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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第8章 猫とメイドと秘密の特訓
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8.1 バレずに密かにこっそりと、だ

 風呂上がり、可愛らしいパジャマ姿のローズマリーが自室に戻ると、ベッドの上では先客が丸まっている。

 少女の師匠の愛猫にして使い魔、クロだ。

 彼女(・・)の寝床は他にあるのだが、ローズマリーに秘密を打ち明けてからこっち、夜はおしゃべりをして過ごした後、一緒に寝ている。とはいえ、少女が黒猫を一方的に抱き枕にしているのが実際のところで、少女としては、師匠(シド)にあまり知られたくない事実だ。

 二人の夜の過ごし方はひとまずおいておくとして、現状のクロは半ば丸い毛玉と化している。部屋の主の足音を聞きつけてしっぽをくるくるパタパタと動かしているので、どうも寝入ってはいないようだが。


「ねえ、クロちゃん」


 なんだよ――と言葉にすることはないが、顔を上げて薄く目を開けてくれるあたり、気にかけてくれてはいる様子だ。ちょっと面倒くさそうに対応するあたりは飼い主にそっくり。それとも、主人のほうが猫に似たのだろうか?


「シド先生って、時々行き先も告げずにお出かけになるでしょう? どこに行ってらっしゃるのかな、って」

「気になるのはわからんでもないけど、大したことはしてないんじゃない?」


 起き上がって大きな伸びをしたクロは、さっきまで寝転がっていたくせに、一仕事終えたとでもいいたげに鼻を鳴らす。


「大方、警察か管理機構(ギルド)か……そうでなけりゃ、どこぞのカフェにでもしけこんでサボってるんじゃない?」

「本当にあの先生は……」


 頭を抱えてため息をつくローズマリーだが、怒る気力が今ひとつ湧いてこない。実情を見ていないから本当にサボっていると断定できないのもそうだが、シドにはなにを言っても暖簾(のれん)に腕押し、柳に風といった具合で、怒ったところでエネルギーの無駄じゃないかというという年寄りのような境地に達しつつある。とはいえ、彼女はまだれっきとした未成年。怒りをパワーに転化できないほど老け込むにはいささか早すぎるが、彼女の人生には大きな目標がある。本当の怒りとそれに伴う爆発力は然るべき時まで温存しておくのが懸命、という考えもあるから悩みどころだ。


「まあ、ちゃんと仕事をしてくださるなら、どこで何をしてるかなんて私には関係ありませんけどね」

「……とてもそんな顔にゃ見えないぜ、CC?」


 手鏡を覗き込むローズマリーだが、そこに映るのは仏頂面や能面の一歩手前、愛想が少々薄いと称されて久しい顔だ。いつもの見慣れた相貌に、怒りに類する感情がそれほど強く浮かんでいるとは思えない。

 引っ掛けられたと気づいた少女が視線を上げた先では、黒猫がそっぽを向き、吹けない口笛を吹いてごまかしている。彼女の師匠もその使い魔も、時々意地悪な冗談を言っては純朴な乙女を困らせるのだ。


「逆に聞くけどさ、CCはシド君がどこで何をしてると思ってるんだい?」


 脇で座りなおした黒猫の質問に、ローズマリーはしばし考え込む。時々ふらりと外に出ていく師匠(シド)が行き先を告げないのは、その必要がないからか、それとも言えない理由があるのか。


