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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第7章 猫とメイドと医療都市
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7.25 あの時みたいに連れ戻してくださいね

 エマの言い放ったとんでもない一言を耳にして、万屋ムナカタ一同とカレンに動揺が走る。


「イエス、マム。心得ております」


 いつもなら主人を諌めるであろう長身のメイドも、このときばかりは命令に忠実な猟犬と化す。懐から取り出した針付きのバイアルをためらいなく自らの首筋に刺すと、初動の遅れたローズマリーに詰めよって腕を振るう。

 だが、黒い壁に阻まれて、彼女の一撃は通らない。

 アリーの不穏な気配に反応したクロが、少女の肩に駆け登って【防壁】を展開したのだ。


「あ、ありがとう、クロちゃん」


 ――敵の本丸だ、ぼーっとしてる暇はないぜ、CC。

 

 鳴き声こそのんびりしているが、クロの表情は硬い。対応が遅れたとはいえ、ローズマリーが虚を突かれたのだから、悠然と構えているわけにはいかないだろう。


「悪いなクロスケ、CC。援護は期待できないと思え」


 クロの目配せに答えるシドの額には冷や汗が滲んでおり、余裕らしいものは感じられない。

 紫色の魔力を纏い、机をふっとばして迫る幼女の手刀をどうにか捌いたところまではよかったのだが、体勢を崩したエマを打ち据えようとしたカレンの一撃は上手くかわされ失敗に終わっている。


「剣を持たぬ騎士(ナイト)が守りを固め、盾なき女王(クイーン)が一撃を見舞う算段か。まるで割れ鍋に綴じ蓋じゃの?」

「適材適所という言葉、覚えておいて損はなくってよ?」


 シドは背後をちらりと伺う。

 手際よく小袖をたすき掛けにし、足元に竹刀袋をうち捨てたカレンの手に携えられたのは、無骨な日本刀。黒光りした鞘、本式の柄巻き、鍔を兼ね備えたそれは、素人目に見ても模造刀(おもちゃ)ではないとわかる代物だ。


「さすがにちっと踏み込みすぎたかも知れねーな?」

「そうかも知れませんわね。できれば事を荒立てずに済ませたかったのですけど」

「一笑に付されて終わりかと思ったが、思った以上に強烈な反応だぜ?」

 

 エマは本気でシドたちを仕留める気らしい。

 その可愛らしい口からは、歌に似た明るい調子の言葉が紡がれる。ド・ゴール語らしく、シドにはその意味を解せない。だが、彼女の体から立ち上る魔力光は、禍々しいという言葉ではとても足りない凶悪さを醸し出している。

 荒事の場において、魔力光を(ほとばし)らせながら詠唱する魔導士は少数派だ。どんな魔法を使われるか悟られるかもしれないし、無駄な魔力を放出しないに越したことはない。そんな詠唱をするのは場馴れしていない素人か、自分の魔法によっぽどの自信がある手練の魔導士。この様子ではおそらく、エマは後者なのだろう。


 このちびっ子、ちっと危険すぎる――


 いくらシドが魔力の【圧縮】の技術に長け、堅い【防壁】を展開できるといっても、油断したり気を抜いたりすればおそらくサックリとやられる。

 彼の背筋は緊張に凍り、心臓が鼓動に逸るが、それが逆に次の一手から迷いを消した。


「クロスケ、全方位、四つだ!」


 咆哮をもって答えたクロが、ローズマリーの肩の上で四肢を踏ん張り、魔法の準備にかかったのをちらりと見ながら、シドも詠唱に入る。


「【氷結】!」

「【圧縮】!」


 二人と一匹、それぞれの魔法が発現したのは、ほぼ同時。

 エマの【氷結】で発現したしたおびただしい量の氷は、壁と床一面を覆うだけでなく、切っ先鋭い氷柱となって、シドたちを刺し貫かんと迫る。

 あわや、と思われたその直後、あたりに響くのは鼓膜を破らんとする耳障りな音。エマの氷柱とシドの魔力【防壁】が激しく衝突し、互いが互いを削りあう

 

