3話奴隷契約の破棄
なんか突然やってきた転機
3章
奴隷契約の破棄
この世界に来てから2週間が経った。
奴隷という名のラルフのお世話係としての生活にも慣れ、毎日楽しい生活を送っている。
だがラルフとの関係が1歩も進まない。からかったりいたずらしたりとレイア的には羨ましいことはしているのだがそれだけだ。
原因は1つ、この首輪のせいで好きと言えないこと。それさえ言えれば私はすぐにでも告白して恋人になる。
この首輪について調べようと考えたのだが私はこの世界の字が読めない。なのでルークさんにこの首輪について聞いてみた。
わかったのは首輪をつけた人(主人側)が外すか死ぬかしないと外れないということ。つまり解決策は何もわからないということだ。
もっといろんな人に聞きたいけれどラルフは外出を許可してくれない。ラルフが仕事で外に行くときも私は留守番だ。誰か外部の人が屋敷に来てくれれば話を聞けるのに……
そんなことを考えながら今日も私はラルフを起こす。ドアをこっそりと開けていたずらの準備。
「今日は何をするつもりだったんだ?」
体を起こしてベッドに座っているラルフと目が合った。いつもならまだ寝ている時間だというのに。
「早いのね」
「ほぼ毎日のように変な起こされ方するからな」
勝ち誇った顔でラルフはフンっと鼻を鳴らす。私は普通に紅茶をカップに注ぎ差し出す。
「そうだ、今日は客が来る、出てくるなとは言わんが変なことするなよ」
「変なことって?」
「俺にするようなことだよ、いたずらしたり、からかったり」
「そんなことラルフ以外にしないわよ」
からかうのはレイアにもやるけど。
「そうか」
ラルフは何とも言えない表情をした。ラルフにしかしないというのがいい意味で特別扱いされているのか悪い意味で特別扱いされてるのかわからないってところだろうか。もちろんいい意味で特別だ。
でもそれを伝えることは好きって伝えることは好意を示すことになり口にできないようだ。
それよりも、お客さんが来るのか。たぶん仕事のためだろうけど、ちょっとくらいお話しする時間くらいあるだろうし首輪のこと聞いてみよう。
「やあ、ラルフ殿」
やってきたのは人間の男性。きれいな金髪をなびかせ白い衣装に身を包み何とも清潔感溢れる感じだ。かなりのイケメンで普通の女の子なら惚れてしまうだろう。
ラルフじゃないから私にとっては対象外だけど。
「ご足労頂感謝する、ロイド殿」
ラルフが敬語を使っている。なんとも珍しい。いつものぶっきらぼうなのもいいけどこういうのもいい。ぜひとも結ばれた時には聞かせてもらおう。
「おや、あちらの女性は?」
ロイドという人が扉の陰から様子をうかがっていた私に気付いた。
「ん、ああ、奴隷だ」
「ほう、奴隷にしては身なりもきれいですな」
じーっと見つめられる。悪い気はしないがいい気もしない。
「ロイド殿、あまり人の物を見るものじゃないですよ」
「おお、これは失礼」
ラルフとロイドさんは応接室へと入っていった。流石にそっちまで覗くのは迷惑だろうから終わるまで待っていよう。
ラルフは領主をしているらしい。
イヌビトと人間は互いの領土に侵入してはいけない。でもこの辺りはそういう決まりのない無法地帯で人間とイヌビトが混在している。その中のほんの一部の土地を取り仕切っているのだ。盗賊など犯罪じみた行為に手を染めることができないこの地域で暮らすには弱いイヌビト達をまとめて村を作ってあげたとかなんとか。そんなことをレイアが誇らしげに語っていた。
