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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第7章 猫とメイドと医療都市
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7.4 話くらいは聞いてやろう

「皆の者、何事じゃ!」


 獲物を手にしたハンディアの住民たちに囲まれ、ジリジリと距離を詰められるのを目の当たりにし、こりゃ全員ぶっ飛ばすしかねーか、とシドが拳を固めかけた、ちょうどその時である。

 場に突如、声が響き渡った。年寄りめいた口調に似合わない、妙に幼い声質。でも、遠くまでよく通る声だ。

 住民たちの誰もが雷に打たれたかのように一斉に振り向き、人垣がぱっと割れる。その向こうからやってくるのは、鬼か、それとも蛇か。

 悠々と歩いてくる影を、シド一行は固唾をのんで見つめていた。


 一人は長身のメイド。

 その面持ちは冷静(クール)を通り越して冷徹(コールド)の領域。ローズマリーよりも、眼差しの温度はずっと低い。

 一見する限り、武器も(たずさ)えず構えもとらず、ただ歩み寄ってくるだけだ。だが、しっかりとした足取りと整った呼吸をみれば、彼女が武に通じた人間であることはすぐにわかる。


 そんなメイドを従えて、堂々たる足取りでやってくるのは、黒衣の少女。

 いや、少女と言うには、顔立ちも体つきもいささか幼すぎる。

 年の頃はローズマリーの三、四歳下といったところだろうか? わずかにウェーブのかかったボブカットの金髪に、紫がかった黒のカチューシャを差し、深紅の瞳でまっすぐにシド達を見つめている。肌の色の白さと相まったその造形の美しさは、まるで生きたアンティーク人形だ。

 成長期前と思しき細い体躯(たいく)にはいささか大きすぎる黒衣に腕を通さずに肩から羽織っているその風体は、堂々とした立ち振舞と相まってどこぞの映画のマフィアの首領(ドン)を思い起こさせる風格を漂わせる。一方で、黒衣から覗く腕、黒のショートパンツから飛び出した足は信じられないくらい細く、白い。


「何事じゃ? 揉め事はいかんと、いつも言っておるではないか」


 腰に手を当て、薄い胸を張った幼女から飛び出すのは、子供らしさとはまるで無縁の、冗談のように年寄りめいた諫言(かんげん)。可憐で柔らかそうな唇から紡ぎ出されるものとは到底思えない。


「年寄り口調の幼女が、偉そうになんか言ってやがる……」

「子供扱いするでないわ!」


 呆れたようなシドの呟きに、間髪入れずに強い言葉が飛ぶ。

 どう見ても子供(ジャリ)じゃねーか、と言いたいところをぐっとこらえたシドは、後ろに控える仲間共々、目の前のちびっ子を観察する。子供扱いされてご立腹の様子の幼女だが、その剣幕は甘いワガママの類いではなく、長い歴史の積み重ねすら感じさせる。

 シド一行の注意を引いたのはもう一つ、周囲の者たちの態度の変化だ。自警団を始めとした皆が、一様に恐れと尊敬の念を幼女に向けている。理由は違えど、場にいる人間がなにかしら戸惑っているという、なんとも不思議な光景が繰り広げられていた。

 そんな状況にしびれを切らしたのか、大人二人の背を守っていたローズマリーが、意を決したように一歩前に歩み出た。


「どうした、CC?」

「お忘れかもしれませんが、私はもともと孤児院育ちです。子供の相手は決して得意とはいえませんけれど、それなりに経験はあるつもりです。やるだけやってみます」

 

 得体の知れない幼女は自分が相手をする――と決めたのか、その背中から悲壮感が陽炎のごとく立ち上っているかのように見える。薄く、少々不器用に微笑みを浮かべたローズマリーは、幼女に歩み寄り、膝を折って目線を落とした。


「ど、どこから来たのかな? メイドのお姉さんと一緒なんだ? お父さんかお母さんは一緒じゃないのかな?」

「だから、子供扱いするなと言うておろうが」

 