「CC、無事かっ?」

「私もクロちゃんも、なんともありません。先生の方こそ大丈夫ですか? こちらからは何も見えないものですから……」


 しょうがないだろ、とでもいいたげに、力の抜けたクロの鳴き声が響く。

 彼女が展開した、黒色球状の【防壁】はしっかりそのお役目を果たしている様子だ。その中を窺い知ることはできないが、黒猫とメイド少女が揃って口を開いているなら、特に心配もいるまい。


「……見えないほうが幸せ、ということもありますわよ、CCさん?」

「同感だ。自分の体質を今日ほど呪ったこともないぜ。二人ともちょっとだけ、そこで大人しくしててくれ。状況は思った以上に厄介だ」


 一方、シドとカレンは揃って額に冷や汗を浮かべている。

 彼の魔力波長は可視光の外にある。故に、【防壁】を挟んでなお、鋭く冷たい殺気を湛えた切っ先に狙われているのが丸見えだ。精神衛生上、あまりよろしい()ではない。


「……ちっくしょう」


 【氷結】を発現させた当事者――エマは苦々しく歯噛みする。飽和攻撃で仕留める腹づもりだったようだが、アテが外れて苛立っているのが一目瞭然だ。


「ムナカタ君、どれくらい持ちそうですの?」

「向こうがこれ以上の魔法を持ってるか、バカみたいな魔力容量で押し切らないかぎりは、ブチ抜かれることはないと思う。ただ、こっちも第四階梯(フォース)まで使っちまってるからな。これ以上の【圧縮】ってなると、すぐには無理だぜ」


 そう、とカレンが小さくつぶやく。その声の冷たさに、シドは思わず息を呑んだ。


「……やっぱり、やらざるを得ねーか」

「このまま睨み合っていて仕方ありませんし、エマ様がこれ以上の隠し玉を出してくるとも限りません。攻めに転じましょう。」


 躊躇(ちゅうちょ)して言葉に詰まるシドの背後から、カレンが一歩前に歩み出る。鞘から解き放たれた名刀が放つ(きら)めき、一触即発の鉄火場に似合わない小袖と袴が相まって、彼女から危うさと表裏一体の華やかさが立ち上る。


「これだけの量の氷を瞬時に発現させる。それが何を意味するか、あなたもわかっているのでしょう?」


 空気中に含まれている水分は、どれほど多くてもせいぜい5パーセント程度。会議室がそれなりに広くても氷柱を作るほどの水分量は稼げないし、仮に華奢な幼女(エマ)の体から水を全部絞り出したとしても飽和攻撃には到底足りない。

 ならば、魔力を大量の水に【変換】すると同時に、その熱を瞬時に奪って【凍結】させたとしか考えられない。それも、鋭い切っ先と全方位からの飽和攻撃というオマケ付きで、だ。

 それだけ複雑な魔法をあの速度で使ってみせた彼女の魔法の技量は、シドやカレンよりもおそらく上。半端な覚悟では、まず間違いなくここ(ハンディア)から生きて帰れない。

 さらに、シド達はこの場を()()()乗り切る必要がある。ハンディアは医療都市だが、今の彼らはその長と従者に刃を向けようとしている。仮に傷を追ってしまったとしても、満足な治療を受けられるとは到底思えない。

 カレンはもう、力でこの場を乗り切る覚悟を決めている。それなら、シドもそれに応えるしかないだろう。


「……任せるぜ、カレン」

「ええ、よろしくてよ」


 さらに一歩前に進み出たところで、カレンはふと足を止める。


「ねえ、ムナカタ君」

「ん?」

「もし、()()()()()()()()()ら――あの時みたいに()()()()()くださいね?」


 淋しそうな笑顔でカレンが振り向いたのは、ほんの一瞬のこと。

 シドが何か言い返そうとしたときには、彼女は既に詠唱を始めている。

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