そのラルフに用のあるあのロイドさんは何者だなのだろう。
「ルークさん、あの人は?」
「ロイド殿はこの地域で人をまとめている方です、まあラルフ様と同じような方です
イヌビトと人間の共存を理想としてこの地域をまとめたいとかおっしゃってますな」
「それでラルフはそれに協力してるのね」
「そんなところですな」
そんな素晴らしい人ならきっと私の相談に乗ってくれるはず。希望が見えてきた。
「ふう…」
応接室からラルフが出てくる。
「終わったの?」
「いや、休憩だ」
そう言ってラルフは自室に戻っていった。今がチャンスだ。
「失礼します」
「おや、さっきのきれいな奴隷さんじゃないか」
「実は、お聞きしたいことがありまして」
「いいですよ、応えられる限りでお答えしましょう」
快く引き受けてくれた。思った通りのいい人でよかった。
「この首輪の外し方なんですけど」
「どれ…」
ロイドさんが私の顎をくいっとあげて首輪を見る。ちょっとドキッとしてしまった。
「隷属の首輪ですね、主人しか外せないという」
「やっぱりそうなんですか…」
残念だけど知らないのは仕方ないか。
「失礼しました」
私が部屋を去ろうとすると……
「待ちなさい、実は1つだけ方法があるんだ」
「本当ですか!?」
私は思わず叫んでしまった。これでラルフに気持ちを伝えられる。そう思うと心が躍ってしまうのだ。
「しかし勝手に外すのはいささかまずいかと」
「大丈夫ですよ、ラルフは私のことが好きで手元に置いておきたいからつけてるだけなんで」
「ほう、ラルフ殿の大切な方なのですね、あなたは」
「そうみたいです、でもこれはラルフのためにも必要なんです」
ラルフだって私に好きって言われたほうが嬉しいだろう。
「そのためには私の屋敷に来てもらう必要があるのですが、大丈夫ですか?」
「あー、それはちょっと…敷地内から出るなって命令されてるもので」
ちょっと前に散歩のために外に出た時に獣に襲われたことがあり、そのため出るなと言いつけられてしまったのだ。
「そうですか、ではラルフ殿に頼んで一緒に来てもらえれば」
「そうですね、ちょっと聞いてきます」
一礼して部屋を去る。ちょうどラルフが戻ってきたところだった。私は今の話をする。
「ダメだ」
「なんで?」
「よく知りもしない相手の誘いなど乗るもんじゃない」
「ラルフの知り合いでしょ」
「そうだな、だが別に信頼できる友人ではない、ただ仕事を一緒にしてるだけだ」
ラルフが言いたいことはわかる。でもさっき話した感じでは悪そうな人じゃないと思う。それに、この首輪を外すチャンスだ、逃したくはない。
いつかはラルフが外してくれるかもしれない。でも私はすぐに外したい。今すぐにでも気持ちを伝えたい。だからここで引き下がりたくはない。
「どうしてもだめ?」
「ダメだ、あんまり言うと部屋から出れなくするぞ」
そう言われては退かざるを得ない。私は部屋に戻る。
1時間後
「ミノリさん!」
リリーが慌てた様子で部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「こ、これ、あのロイドさんって人から」
渡されたのは手紙だった。
「あー…ごめん、リリー、読んでくれる?」
「あっ、はい、えーとですね」
ラルフが仕事で出かける2日後の昼に連れ出すから庭で待っていて欲しいという内容だった。
「こ、これって、もしかしてロイドさんが一目ぼれして、駆け落ち!?
