9.6 これだからバカは始末に負えない
短くも鋭い視線のやり取りの後、先に仕掛けたのはヴィクトールの方だった。
「性能試験の結果はすでに提出してあるはずです。諸元は全て満たしているかと思いますが、お目通しいただけませんでしたかな、中佐?」
「当然確認はしているが、私は現場主義でね。現物を見てみないと信用できんのだよ」
嫌味とともに投げかけられた、ヴィクトールの訝しげな視線。だが、中佐と呼ばれた男は特に意に介す様子がない。
「とはいえ、陸軍の技術開発部から基本設計の提供があったとはいえ、長年答えの出なかった問題に光明を見出したというのは賞賛に値するな」
「基本設計? ご冗談を」
ヴィクトールの顔に浮かぶ笑みは、当事者でなくても不快感を覚えうる、あからさまな嘲笑だ。
「あんなデザインでうまくいくと考えるほうがどうかしている。怪物の開発に、技術開発部が渡してきた資料は何一つ役に立ってませんよ。新しいものを作ろうってのに、何一つ冒険した痕跡が見られない。それなのに進化を望む? 寝言は寝て言え、としか言いようがありませんね」
言っていることは正しいのかもしれない。どんなに努力しても、その方向が間違っていれば成果にはつながらない、というのは事実だ。でも、ヴィクトールがどんなに正しいことを言おうとも、あの顔では説得力に欠ける。
「改めて申し上げますよ、中佐。あなた方が渡してきた設計も、技術も、何一つ反映されていない」
「軍の興味は、怪物が軍の作戦行動に供するだけの性能をきちんと発揮する、その一点だけだ。そこに適用される技術の変遷や、君のポリシーなどにさしたる興味はない」
「”これだからバカは始末に負えない”」
ヴィクトールが自由都市連邦語で悪態をつくものだから、その場にいるほとんどの者が解することが出来なかった。ただ一人、その妹だけがなんてことを、とばかりにこめかみを抑え、俯いている。
大本の設計を提供した軍が生みの親なら、兄妹は自らの技術を注ぎ込んだ、いわば育ての親である。育児放棄した生みの親に大きな顔をされては納得がいかないのかもしれないが、軍が研究開発を支援し、試験の場所と機会まで提供しているのも事実。ヴィクトールもずっと文句を言い続ける訳にはいかないらしく、努めて冷静さを取り戻し、今後の展望を語る。
「中佐のおっしゃる『作戦行動』、事前の調整さえ済ませれば、という条件付きならば、遠隔操作でも自立制御でもある程度可能です」
「上々だ。こちらとしてはすぐにでも運用試験を始めたいが、いつからなら可能だ?」
「活動時間と電源供給の問題は、まだ解決していません。それは以前の報告でも申し上げましたし、性能試験結果にも記載済みです。お目通しいただけませんでしたかな、中佐?」
そう言ってヴィクトールが指さしたのは、怪物の背中に繋がれた電源ケーブル。シドは工学に関しては門外漢もいいところだが、これだけの大型機械を動かすなら相応のエネルギーを投入しなければならないことくらいは想像がつく。いかにも強靭そうなケーブルは、それを受け止めるためのものだろう。
「満充電から全力駆動で五分、通常の駆動ですと十分で活動限界です。前線で使うにはまだ不足でしょう」
「無給電での稼働時間については、優先順位を下げる、とも伝えたはずだがな」
静かに反論する研究者だったが、今度は中佐が鼻で笑う番だった。
「怪物の運用は我々の仕事だ、君が気にすることではない。最前線に出せなくとも、後方支援活動や歩兵に随伴させるという手もある。要は駒の使い方で、そこは君たちが口を出すところじゃない」
中佐の合図を受けた部下は、軍人らしく実に機敏に動く。数分も絶たぬうちに、現場には物騒を通り越して野蛮な代物とその標的が持ち込まれた。
トレーラーの荷台に載せられたのは、いわゆる回転式機関砲。本来はヘリにでも搭載されていたのだろうが、取り外されて現地改修を受けたのだろう、素人目にも急拵えとわかる簡易的な持ち手と操作機構が取り付けられ、陽の光を受けて鈍く輝いている。
研究の支援者の依頼である以上、無碍に断る事もできないのだろう。ヴィクトールは苦い顔のまま、通信機で指示を飛ばす。
「軍の指示により、射撃訓練を行う! 操作を手動に切り替えろ!」
「イエス、ボス!」
スピーカーから響く、学生と思しき元気な声。倉庫からは発光信号が送られ、是の合図を告げる。
「研究室の先生と学生だろ? ボスって呼び方はどうなんだろうな? もっとガチガチで緊張感に満ちた間柄だと思ってたんだけど」
「それだけフランクな関係なのではないでしょうか、ボス」
耳を疑ったシドが思わず横を見ると、そこにいるのはいつもどおりのクールな瞳のローズマリー。だが、口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。
「先生はどちらがお好みですか?」
「……君は警察から出向している身分で、本来の上司はアンディ。俺は魔法の師匠だ。そういう意味じゃ、ボスと呼ぶのは本来適切じゃねーだろ? 今までどおりでいい」
「わかりました、先生。真剣なご回答ありがとうございます」
大人をからかいやがって、とバツの悪そうな顔で頭をかくシド。それを見たローズマリーの笑みが、ほんの少しだけ深みを増す。彼女と親しい人にしかわからないくらいに、少しだけ。
