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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第7章 猫とメイドと医療都市
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7.30 答える準備も覚悟もできとる

 会議室での一件から丸一日あけた朝、シド達はエマの屋敷に呼び出されていた。

 ハンディアの民衆からは姫様と(あが)(たてまつ)られているエマだが、意外とこじんまりとした洋館に住んでいる。普通の一軒家より広く大きいのは間違いないが、屋敷という言葉に身構えていると肩透かしを食らう程度の大きさだ。

 客間に通された一行は、エマの準備が遅れているとのことで少し待たされた。


「お二人とクロスケさんには迷惑をかけてしまいましたわね。改めてお詫びしますわ。ごめんなさい……。

 もう少し手加減できればよかったのだけど。少し、状況を難しくしてしまったかしら?」


 三人と一匹を案内したアリーが、客間を辞した直後のこと。カレンは万屋ムナカタの面々に詫びた。

 虎徹が【憑依】しているの間に何が起きていたのか、カレンはほとんど把握していない。事の顛末(てんまつ)については、治療の後にシドが全て話している。

 律儀な彼女はそのことを気にかけているのだろうが、シドにしてみれば、過ぎたことを気にしても詮無い、といったところだ。


「あの時は、ああするしかなかったさ。俺は防御にしか能がないし、今のCCにはちびっ子の相手は荷が重すぎる」


 そうは言ったシドだが、【破砕】魔法の仕込まれたトンファーで氷壁を砕き、圧倒的な【加速】で翻弄して一撃を見舞うことができるローズマリーこそ、本当はエマの天敵ではなかったのかと見込んでいる。

 でも、それは結果論に過ぎない。底知れぬ力を持つエマに対してぶつけるには不確定要素が多すぎたのも、事実だ。


「私ではまだ、届きませんか……」


 ローズマリーの小さなつぶやきは、大人たちには届かない。だが、膝上の黒い毛玉はしっかり声を捉えていたようで、気にするな、とでも言いたげに一声鳴き、そしてくしゃみをする。どうも調子が先程から良くないらしく、鼻をグズグズいわせている。


「なんだ、またぶり返したか?」

「ハンディアにいるとどうもダメみたいだ。シド君たちは平気かい?」


 人間三人が首を傾げるのを見て、これだから人間だから困る、と盛大にため息を付いたクロは、再び盛大にくしゃみをぶっ放す。ちょっとおっさん臭くないかと思うシドだが、それを指摘してヘソを曲げられても困ってしまうので、話の矛先をカレンに向けることにする。


「カレン、傷の具合はどうだ?」

「詳細は何も。私の手当が終わった時は、エマさんの方は手術中のようでしたけれど」

「そっちも重要だけど、あんたの方の調子を聞きたい」

「ああ、それでしたら、大した事はありませんわ。もし万が一のことはあっても、お二人に遅れは取りませんわよ?」


 二人じゃなくて三人だぜ、と不満げな顔で鼻をすすっていたクロだが、廊下を何者かが歩く気配を察知して用心したのか、何も言わずにふてくされている。


「待たせたのう!」


 盛大に開け放たれた扉と、部屋に響く元気な声。予想だにせぬ底抜けに明るい幼女の挨拶に、万屋ムナカタ一同は何事かと目を見張り、クロは驚きに小さく飛び跳ねる。

 彼らが振り向いた先にいるのは、黒衣を肩から羽織った、ハンディアの幼い統治者。例によって自信たっぷりの笑みを浮かべ、腕を組んで仁王立ちしている。


「どうした? 鳩が豆鉄砲食ったような顔しおって?」

「ノックくらいしてくれねーか、心臓に悪い」

「なんじゃ、緊急蘇生くらいお手の物じゃぞ? 死なない限りは生き返してやるが、それじゃ不満か?」


 アリーが同席していない様子のをいいことに、エマは言いたい放題だ。可憐な唇から飛び出してきたブラックにも程があるジョークに、三人とも引きつった笑顔すら浮かべられずにいる。


「まずは非礼をお詫びします」


 真っ先に立ち直ったのは、こういう場に一番慣れているカレン。小さな咳払いの後、居住まいを改めた彼女が口にしたのは、謝罪の言葉だった。

 

「ああ、気にするな。我輩もちと熱くなりすぎたところがあるし、お主らの事情を(かんが)みれば、気持ちはわからないでもない。ほんのちょっとだけだがな」


 エマの意外な反応に、シドは少々面食らう。あれだけの傷を負わされてそれを引きずっている様子がないというのが腑に落ちなかったが、まずは余計な口を挟まずに様子をみることにする。


「お気遣いいたみいります。お怪我の具合はよろしいのですか?」

「ああ、問題ない」


 力強く頷いたエマが、包帯を外して右腕を掲げてみせる。

 カレンが繰り出した一撃は、確実にエマの右腕を斬り飛ばしたはず。だが、天に向けて伸ばされた細腕は、まるで何事もなかったかのように、痕跡すら残さず元の通りについている。握ったり開いたりしている指の動きに、一見して不自然な点はない。