ああ、でもミノリさんにはラルフ様が、きゃあ!ミノリさん略奪されてしまうの!?」
勝手に妄想を膨らませリリーが真っ赤になりはしゃぎだす。
「うん、違うから、いいかなリリー、このことは誰にも言わないで」
「え、ミノリさん、ロイドさんを選ぶんですか?」
「あのね…」
私はできる限りで説明した。首輪を外したい本当の理由はしゃべれないけどラルフのためであると言ったら納得した。
「わかりました、2日後のお昼はルークさんやレイア様が外に出ないよう見張っておきます!」
2日後
私は手紙にあった通りに庭に出る。見回したところ誰もいない。
「っ!」
何か首がちくっとした。それに、なんだか眠く…………
「っ!」
目が覚めたらそこはベッドの中だった。でも私の部屋のベッドでもなければラルフのベッドでもない。見たこともない天井。見たこともない部屋。
「手荒な真似をしてすみません、たぶんこうでもしないと連れてこれないので」
傍にはロイドさんがいた。ロイドさんの言う通り、無理やり引っ張ったりしても体が勝手に抵抗していたかもしれないがこうして気絶していれば問題なく外へ出られる。流石は首輪のことをよく知っている人だ。
ロイドさんが差し出す手を取り私は立ち上がる。
「さあ、ではその首輪を外して差し上げましょう」
そういってロイドさんが取り出したのは首輪だった。どこかで見たようなその首輪は私の首についているのと同じものだった。
「それで、外せるんですか?」
「ええ、この首輪はですね、2つ目がつけられると1つ目が外れるんです
そのあと私が2個目を外せばあなたは自由の身です」
そういってロイドさんが私の首に取りつける。ラルフのつけた首輪が外れ床に落ちる。
「とれた!ええっと、私は、ラルフのことが好き」
ちゃんと口に出して言えた。成功だ、最高にテンションが上がる。
「ふふふ、喜んでいただけたようで何よりです、ええ、ですが……
キサマはもうラルフのもとには戻れないがな」
急にロイドさんの声色が変わった。さっきまでの優しそうな声とは違いゾッとさせる声。オークションの会場にいたイヌビトのように悪を感じさせるそんな声だ。
私は思わず逃げ出した。
「動くな!」
命令に逆らえず体がピタリと止まる。
「くくく、せっかく手に入れた人質だ、逃げられては困る」
「くっ、私の、バカ」
「ははは!そうだ、キサマは馬鹿だ、せっかくラルフが守ってくれているのに
まんまと私にたぶらかされて」
腹が立つ笑い声。でもそれよりも自分に腹が立つ。こんな男の本性に気付くことができなかったことに。自分の軽薄な考えでラルフを困らせる結果になったことに。
「まったく、あのラルフとか言うイヌビトは、獣のくせに我々と対等のつもりでいるの が気に入らん
獣は獣らしく森で我々の的にでもなっておればいいのだ」
なにか独り言を言っているようだがそんなことはどうでもいい。何とかして逃げられないか。
動け、動け!私の体、動け!!
どれだけ念じようと体はピクリとも動かない。この首輪が強力なのはもう嫌というほど知っている。だからといってあきらめたくない。
私がこの世界に来たように奇跡が起きるかもしれない。
無情にも私は何もできなかった。
首輪に鎖が繋がれ私は引っ張られる。動くなという命令が解除されてないから引きずられていく。
首が締まる。体のあちこちがすれる。痛い、悔しい。でも何もできない。
「痛いか?俺に忠誠を誓うというなら、優しくしてやらんこともないが、どうだ?」
「ふざけないで!アンタなんか、ラルフが…」
ラルフは本当に来るだろうか? 忠告を無視して飛び出していった私にあきれているのではないか。愛想をつかしているのではないだろうか。
いや、きっと、来る。身勝手だけど、ラルフを信じたい。こんな私でもラルフはきっと助けてくれる、そう考えれば力が湧いてくる。何をされようと耐えられる。
「ラルフがアンタを殺すわ!」
「はたしてそううまくはいくかな」
ロイドが私を再び引きずる。階段を上がり傷が増える。痛み、苦しみ、屈辱。耐えて見せる、ラルフが来るまで。
「これを見るがいい!」
バルコニーから外を見るとそこには何十という兵士がいる。
「さらに!罠の魔法陣も多数設置してある!この中を突破できるわけがない
助けてに来たとしてもあの犬が死ぬだけだ!はははは!!」
確実にラルフを殺す気らしい。でも、ラルフなら大丈夫。何人いようと蹴散らして私を救い出してくれる。
数分後
「うおおおおおおおおお!!!」
雄たけびが聴こえる。
「来たか!、皆のもの、構えよ!」
ラルフがやってきた。たった1人でやってきた。爪をとがらせ、牙を出し、闘志をむき出しにしている。
「ぐああああ!」
素早く走り兵士に近づき爪で剣を槍を折り体を切り裂く。次々と兵士をなぎ倒していく。
「かかった!!」
ドンっと轟音が鳴りラルフのいた地面が爆ぜる。ラルフは軽くダメージを受けたが直撃は避けたみたいだ。勢いを落とすことなく近くの兵士を倒しさらに近づいて来る。
「魔法だ、魔法で応戦しろ!」
兵士たちが炎の魔法を繰り出す。
「ちっ!」
ラルフは水の魔法で相殺する。魔法を使いながら走るのは厳しいのかスピードが落ちてきている。
ドンッ!
