6.4 俺が守ってやる
「今回あなたを呼び出したのは、私がイスパニアに戻された理由と無関係ではないのです」
「『魔法使いもどき』の捜査に協力してくれって、警察に泣きつかれたか?」
「ムナカタ君流に言えば、そうなりますわね。王都で起きた事件については、お二人が解決に尽力なさった、とヴァルタン警部からも伺っています」
「そりゃどーも」
「恐縮です」
「ボクもいたんだけどなぁ。二人と一匹、だろ?」
どこか投げやりなシドと、少し小さくなっているローズマリーに、鳴き声とともに不満をぶつけるクロ。
まるでバラバラな三人の対応だが、カレンはびっくりするくらい笑顔を崩さない。シドにしてみれば、それが逆に怖いのだが。
「事件が起きているのは王都だけではなくて、ディルダムでもノレクラでも、同じような事件が起きてるそうですわ」
「逮捕された犯人が勾留中に死亡して、司法解剖しても魔導回路が見つからねーってところまで一緒なのか?」
そのとおりです、とカレンは頷く。
「勾留中に争った形跡もなければ、司法解剖の時に毒物の類が検出されるわけではないし、魔導回路も見つからない。
一連の王都で散発的に発生しただけならともかく、国内の主要都市で、しかも同時多発的に発生しているというのが、警察と管理機構共通の懸念事項ですの」
「『魔法使いもどき』の事件は一過性のものではないと?」
「そういうことですわ、CCさん。
魔導回路を持たない者――『魔法使いもどき』が、現に魔法を使って事件を起こしている。彼らの裏には糸を引く者が存在していて、それは相当特殊で腕の立つ魔法使いの可能性が高いというのが、管理機構の見立てです」
つまるところ、警察に捜査協力を依頼された管理機構は、事件の背後に潜む手練の魔法使いにぶつけるに相応しい戦力として、カレンを国外から呼び戻したのだろう。
彼女が帰国した理由はわかった。だが、シドに声をかけてきた理由は、本人の口から、きちんと聞いておかなければなるまい。
「俺にわざわざ声をかける理由は? 俺より優秀な魔導士なんて、管理機構にゃ腐るほどいるだろうに。それに、少数精鋭でチームを組んで、できるだけ外に情報を漏らしたくないってのに、外部の人間を入れるってのがどうも腑に落ちねーんだよ」
まるでわかってないのね、とでも言いたげに、カレンは目を伏せて首を振る。
「管理機構の魔導士が優秀というのは、あなたのおっしゃる通りです。でも、あなたも優秀と呼ぶにふさわしい魔導士だと思ってますわ」
「見え透いたお世辞はいらねーよ。ほら、そこのお嬢さんも呆れてるぜ」
シドの普段の様子を知るローズマリーは、知らず知らずのうちに疑いの目線を向けていたことを指摘され、慌ててそっぽを向いて空咳をつく。
「お世辞なんかじゃありませんわ。もし私が駆け出しの魔導士だったなら、師匠には迷わず彼を選びます」
「信じられない、って顔しちゃいくらなんでもシド君がかわいそうだぜ、CC?」
「そ、そんなことないよ、クロちゃん」
クロが意地悪な笑顔で茶々を入れるので、少女は慌てて否定する。当の師匠も自覚はあるだけに、そのやりとりをみても反論しようがない。
「CCさん、管理機構の魔導士と、ムナカタ君はどちらも優秀ですが、決定的な違いがあります。さて、それは何でしょう?」
ローズマリーが落ち着いたところで、カレンは穏やかに問いかける。少女はしばらく首をひねったが、どうも上手く考えがまとまらないらしい。おおかた、彼の生活態度が邪魔をするのだろう。
一分ほど考え込んでいる様子を見届けて、カレンは「時間切れですわね」と優しく、そして残酷に打ち切りを告げる。
「管理機構の皆さんは、どんな魔法でも平均的に使いこなします。養成機関のテキストに載ってるものなら、ほぼ全部ですわね」
「それは、確かに優秀ですね……。私の周りにもそこまでこなせる魔法使いは、ほとんどいなかった気がします」
「ですが、あらゆる魔法を高水準に使いこなせる魔導士は、決して多くないというのも実情ですわ。言い方は悪いですけれど、器用貧乏という見方もできます。
それに対して、ムナカタ君は、使える魔法が極端に少ない」
「自分、不器用ですから……」
多種多様な魔法を使いこなす、万能無敵の魔法使い。空を飛び、悪を討ち、力なき人々を救う。
シドにもかつては、そんな存在に憧れた時期があった。でも、なれなかった。生まれ持った素質が、彼を憧れのヒーローにすることを許してくれなかったのだ。
ならば、できることだけを、徹底的に突き詰めて尖らせるしかない。そうやってここまでやってきたのだ。きっと、これからもそうだろう。
昔のことをぼんやり思い出していたその脇で、ローズマリーがなにか思いついたようにポンと手を打ったものだから、シドの意識も強制的に現実に引っ張り戻される。
「でも、【防壁】を使わせれば、シド先生の右に出る者がいない」
「そういうことです。私も仕事で色々な魔導士に出会いましたけど、彼ほど優秀な【防壁】の使い手はみたことありませんわ。
CCさん、私たちが戦うであろう相手は、おそらく一芸に長けた魔導士です。そういう相手の場合、平均的に優秀な魔導士を並べても勝てないかもしれません。火力か防御力が中途半端で、最終的には押し負けてしまう公算が高い」
「一点突破ってことかい? ずいぶん思い切った采配をするもんだね、お嬢様」
「賭け事の腕には覚えがありますの。特に人生を賭ける類のものは、ね。
CCさん、一芸に突き抜けているあなたの先生は、まさに切り札足り得る魔導士なのですよ」