「CC、聞いてる?」


 小さく頷いた少女は、そこからたっぷり三十秒ほど考えた後、静かに口を開く。


「……逢引(あいびき)、かな?」

「逢引!」


 少女の年齢に見合わない、時代がかった言い回しに虚を突かれ、クロはつい吹き出してしまう。

 一方、そんなことで笑われるとは思っていなかったローズマリーは不満げに眉を寄せた。


「CC、いまどき逢引はないだろう!」

「クロちゃん、私は大真面目なんですけど」

「いや、悪い悪い。まさかそんな古風な言葉がでてくるなんて、これっぽっちも思ってなかったからさ。普通にデートって言えばいいじゃないか?」

「それはそうかも知れないけど」

「警察の新人で、万屋ムナカタ(ここ)で仕事を任されている身かもしれないけど、プライベートな場で年頃の娘らしく振る舞ったところで、誰も文句なんか言わないさ」


 ひとしきり面白がったクロは、さて、と居住まいを正す。とはいっても、床に降りて行儀よく座るくらいのもの。撫で肩や猫背は直らない。


「仮にシド君が、君に隠れて秘密の逢瀬(おうせ)に出かけていたとしよう」

「クロちゃんこそずいぶん古い言い回しじゃない」

「ボクはいいんだよ、もう少女って名乗っていい年齢(とし)でもないしね」


 嬉しそうにしっぽを時折ゆらゆらさせ、金色の瞳をいつも以上にきらめかせながら、黒猫は少女に問いかける。


「それじゃCC、君が思うに、シドくんの相手は誰だい?」

「カレンさんとか、ウルスラさんではないか……と」

「お嬢様はわかるけど、ウルスラ嬢はないだろ」


 ローズマリーは顎に手を当てて考え込む。

 少女の頭に浮かぶのは、喧嘩するほど仲がいい、という言葉だ。シドがからかってウルスラがそれに言い返す光景をよく見るが、それは親しい間柄ならではの反応ともとれる。表では一見不仲に見える二人も実は……なんて話もあるではないか。本当に互いを心底嫌い抜いているなら軽口すら叩けまい。

 そんな純朴な少女の意見を、クロは鼻で笑って一蹴する。

 

「二人を長く見てきた立場から言わせてもらえば、あれは本当に反りがあってないとみえるよ……。シド君が養成機関(アカデミー)の訓練生だった頃からあんな感じさ。ウルスラ嬢にしてみれば、シド君は大好きなお嬢様に言い寄る不埒な男の一人なんだろうね」

「じゃあ、シド先生のお相手はもしかしてカレンさん?」

「そっちのほうがまだ可能性は高いと思う」


 じゃあ、と色めき立ったローズマリーだったが、頭を横に振るクロを見て浮かしかけた腰を下ろした。


「シド君がふらりといなくなるのって、たいてい平日の真昼間だろ?」

「そうだね」

「彼は仕事柄、自由になる時間を作りやすいけど、お嬢様やウルスラ嬢はそうじゃない。二人とも管理機構(ギルド)にお勤めの公僕だから、シド君ほどヒマじゃない」


 どうだい? と問いかけるクロだが、ローズマリーは顎に手を当てて考え込んだままだ。理屈は通っているのはわかるけれど、師匠が一体何をしているのか、この目できちんと確かめたいのである。

 そんな少女(おとめ)の心情を見透かしたのか、クロはちょっとした提案を持ちかけた。


「そんなに気になるなら、ついていけばいいじゃないか?」

「一度、お供しますって行ったことはあるよ。でもさっくり断られちゃって」


 わかってないなぁ、とクロは悪い笑みを浮かべる。

 人間だったら「ちっちっちっ……」と芝居がかった口調で人差し指でも振っているところだろうが、あいにく彼女は猫なので、そういう意味での器用さは持ち合わせていない。


「真正面から突っ込んでけばそうなるのも当たり前さ、CC。ついていくならバレずに密かにこっそりと、だ」

「……尾行しろってこと?」


 思わず声をひそめた、遠慮がちのローズマリーとは対照的に、クロは力強く頷いて肯定の意を明確にする。


「さすがにそれはまずいんじゃない? そもそも私、尾行なんてやったことないよ?」


 彼女の本属――警察であれば、もしかしたらそのような訓練もあるのかもしれない。だが、今のローズマリーは万屋ムナカタに出向中の身。魔導士としての訓練こそ続けているが、それ以外の技能に関しては素人同然である。

 その辺の事情も、クロは当然織り込み済みだ。


「心配しなさんな、お嬢さん。ボクがついていって、尾行のイロハのイから丁寧に教えてあげるよ。相当の手練が相手でない限り、人に気取られずに後をつけるなんて朝飯前さ」


 それはあなたが猫だからでは……と疑問を拭えずにいるローズマリーだが、クロがあまりにも自信たっぷりに胸を張るものだから、曖昧に微笑むしかない。


「シドくんに代わって、ボクがちゃんと君を導いてあげよう。大船に乗ったつもりでついてくるといい」

「……信頼していいんだよね?」


 もちろん、とクロはまっすぐに少女を見据える。


「こういうのはね、CC。やってみるってことが重要なんだ。一歩踏み出さなきゃ自分の適性もわからない。経験して初めて見えてくるものだってあるしね」


 最初こそ首を傾げていたローズマリーではあったが、猫らしくない真摯な説明に徐々に(ほだ)されてゆくと、最後には身を乗り出し、大いなる決意を胸に頷いた。


「……クロちゃん、私、やってみるよ。いろいろ教えてね」

「その意気だよ、CC。明日から少しずつ準備していこう。日本(ジパング)では仕事は段取りが八割っていうけど、それはこっち(イスパニア)でも一緒だしね」

「備えあれば憂い無し、とも言うものね」


 小さく拳を握って意気込むローズマリーだったが、やはり根っこは純朴な、年相応の少女である。彼女を見つめるクロの微笑みにどこか裏があるところまでは、結局気づかないままだった。

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