「まだ少し違和感はあるがの」

「義手……ではないですよね?」

「いくらハンディアの医療技術が長けていたとしても、義肢と肉体の境目くらいは残るはずですわ。ましてや、傷を負って三日も経っていませんのよ?」

「新しく義手を用意したところで、こんな短時間に使いこなせるはずねーはずだぜ? まさか、最初から義手だったってことか? でもあの出血はなぁ……」

「お主らの考え、見当違いにも程があって笑えてくるぞ?」


 混乱した様子で推測を口にする面々を小馬鹿にするように、エマは鼻で笑った。


「この右手は間違いなく、その袴の娘に斬られたものじゃ」

「それをどうやって……?」

「ハンディアの医療技術の力、甘く見ないでもらおう。ご覧の通り、傷はもうなんともないぞ。お主らが心配するには及ばん。全力で戦うのはちと荷が重いが、ペンを持つなど造作はない。

 早いところ、本来の目的を果たそうではないか。まずは互いの要望を確認して、落とし所を探って、契約するということだったな?」


 切断されたはずのエマの腕が元通りに癒着(ゆちゃく)した、という事実に疑いの目を向けたままの三人をおちょくるかのように、エマは十八番(おはこ)鷹揚(おうよう)な笑みを浮かべ、懐から取り出した要望書をひらひらさせてみせた。




 契約は、拍子抜けするほどあっさりとまとまった。多少の修正事項こそあったものの、互いが要求をほぼ全面的に飲むこととなったのだ。

 とはいえ、代書屋が書類の清書をする間の二者の表情は対象的だ。ずっと笑顔を浮かべているエマに対し、万屋ムナカタ一同とカレンは出された紅茶に手を付けないまま、一様に険しい顔をしている。特にシドの眉間のシワが深かった。

 彼に苦い顔をさせているのは、エマの要望書に書かれた最後の一文だった。


 シド・ムナカタの飼い猫を契約に加えること。


 猫が契約書に名を連ねるなんてナンセンス、本来なら必要ない一文だ。だが、()()を加えないようならこの件は破談だ、とエマがわがままを言ったのだ。

 この段になって、シドの憶測は確信に変わった。エマは最初から、クロが普通の猫ではないことを見抜いていたのだ。それは取りも直さず、エマがただの魔導士でないことの証左にほかならない。

 厳しい顔で考え込んでいたシドは、カレンとローズマリーにつつかれて、書類にサインをする。最後にクロが肉球で印をつけば、晴れて契約の成立だ。


「契約に応じていただいたこと、感謝いたしますわ、エマ様」

「こっちは一度、あんたの命を獲ろうとした相手だってのに、ずいぶん肝が座ってやがるな」

「統治者たるもの、それくらいの器がなくてどうする? それに坊主、お主の故郷に『雨降って地固まる』という言葉もあるじゃろ?」


 一人で右腕に器用に包帯を巻いたエマは、片目をつむってニヤリと笑う。


「魔法は本来危険な力で、それを行使する魔導士には倫理(モラル)が必要だ。それを理解していない者が多いのは、実に嘆かわしいの」


 ローズマリーの肩が僅かに動くのを、シドは見逃さなかった。

 復讐という目的を抱えて魔導士の世界に足を踏み入れた彼女には、思い当たるフシもあるし、耳も痛い話だろう。


「お主らはまだ、仁義や倫理を重んじている方かと思うが、いかんせんまだ若い。この先どこかで、間違った正義の旗印を振りかざしたお主らが、ハンディアや我輩と再度敵対しないとも限らん。そうなってからでは遅いのじゃ。

 正直、お主らのような魔導士は、こちらとしては敵に回しとうないと思っとる」


 そう言うと、エマは組んでいた腕を解き、座っていた椅子ごとずいっと前に寄る。


「そうなる前に、お主らを仲間に引き込んでおきたい。それが契約に同意した理由じゃ」


 ふむ、とシドは考え込む。

 こちらが心配するほど、自分の考えをあけっぴろげに披露してくれたエマだったが、少々()れてひねくれた大人の彼からしてみると、それが罠なのではないかと疑ってしまう。


「ずいぶん方針を変えてきたじゃないか? ちょっと前までは、ある程度調べがついたら帰ってもらう、って匂いがプンプンしてたぜ?」


 順を追って話をしよう、とエマは紅茶で唇を湿す。


「お主らは追跡者としてこの街に来た。医療は専門外でだいぶ難儀はしておったようじゃがの。だが、偶然を味方につけて、ハンディアで出回っている薬の特殊性に気づき、我輩が抱える事情を深く推測するに至った」