 少女が幼女にピシャリとなで斬りにされる、というのは実に奇妙な光景だ。いたたまれなくなったシドが伸ばした手は、当のローズマリーにやんわりと遮られて、居場所もなく宙に浮いたままとなる。

 一度は肩を落としたローズマリーだが、どうにか立て直して別の質問を投げ返す。


「お姉さんたち、ここの代表の方に用があって来たんだけど、どこにいるか知らないかな?」

「我輩を子供扱いするような輩に教えることなどないわ……と言いたいところじゃがな」


 幼女は細い腕を組み、堂々たる仁王立ちでニタリと笑う。

 自信たっぷりに、そして見せつけるように。彼我の絶対的な力の差を見せつけて獲物の前に対峙するサバンナの肉食獣だって、こんな表情(カオ)はするまい。

 

「その度胸に免じて教えてやる。

 我輩こそがこのハンディア自治区代表、エマニュエル・ジュヴァキャトルであるぞ!」


 ハンディアの王の名乗りが響いた直後、民衆たちは虚空に拳を突き上げ、一斉に(とき)の声を上げた。

 あたりに(とどろ)大音声(だいおんじょう)に、シド、ローズマリー、カレンは困惑の色をただただ深めるばかり。クロに至っては驚き飛び跳ねる始末だ。

 どういうことだ、とシドが振り返っても、カレンは答えを返せずに首を横に振るばかり。この秘密の街の代表が眼の前の幼女であると、にわかには信じがたいのだろう。


「エマ様! エマ様ぁぁ!!」

「姫様!! 姫様ああああああ!!!!!」


 鳴り止まない歓声の輪。

 その中心で不敵に笑う幼女が小さく手を上げると、声が嘘のようにすっと止み、不気味と言ってもいい静寂があたりを満たす。


「で、この者たちがどうかしたのか?」

「エマ様にお目通り願いたいと抜かしやがるので」

「刺し違えてでも止めようかと思いやしたが、野郎、妙な技を使いやがるもんで。見えねぇ壁でもあるみたいに、こっちの攻撃が通らないんす」


 楽しそうに笑うエマだが、それを年相応と呼ぶにはあまりにも底が見えなさすぎる。シドの背に走るのは安堵ではなく、緊張だ。


「心配するな、皆の者。後は我輩が引き取ろう。各々(おのおの)矛を収め、持ち場に戻るが良いぞ!」


 緊張したままのシドたちを尻目に、群衆は幼女の言葉を素直に聞き入れ、まるで潮が引くかのように去ってゆく。残ったのは万屋ムナカタ一行とカレン、エマと名乗る幼女とそのお付きのメイド、計五人と一匹だ。

 ひとしきり人払いが済むと、幼女は偉そうな態度を崩すことなく、シドたちに質問を投げかける。


「我輩に用があると言ったな。そもそもお主らは何者じゃ?」

「魔導士管理機構(ギルド)の者です。事件の調査で参上しました」

「……まさか袴姿の娘がゴロツキとメイドと黒猫を従えて来るとは思わなんだぞ」


 散々な言われように、シドの目つきが一層悪くなる。彼はどう見てもメイドや黒猫ではないし、そもそも袴姿でもない。与えられる役割は自動的にゴロツキということになる。

 尊大で年寄りめいた口調の割に、言ってることはそのへんのガキと変わらねーな、と不満をこぼしたくなるシドだが、これ以上話をこじらせるのも面倒だ。この場のやり取りの大筋はカレンに任せるのが正解だと黙るかわりに、思いっきりエマを睨んでやる。もっとも、当の幼女は彼の視線などどこ吹く風とばかりに、髪を軽くかきあげている。


