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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第7章 猫とメイドと医療都市
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7.2 頼りにしていますよ

「『魔法使いもどき』事件の確信に迫るような研究をそこでやってる、って考えてるのか?」


 カレンの微笑みに困惑の色が混じる。まだ疑惑の段階で、確信めいたものまではないのだろう。


「ハンディアでどのような研究が行われているかを知る術は、あまり多くはありません。そもそも、彼らが全ての研究成果を公開していない可能性もありますしね」

「いっそのこと直接話を聞いてしまえばいい、ということですか?」

「そのとおりですわ、CCさん。

 事と次第によっては、今回の出張が完全に的外れになる可能性だってありえることは重々承知です。ですが、わからない分野の資料をこねくり回すよりは、おそらく事態を早く動かせるでしょう」

「そんなバクチみたいな話のためだけに、俺たちを駆り出したってわけでもねーだろ、カレン」

 

 あら何のことかしら、とすまし顔のカレンを一瞥(いちべつ)したシドは、眼の前のトラックを追い抜こうと車線変更する。


「研究者とのコネクションを作っておけば、後々役に立つかもしれない。そういう意図もあるんじゃねーのか?」

「……あなたには、やはりわかってしまいますのね。

 人体の仕組みと構造を知らずして、『魔法使いもどき』の正体には迫れませんわ。だとしたら、魔導士(こちら)の陣営に医療の専門家を引き込んでおくのは、決して損にはならないと思いますの」

「『魔法使いもどき』の正体がわかれば万々歳。最低限、医療関係者との協力関係を結ぶ。そういうことですね」


 出張の目的と、達成すべき目標の確認。

 仕事をする上で重要な、一同の認識のすり合わせ。それを済ませると、シドは小首をかしげてつぶやいた。


「しかし、医療の研究って、一体どんなことやるんだろうな? やばい薬とか使って人体実験とかしてねーといいけどな」


 場を和ませる冗談を言ったつもりのシドだったが、バックミラー越しに見えるカレンの面持ちは、思わず不安になってしまう程度には険しい。いつもの微笑みもどこへやら、である


「……黙り込んでないでなにか言ってくれよカレン、こえーよ」

「ハンディアの情報は、限られたものしかありませんの。万が一、ムナカタ君が言うところの『やばい』医療行為や研究活動が行われていて、私たちがそれに触れたとしたら……」

「生きて返してはもらえないかもしれない、ってことかい?」

「可視領域外の魔力波長を持つ魔導士に、その使い魔。常識を超えた【加速】魔法への適性を持つ少女。研究対象として、彼らが興味を持っても不思議じゃありませんわね?」


 淑女の不穏な発現に、ローズマリーとクロは思わず顔を見合わせる。シドも一見するといつもどおりの間の抜けた表情だが、ステアリングを握る手つきに余計な力がこもっている。


「向こうも協力的な態度を見せてくれてはいますが、不用意な行動は慎んだほうが良いでしょう。どこで誰が監視しているかもわかりません。特にローズマリーさんは単独行動を慎んでください。

 あと、ハンディアで流通している食べ物や飲み物は極力口にしないように。念の為、宿も少し離れたところにとっています」

「ずいぶん徹底したことで」

「存在そのものを秘匿されている都市です。内部で事件に巻き込まれても、それが外部に伝わることはまずないと思って動いたほうが懸命ですわ」


 口調こそ穏やかだが、言っている内容はあまりにも物騒すぎるものだから、万屋ムナカタの師弟コンビは思わず背筋を伸ばしてしまう。クロは観念したように丸まったままだが、しっぽをひっきりなしにパタパタ動かしているあたり、それなりに動揺しているようだ。


「肩の力をお抜きなさいな、お二人とも。それでは勝てる戦いも勝てませんわよ?」

「誰のせいだと思ってんだよ……」


 悪態をつくシドを和ませようと、春の陽気のような微笑を取り戻したカレンがことさら明るく振る舞う。


「重要なのはもう一つ。これも噂の域を出ていませんが、魔法使いを専門に扱う医療機関があるとのことですわ」

「すまん、それのどこがすごいか、さっぱりわからねーんだが?」


 魔導士といえども、怪我や病気と無縁ではいられない。荒事を生業としていればなおさらだ。

 そういうときに担ぎ込まれるのは、どこにでもある普通の病院。魔法使い専門の病院など、シドもこれまで聞いたことがないし、一体何が違うのか想像がつかなかった。


「正確にはリハビリテーション施設、というほうが適切かもしれません。彼らが治療の対象にするのは『魔法を使えなくなった魔導士』ですわ。

 そのような方々のための訓練施設、治療施設があるそうです。中で何が行われているのか、そもそもそれが事実なのかは、行ってみないことにはわかりませんけどね」


 その言葉を聞いて、何かを思いついたようにローズマリーが口を開く。


「その技術を応用すれば、魔法を使えない人間を、魔法使いに仕立て上げることだってできるかもしれない、ってことですか?」

「でも、失った魔法を取り戻すのは容易な作業じゃないぜ? だいたい……」

「魔力生成器官も、魔導回路も、魔力変換機構も結局は人体の一器官にに過ぎません。使われなければその機能は衰退する一途だということは、養成機関(アカデミー)で学んだものなら誰だって知っているはずです。

 魔法を使わなくなり、器官が退化した元・魔法使い。もともと魔法を使えない人間。その二者に、はたしてどれほどの差があるでしょうか? 外科的手法でもなんでも、元・魔法使いに魔法を取り戻させる技術が存在するのなら、それを魔法使いでない人々に応用できる可能性は少なからずあると思っていますの」


 バックミラーの中でうなずくカレンの眼差しは穏やかで、かつ力強い。こうと決めたら、どんなに細い糸でもすがりつき、死に物狂いでそこにしがみつこうとする強さが、このお嬢様の本質だ。


「せっかく出向くわけですから、『魔法使いもどき』事件の解決になる切っ掛けを掴んで帰らないといけませんね、先生」

「ま、雇われの俺たちは、カレンに従うまでだけどね」

「ムナカタ君、CCさん、頼りにしていますよ」


 助手席で小さく拳を固めてやる気になっているローズマリー、その膝の上で狸寝入りのクロ。ルームミラーから感じるのは、期待に満ちたカレンの熱視線だ。

 とはいえ、この中のメンバーには誰ひとりとして、医学や解剖学に明るいものがいない、という現実がある。素人連中が乗り込んで、果たして有益な情報を探して帰ってこれるか、正直なところシドは自身が持てないでいた。

 成り行き上仕方ないとは言え、この案件本当に引き受けて大丈夫だったかなとちょっと心配になりながら、シドは山道を超えるべく、強くアクセルを踏み込んだ。

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