「CCさんに薬を飲んでいただかなければ、あの発見はありませんでしたものね」

「変な副作用が出なくて、正直ホッとしています……」

「正直、ほめられるやり方ではないがな。我輩をだまくらかして処方箋を書かせて、効能も副作用もわからぬ薬を弟子に投与するなぞ、一体何を考えとるんだこの坊主は」


 ずいぶん危ない橋を渡りおって、とエマは悪態をつく。


「ま、吾輩の助言を覚えていたことだけは褒めてやる。メイドの小娘が無事なのは、希釈した薬を経口摂取したからじゃ。他のやり方で投与してたら目も当てられない事になってたかもしれんぞ」

「他のやり方なんて知らねーよ……」

「経口摂取の問題点は、薬の成分が百パーセント利用されないことじゃ。その代わり、副作用も比較的小さい。結果的には一番安全な方法と言えるのう。

 吸入や注射はその逆じゃ。成分が無駄なく体に作用し、効果がすぐにあらわれるが、中毒や強い副作用がリスクとしてつきまとう。違法薬物にハマる連中がよく使う手はこっちじゃな」

「すぐに効果が出るっていうのは、どれくらいの時間なんですか?」

「吸入なら一〇秒、注射はやり方によるが、数十秒から数分ってところじゃの」


 予想以上に短い時間だったか、質問したローズマリーが息を呑む。


「素人ゆえに取った方法が、偶然安全だったというだけじゃ。そもそも、よくわからんものを口にするんじゃない。肝に銘じておくんじゃの」


 反省した様子で揃って頷き、肩を落とす師弟をちらりと一瞥して、エマは話し続ける。


「話をもとに戻すぞ。

 これまでハンディアの秘密を探ろうとしたものは多くいたが、大体はなんの手土産も得られずに帰っていった。あの薬の特殊性に気づき、直談判を申し込んできた人間は、十分優秀な追跡者じゃ。

 ハンディアから追放するのも一つの方法じゃが、それは疑念を深めるだろう――そう判断した吾輩は、お主らの誘いに応じることにした。事と次第によっては生かして帰すまい、と決意を固めてな」


 言葉を包むオブラートはあまりにも薄く、あっさりと溶けて消えていく。殺すつもりでいたとあっさりと告白され、色を失った少女が一瞬体を震わせる。


「ここは医療都市じゃ。普通の病院ほど多くないが、それなりの頻度で死体はでる。二、三体増えたところで始末には困らん。それに我輩はここの最高権力者、ネズミを仕留めたとて誰も気にかけぬ。粛々と始末するだけじゃ。現に、この街の秘密に触れようとした者を、我輩は例外なく葬ってきたからの」


 可愛い顔に似合わぬ危険な思想に、シドは頬を引きつらせる。その横でいつもどおり小さく微笑んでいるように見えるカレンだが、口元が少し強張っているように見えなくもない。


「じゃが、お主らは違った。単に鼻が利くだけじゃなく、強固な盾に鋭い爪を備えておったからの。我輩の攻撃を退けて一本奪ってみせたのだから、大したもんじゃ」


 それはどうかな、とシドは内心嘆息する。

 爪として機能していたカレンはともかく、彼はどうにかしてその場を乗り切ることに四苦八苦していただけのような気がしていたからだ。

 

 いい加減、俺も『盾』に甘んじてるだけじゃダメかな――。


 そんなことを考えていたら、ローズマリーがチラチラ見ているのに気づいた。心配するな、と目配せをしたつもりだが、伝わっているかどうかは定かではない。


「鼻が利くだけだったら、何かしらの形で首を獲る。鋭い爪しか持たぬなら、手土産と偽って土饅頭を渡して終い。そう考えておったし、いままでずっとそのやり方を通してきたが、お主らにそれは通らんかった。

 優れた嗅覚と爪を兼ね備えた連中を、どう処するか。その答えがこいつじゃ」

「お手手つないで仲良くとまでは行かなくても、協力関係は結びましょう、ってことだな」


 シドの言葉に頷いたエマは、全員の署名が入った契約書を指でピンと弾いた。

 カレン達の捜査には協力するかわりに、公表・報告する内容についてエマの検閲を通す、一種の機密保持契約。契約書に記されているのは、ざっくり言えばそういう内容だ。

 敵対するのが愚策とみるや、自分から胸襟を開いて歩み寄る。

 エマの幼い見た目は、被支配層には頼りなさとして映っても不思議ではない。だが、実際は彼女は統治者として、人々の支持を集めている。

 それを実現しているのは、常に自信に満ち溢れた態度に、見かけにまるで似合わぬない、未来(さき)を見据えた柔軟な考え方というのは、もはや疑うまでもない。


「さて、こちらが望んだ条件で契約が成立したから、もうお主らにはお帰り頂いても結構なんだが」


 シド、カレン、ローズマリー、そしてクロ。

 一同の顔を一瞥してニヤリと笑ったエマは、統治者らしく椅子にふんぞり返り、黒衣の裾から覗く細い足を組む。


「我輩の正体と、この街に隠された秘密。お主らが何を聞きたいかくらいお見通しだ、顔に書いてあるからの。

 前置きはこれで仕舞いじゃ。だいたいのことになら、答える準備も覚悟もできとる。さあ、問うがよいぞ」

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