「……『カブトムシ』を放り投げたときも思ったが、とんでもないパワーだな」
微妙な空気に耐えられなくなったか、シドが半ば無理矢理に話題を変える。彼の視線の先では、怪物が両手で機関砲を抱えている。長い多連装砲身を構え、腰を落として遠くの標的を狙うその姿は、どこぞの筋肉自慢の映画俳優を思い起こさせるほど堂に入ったものだ。
「あんなゴツい機関砲を軽々と、ってか……」
「あの大きさだと、人が持ち運んで運用するものじゃないですよね?」
「車両やヘリに搭載されてるのが普通だな。外国人部隊にいた時に、似たような物を見た気がする。耳、塞いどけ」
シドの言葉にうなずいた少女が耳を覆うのと、怪物が引き金を引いたのはほぼ同時だった。
直後、機関砲の先端から閃光が迸るとともに、けたたましい発砲音があたりに響き渡る。自分の周りの大気ごと体に揺さぶりをかけてくる音に、招待客一同は耳を塞ぎ、その場に足を踏ん張って耐えるばかりだ。
弾帯を入れ替えて二度、時間にして一分弱の発砲。
ひとしきり射撃を終えた怪物は、静かに銃口を下げる。標的となったトラックと軽装甲車両は、数百メートル向こうで文字通りの蜂の巣となっていた。仮に乗員がいたとしたら、おそらくまともな形では残らないないだろう。
そんな凄まじい光景に拍手を送るのは、主に軍の関係者。それと彼らとつながりがあるであろう、一部の企業の代表者だ。
「とんでもない音でしたね」
「まったくだ。デモンストレーションといえ、ずいぶん派手にやってくれるもんだ」
ずっと眉間に深いシワを寄せて怪物の一挙一動に注目していたガーファンクル卿だったが、ふむ、とつぶやくとシドに意見を求める。
「わしは軍のことはそれほど詳しくないのだが……軍があの手の二足歩行機械に興味を示す理由、貴様はどうみる?」
「そうは言われましてもねぇ」
それでもどうにか自分の中で考えをこねくり回して答えを探そうとするあたり、シド・ムナカタはやはり仕事には忠実な人間なのである。
「組織を動かす立場の人間からすれば、前線に立つ兵士が血を流さずに済むなら一番理想的でしょう。でも、そうは問屋が卸さないのが現実です」
シドも短い間、しかも傭兵という立場ではあったが、軍の禄を食んだ身。兵の命を守るという人道的な理由だけで、大枚をはたいて野のものとも山のものともつかない新技術を二つ返事で導入するほど、軍の上層部の頭はお花畑ではないことくらいは承知している。
「兵士を育成し、戦車や銃を与えて戦地に投入するコストと、怪物を製造して運用するコスト。二つを天秤にかけたらどっちに傾くか、ってだけの話でしょうね」
「先生が現実主義者なのは知っていますが、そのお考えはいかがなものかと……。お言葉ですが、人の命をお金に換算するのは、さすがに賛成しかねます」
「俺はただ、現実の話をしてるだけだよ、CC」
砂糖菓子よりも甘い理想で固められたローズマリーの反論を、シドはすげない言葉でぴしゃりと遮る。
「国民が汗水流して働いて収めた税金をいかに効率良く使うか、どのような用途に使ったか、ちゃんと説明する義務は軍にだってあるんだ。仮にあの怪物を導入するなら大出費まちがいなしだが、それには相応の理由付けが必要になる。それができなけりゃ、どんなに優れた新兵器もお蔵入りだ。
新兵器を導入すれば、兵士の生存率は上がる代わりに高くつく。兵士を増やして戦場に送れば安上がりだけど、絶望の涙にくれる遺族が増える。あの佐官殿もなかなかいい性格のようだけど、それなりのジレンマに苦しみながら大きな決断をしていると思いたいね」
それでもローズマリーは不服そうだ。頭では理解できていても、感情がそれを許さないのだろう、シドを睨むのをやめない。別に彼女の機嫌を取るわけではないけれど、それなりのフォローはしてやらねばなるまい。
「君の考え方のほうが、むしろ普通なんだ。俺も昔は軍に雇われてた身だから、その考え方がわかるってだけの話だ。それが絶対に正しいとは言わないし、君に押し付ける気もさらさらない」
納得はしきれていない様子だが、彼女の中でひとまずの落とし所は見つけられたらしい。ローズマリーは何も言わず、ただ小さく頷くだけだ。
「君は今のままで、そういう平和な考えを大事にして大人になればいいんだよ」
「子供扱いしないでください! まったくもう……」
最後に付け加えられた余計な一言に抵抗するローズマリーをなだめすかしながら、シドは思考を巡らせる。
件の怪物は機関砲を下ろして待機しており、見学者がめいめい近くによって眺めたり、ヴィクトールに話を聞きに行ったりしている。あれだけの図体にして軽やかな身のこなし、それに魅力的な出力となれば、興味を惹かれるのは至極当然ではある。
だが、シドの関心は、むしろそのパワーの源にあった。
電力を魔力に変換する――。
魔導士たちの常識ではできなかった【逆変換】、それをいかにして成し遂げたか。彼の興味はその一点に集約していた。もちろん、それが魔法使いもどきの事件解明に直結してはいないだろうが、何がしかのヒントくらいは得られるかもしれない、という淡い期待もある。
幸い、他の出席者に魔導士がほとんどいないせいか、ヴィクトールよりもマリアのほうが人だかりが少ない。人の輪から少し離れた場所で静かに怪物を見上げている。
魔導式の専門家たる彼女にまずは話を聞こうと、シドはローズマリーを引き連れ、静かに歩きだした。




