9.4 不思議で仕方ありません
「みなさんは当たり前のように二足歩行をしていますけれど、それをロボットにやらせるのは非常に難しい。多くの研究者がこの難題に取り組み、近年になってようやくその答えが出始めたところです。ロボットの研究で一歩長じている国は日本と合衆国ですが、その研究の主体は人間と同サイズのロボットです。人に姿を似せたロボットに、人と同じ動きをさせる。人間の再現に主眼が置かれています」
ヴィクトールの説明は内容こそ至って真面目だが、テレビ番組の司会者もかくやとばかりのオーバーな身振り・手振り・話しぶりで聴衆たちを引きつける。計算済みの演出なのか、自然な所作なのかは定かではない。
「我々が目指したのは、子供の頃に誰もが憧れた、巨大な二足歩行ロボットの実現です。自分の思い通りに巨大なロボットを操るというのは、健全な少年たちなら一度は通る夢であります」
「そうなのですか……?」
「どうなんだろうな?」
少女の純粋な問いかけに、元・少年は曖昧な答えしか返せない。日本に住んでいた頃、その手の映像作品が数多く存在していたことは知っていたが、物心ついたときから魔法の訓練に明け暮れていたシドに、それらにどっぷりと浸かる機会などなかったのだ。
「我々が開発したこの怪物、ご覧の通りの巨躯を誇りますが、世界初にして現状唯一の大型二足歩行ロボットなのです」
内覧会の出席者たちが揃って感嘆の声を上げる。少々性根の曲がったシドからしてみると、こりゃ中に一定数仕込みがいるんじゃないかと疑ってしまうくらいの感心ぶりだ。
彼の可愛くない考えをよそに、拡声器を通ったヴィクトールの声が、若干のノイズと共に響き続ける。
「世界初の要素は、それだけではありません。先にお伝えしている通り、この怪物、魔力によって駆動しております!」
「電気ではないのか?」
悪意をたっぷり含んだ微笑みとともに、ヴィクトールは首を振る。明確な言葉にしないだけで、「これだから素人は困る」と考えているのが丸見えだ。
「これくらいのサイズの機械となると、電動の駆動装置ではどうしても大掛かりで、重くなります。それに対して、人工魔導回路と魔導式を組み合わせれば、駆動装置を小型化でき、設計の自由度が大幅に上がります。我々の開発した駆動装置のほうが小型でかつ高出力なので、既存のモータやサーボより優位に立てるはずです」
それなら、と次に質問を投げかけたのはガーファンクル卿だった。
「それだけ大掛かりな機械を動かすのなら、相当量の魔力が必要なはずだ。一体どこから供給する?」
「非常に良い質問です! それはこの怪物を理解する上で、最も重要な技術です」
魔力生成器官を持たぬ鋼鉄の巨人が、どうやって魔力を手に入れるのか。魔導士であれば当然の疑問に、ヴィクトールは芝居がかった口調を崩さずに答える。シドは思わずうんざりしたような顔になるが、目ざとい弟子にジャケットの裾を引っ張られると、また元の能面に逆戻りだ。
「外部電源と蓄電池から供給される電力を魔力に変換する、【逆変換】と称する技術がその核です」
シドがちらりと横を見ると、戸惑った様子のローズマリーとバッチリ目があってしまう。
起点から終端へ、正しい方向に魔力を流してやることで、物理現象を発現させる。それが、魔導式の基本的な使い方だ。その逆――熱、電力あるいは運動エネルギーの、魔力への変換――は不可能とされている。
ヴィクトールの言うことが本当なら、彼らはその定説をひっくり返したことになる。魔導士と認められて日が浅い少女が疑問を感じるのもなんら不思議な話ではない。
「これまでの魔導式では、魔力を電力に変換できてもその逆はできなかった、というのはご存知だな? それを君たちは成し遂げたと?」
「そのとおりですよ、ガーファンクル卿。そうでないなら、ここまで多くの人を集めて怪物のお披露目なんてしやしません。私に言わせれば、どうして歴々の魔導士が逆変換による魔力の生成と利用を諦めているのか、不思議でしょうがない。魔導士はどこか頭が固い人が多いようだ。おおかた、古い慣習やら伝統やらに縛られて身動きが取れないでいるんでしょう」
なおも雄弁に語り続けるヴィクトール、その言葉の端々に、段々と皮肉や嫌味が滲み始めようと、卿の表情筋は揺るがない。
「技術者も似たようなものです。科学技術こそ至高と信じ切って、魔法に目を向けることもなかったんですからね。反吐が出るくらい視野が狭い」
ヴィクトールの言葉を咎めるものは、誰もいない。
魔導士を揶揄する言葉にクスクス笑いを漏らす出席者も、科学技術に携わるものまで無能と切り捨てられて顔をひきつらせる。
「工学と魔法を融合して新たな価値を作るという提案が、どうして魔法使いからも技術者からも出なかったのか、正直不思議で仕方ありません。そこまで至らないほどに発想が貧困だったのか、それとも――気づいていながら見て見ぬふりでもしていたのですかね? まあ、どちらにしろ、道を突き詰めようとするものとしては下の下なのですが」
ずいぶん面倒そうなやつだな、とシドの眉根が寄る。
魔法が使えるというだけで、その力を持たぬ者たちを劣った存在とみなす、錯誤も甚だしい魔導士は一定数存在する。彼からみれば、ヴィクトールも魔法が使えないだけで同じ穴のムジナだ。それまで誰もなし得なかった着想を形にし、成果を残しているのは事実。だが、その境地に至れなかった人々を侮辱するための免罪符を手にしているわけではない。
「兄様、本筋から外れています」
そんな彼を諌められるのは、同じ研究者であり、身内である妹だけなのだろう。車椅子から兄を見上げた彼女は、落ち着きながらも張りのある声で、兄の説明を元の軌道に戻そうとする。
「わかってるよ、マリア。今回のところはこれきりだ。
ともかく、我々は幸運でした。先達たちの発想が貧困極まりなかったおかげで、こうして怪物を作り、皆様にお披露目する機会を得たのですからね」
身内から言われてはさすがに聞き入れざるを得ないのであろう。やれやれしかたないな、と肩をすくめるヴィクトールだったが、イタチの最後っ屁さながらの余計な言葉を忘れない。
研究者の不穏当な発言で表情を曇らせるローズマリー、やってられねぇとばかりに舌打ちするシドの傍らで、ガーファンクル卿は眉一つ動かさない。いつもと変わらない厳しい眼差しで、じっと怪物を見据えている。怒りや悲しみを相手に悟られないように押し隠すには、おそらく彼くらいの年の功が必要なのだろう。その境地に達するには、万屋ムナカタの面々はまだ若すぎる。
「魔導炉と称する【逆変換】技術の実現には、我が妹にして天才的な魔導式デザイナー、マリア・F・シュタインの多大なる貢献があったことを紹介したい。彼女の協力がなければ、この怪物は立ち上がることすらままならなかった」
ヴィクトールにつられて一部の参加者から拍手が巻き上がると、持ち上げられて照れくさくなったのか、マリアは車椅子の上で小さくうつむいた。
ひとしきり拍手がやんだところで、ヴィクトールはようやく、内覧会の本題に立ち入る。
「さて皆様。未だ多くの疑問をお持ちかと思いますが、ひとまず実物をご覧いただきましょう。それが一番の証左にして説得力となるはずです」
ヴィクトールの一礼は、彼が生み出した怪物のそれと違い、先程の言動と相まって、極めて形式的で慇懃無礼めいたものに見えた。