再び地面が爆ぜる。今度は避けきれない。
「ラルフっ!!」
「ちぃっ…」
「強化魔法か、四肢は吹き飛ばんか、だがいつまで持つかな」
ラルフの体がどんどん血に染まっていく。罠魔法だけでなく兵士の攻撃も避けられなくなりさらに赤く染まっていく。
それでもラルフは突き進む。
「おらああ!!」
そしてついに屋敷の前にたどり着いた。
ぼたぼたと血を流し体のあちこちに切り傷刺し傷火傷、膝には矢が刺さっている。満身創痍でかろうじて立っているように見える。
「くく、ははは!思ったよりも頑張るじゃあないか、だがもう終わりだな
俺が直々に手を下してやろう」
「くそっ…」
ラルフが片膝をつく。これ以上動けないみたいだ。
「だがそのまえに、いい見世物をみせてやろう
おい、奴隷、俺にキスをしろ」
体が勝手に動く。ボロボロの脚が何とか立とうとする。
「い、いや、それだけは、っ!」
唇が重なる。憎い男の口の味を知ってしまった。私の初めてが奪われてしまった。
悔しくて涙が出る
「くはは、どうだ、キサマの大事な女が俺のものになった気分は」
「てめぇ!」
ラルフが歯ぎしりをする。何とか体を動かそうとしているが立てそうにない。
このままではラルフが殺されてしまう
「!!」
体が動く。さっきのキスをしろと言う命令が動くなという命令に矛盾してたから『動くな』は解除されたんだ。
油断している今なら……ナイフは持ってないけど、ここから突き落として……
「っあああ!!」
ボロボロの脚を懸命に動かすし私は渾身の体当たりをかます。
勢いあまって私はロイドと一緒に落ちたがそこまでの衝撃はなく私もロイドも無事だった。
「くっ、このアマぁ!」
ロイドが私を蹴り飛ばす。
「かはっ!」
「ああ、本気でムカつくな、犬っころよりもムカつく、決めた
先に犬を殺してやろう、目の前で愛するものが死ぬところを見てろ」
ロイドがラルフへと近づく。
なんとかラルフは動けないだろうか。
いや、私が動かしてあげるんだ。ラルフを奮い立たせる言葉、一番ラルフが喜ぶ言葉
それは……
「ラルフ、さっさと私を助けなさい!この駄犬!!」
あっちの世界で使っていた口調。高圧的でラルフをいじめる時の口調。愛情の裏返し
。
「!!」
「はっ?」
ロイドがポカンとした表情でこっちを見る。
ラルフは……
「ったく、相変わらずムカつくご主人様だぜ、でも、そこまで言われたらやらないとなぁ!!」
ラルフが立ち上がる。血を流しながらロイドに近づき……
「しまっ!」
その首を切った。
私の首から隷属の首輪が外れた。
「ラルフ…」
再び膝をついたラルフに私は這い寄る。
「ほら、やったぞ」
「ふふ、よくできたわね」
私は以前のように、頭を撫でた。ラルフは頬を染めうれしそうな表情を浮かべる。
「ねえラルフ、好きよ、愛してる」
首輪のせいで言えなかった言葉をラルフに伝える。
「ああ、俺もだ」
「今度は疑わないのね、嘘だろうって」
「こんな時に嘘言わないだろ、何年の付き合いだと思ってんだ」
「じゃああの時も信じて欲しかったな」
「あれはお前が誤解させること言うからだろ、心に決めた人って」
「人も犬も一緒でしょ」
「はは…」
「主!」
「兄上!!」
ルークさんとレイアがこっちに走ってくる。とりあえず助かりそうだ。
安心したらなんだか眠くなってきた……
ラルフの手を取り私は眠った。