「のう、袴の娘。名は何と?」

「カレン・ガーファンクルと申します」

「ほう、お主、ガーファンクル家の娘か?」

「ご存知なのですか、エマ様?」


 長身メイドの問いかけに、「そりゃ有名じゃからな」と返す幼女の物言いは、どこまでも偉そうだ。


「ついでじゃ、他の者も名ぐらいは聞いておいてやろう。ほれ、まずはそこのメイド」

「ローズマリー・CCです」

「ほい、そっちの目付きの悪いの」

「……シド・ムナカタ」


 人にものを訊く態度ってなんだろう、と半分あきらめの境地に立っているだけに、シドの返事も自然とぶっきらぼうなものになる。

 だが、エマはそれを(とが)めることなく、彼の顔をじっと見つめ、小首を傾げて考え込んでいる。態度こそ尊大で鼻持ちならないが、顔だけ見ればただの可愛らしい幼女、とても一つの街の代表を務めているようには見えない。

 たっぷり数十秒考え込んだ後、エマはため息とともに首を振る。


「……我輩の勘違いじゃ、きっと他人の空似じゃろ。まじまじと見てすまなんだな」


 人の顔をジロジロ見ておいてそれかい、という皮肉をシドが飲み込んだときには、エマの興味の対象は足元に陣取る黒猫に移っている。


「で、その猫は誰の飼い猫じゃ? ずいぶん毛並みのいい猫じゃのう? 怯えんでもいいぞ、こっちゃこい」


 先程の偉そうな態度は何処へやら、しゃがみこんで膝をついたエマは、相好を崩してクロに向かって手招きした。(はた)から見れば、幼女が猫に呼びかけるほのぼのとした絵面のはずだが、どうも様子がおかしい。

 シドの知る限り、クロは割と社交的な猫である。

 初対面の人間に無防備に寄っていくことはさすがにないが、敵意を剥き出しにしないくらいの良識は備わっている。客商売の看板猫という自覚があるのか否かは定かでないが、どんな相手でも多少の愛想を振りまくくらいはやってのける。飼い主の方がずっと人嫌いで、ぶっきらぼうで、無愛想だ。

 ところが、今のクロの振る舞いは敵を前にした時と同じだ。毛を逆立てて警戒したまま、シドの足元から一歩も離れようとはしない。


「やれやれ、懐いてもらうまでには、ずいぶん時間がかかりそうじゃの」


 エマは懐柔を試みていたようだったが、まったく(なび)く様子のないクロをみて諦めたのか、すっと立ち上がって膝の汚れを払った。


「本質を見通す感性の持ち主か、興味深いの。

 なぁ、坊主。お主、ずいぶん優秀な相棒(・・)を飼っておるの?」


 今度は坊主呼ばわりかよ、とふてくされたシドだったが、「相棒」という言葉を聞いた途端、表情を凍りつかせた。

 使い魔と見破られたかと警戒するが、当のエマはクスクス微笑うばかり。先とは一転して透明感に満ちた笑顔だが、その底に何が横たわっているのか、まったく予想がつかない。

 シドたちの顔から滲み出るのは、困惑、警戒、そして不信といった負の感情。それを感じ取ったのか、幼女はことさら明るく振る舞う。


「そんなに警戒せんでもいい。別にお主らをとって喰うわけでもないからの。ちょっとからかっただけじゃ、気にせんでくれ。

 遠路はるばるわざわざ来るくらいじゃ、よほど重要な案件とみたぞ? 我輩がどの程度力になれるかはわからんが、話くらいは聞いてやろう。ついてこい」


 誰もが警戒を解くであろう、毒気なんて言葉とはまるで無縁な幼女の振る舞いではあるが、謎のプレッシャーを感じた側としては、どんな甘言もにわかに信じ難いというのが本音である。

 カレンの意見を求めようと振り返ったシドだが、彼女の顔を見て、余計なことは聞かないことに決めた。彼女も予想外の『歓迎』に戸惑っている様子だが、一度決めた覚悟を捻じ曲げる気は、どうもないようだ。


 虎穴に入らずんば、虎子を得ず。

 ムナカタ君、CCさん、クロスケさん、行きますよ――。


 口元に微笑みを、瞳には強い意志を宿したカレンとともに、シド、ローズマリー、クロは、黒衣の(すそ)をたなびかせて先を歩く小さな統治者の後を追った。

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