クロの揶揄に答えるカレンの口調は至って真剣、シドも褒められてまんざらでない顔をしている。
シドが鼻の下を伸ばしているように見えてちょっと気に食わなかったのか、ローズマリーの眉が寄る。その変化はごく僅かで、他の面子が気付く様子はない。
「まあ、高く評価してくれるのは嬉しいけど、俺も慈善事業で何でも屋をやってるわけじゃないからな。そのへんはご理解いただけると助かるぜ」
シドの金銭感覚もすでにカレンの計算には織り込み済みらしく、「当然ですわ」と頷く。
「具体的な金額を今すぐお示しするわけには行きませんけど、もちろん、相応の報酬は用意しますわ」
「おう、そいつは話が早いな。さすがカレンだ」
「……先生、変わり身早すぎませんか?」
相応の報酬という言葉にあからさまに態度を変えたシドを見て、現金な人ってこういう感じの人なのね、とやや呆れた様子のローズマリーである。その視線に気づいたのか、彼は少々慌てた様子で場を取り繕った。
「まあ、正式な返事はちゃんと打ち合わせをしてからだ。昼行灯の何でも屋とは言え、一応都合ってのはあるからな」
「警部には、もう話は通してありますわよ?」
「それ以外の都合ってもんもあるんだよ、察してくれよお嬢様」
他に何が必要なのかしら、と小首をかしげるカレン。お嬢様育ちが影響しているのかどうかはわからないが、これと決めたら一直線で、周りのことがよく見えなくなるフシがあるのが、彼女の数少ない欠点だ。
「金銭面も重要だが、俺ももう、それだけで仕事を決められる立場じゃねーんだ」
「なにか条件があるのかしら?」
「そこのお嬢ちゃんと黒猫を連れてく。それが飲めなけりゃこの話はなしだ」
「警部からも、CCさんは可能な限り連れて行くように仰せつかってますわ。ただ、危険な任務になるかもしれませんわよ? それでも、とおっしゃるのですか?」
「連れて行く」
カレンの言葉に少女の表情が曇りかけるが、シドはそれを吹き飛ばすように力強く言い放った。
ローズマリーは万屋ムナカタに出向している立場である。万屋の主であるシドの一存によっては、貴重な機会が永遠に失われてしまうことだってありうるが、それを逃すほどシドもバカではない。優秀な魔導士と交流し、難敵と相まみえる実戦の機会が多くないことくらい百も承知だ。
「その条件を飲めないんだったら、この話はご破算だ。
考えても見ろよ、カレン。俺もあんたも、立場は違えど多少の無茶を経験して今までやってきたんだ。それがなかったら、お互いにここまで来れなかったのも事実だろ?
いろんな魔導士と関わった経験は、それだけで十分この娘の糧になる。話に聞くだけじゃわからないものだってあるはずだろ?」
「万が一、ということだってありえますわよ?」
「何を心配してやがる」
普段はあまり見せることのない、自信たっぷりな態度と共に、シドは言い切った。
「どんな魔法が相手でも、俺が守ってやる。CCも、カレンも、まとめてだ」
「ボクは守ってくれないのかい?」
「あんたは使い魔なんだから俺を手伝ってくれよ」
シドが真剣な表情をしていたのは、ほんの一瞬のこと。ちょっと放っておいたら猫と言い合いをする始末だ。
二人と一匹の滑稽なやり取りにしばし見入っていたカレンだったが、ふう、と息をついて微笑んだ。
「……あなたの故郷で言う、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ってところですね。
ムナカタ君のお考えはわかりました。CCさんも、それで構いませんね?」
「望むところです」
ローズマリーの眼差しはクールだが、心の奥底の熱量を隠しきれていない。その熱さを読み取ったカレンは小さくなにかつぶやいたが、それが声らしい声として結実することはない。
「ただ、CCさんが最低限の実力を備えているかどうかは、きちんと把握しておきたいですわ」
「それは俺が保証するぜ」
「あら、話に聞くだけじゃわからないものだってあるんでしょう?」
自分の言葉を見事に突き返され、シドは一瞬何も言えなくなる。その間に、カレンは小袖をくるくるとたすき掛けにし、テキパキと準備を整える。
「CCさんもどうやらやる気のようですし」
シドが振り向いた先では、ローズマリーは白手袋をすでに懐に収めており、背中に差したトンファーに手を伸ばそうとしている。
「少年漫画の主人公じゃあるまいし、何で俺の回りには血の気の多い女しかいねーんだ……?」
盛り上がる女性陣に置き去りにされるシドは小さく毒づくだけで、カレンがウルスラを呼び出し、指示を出すのをただ見ているしかない。
養成機関の演習場の確保を申し付けられたウルスラは、シドの方をこれでもかとばかりに睨みつけてくる。おそらく、ローズマリーが初めて万屋ムナカタに来た時に、腹に一撃食らわして気絶させたときのことを思い出しているのだろう。その時の事情を知っているクロは笑いを噛み殺している。ローズマリーも冷静な表情を保とうと懸命なようだが、肩は小刻みに震えている。
「……提案したのは俺じゃねーぞ、おたくのお嬢様だ。文句はそっちに言ってくれよ」
勘弁してくれよ、とばかりに情けない声で反論するシドを見て、万屋ムナカタの女性陣はこらえきれずに吹き出してしまった。その様子に、ウルスラの眉は一層釣り上がる。
「あの、これはどういうことかしら? どなたか説明してくださると嬉しいのですけど……?」
その輪の外では、事情をよく知らないお嬢様が、三人と一匹について行けずに小首を傾げていた。




