスのコップに茶を注いて一気飲み。疲れた身体に染み渡る。
「くぁ~っ……」
こうして変な声を漏らすのはもう癖だろうな。
片付けを終えた俺は叔父の部屋に戻る途中、神社の本殿に繋がるドアが少し開いている事に気付く。
あぁ、叔母さん閉め忘れたんだな。
幸い鍵はコチラ側から閉められるようなので、俺は気を利かせてドアの鍵に手を掛け……
「あっ……」
しかし目が霞んでいた為に目標を逸れてドアを押してしまい、ドアが更に開く。
ゲームのやり過ぎは良くないなぁやっぱ……と思いながらドアの先を見る。
……何やら、本殿の中が輝いている。
見間違いかと思って目を瞬かせるも、そうではないらしい。
何事だろうと思って霞む目を擦りながら本殿に入ると、祀られている日本刀が白く輝いている。
えっ、マジで何事?
「なんだろう……これ……」
俺はそのまま手を伸ばし、日本刀を手に取る。
光は更に強くなり、霞んでいた俺の目を治す。とってもフレッシュな視界。
その輝きは鞘と鍔の間。つまり、刃の部分から放たれている事が分かる。
この刀を抜けば、輝いている理由が分かるだろう。
……ゴクリ、と唾を飲む。
左右を確認して、誰も居ない事を理解。
ちょ、ちょっとくらいならバレないよなー……あははー……
俺は光る理由を確かめる為、ゆっくりと刀を抜いた――――
◇◆◇
……という所までは覚えている。それ以降の記憶が無い。
中世ファンタジーチックな街の中、顎に指を当てながら薄目で思い出していた俺。
というかなんか、手の感触とか、身体の調子も色々と違う気がする。
俺はまず自分の服装を確認をする為に↓を見ると黒いセーラー服に包まれた大きな双丘が見え……は!?
驚いて手を見て、顔を触り、胸を揉み、最後に股間を触る。マイサンが無い!何で!?
何処かに自分の容姿を確認出来る物が無いか周囲を見ると、一軒の露店に大きな鏡が吊るされている。
俺は全速力でその露店に向かって走り、土ぼこりを上げながら停止。
「はい、いらっしゃい。」
店主が何か言ったがそんな事を耳に入れる余裕は無い。
俺は、吊るされたその鏡で自分の容姿を見て愕然とする。
「な、なんで……? お……俺……黒髪ロングの美少女になってる……」
ケンジは、何処とも知れない異国の地で、黒いセーラー服を着た黒髪の美少女となっていた。