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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第6章 猫とメイドと淑女の帰還
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6.3 そうやって誠実に接してあげればいいのに

 万屋ムナカタの面々の反応は見事に分かれた。

 クロはちらりとシドの方を見る。彼女は使い魔なので、本来は主人の意向に従うのが当然、と判断を委ねたのだろう。その目は雄弁に「君に任せるよ」と語っている。

 シドに眼差しを向けるのはローズマリーも同様、ただしそれは戸惑いと疑念に満ちたものだ。カレンの言葉の真意を計りかねているのだろう。


 ――面倒な事態を持ち込んでくれやがって。


 万屋ムナカタの女性陣、その視線を一身に受けて、シドはため息をつく。

 クロがただの猫ではなく、使い魔であるというのはローズマリーもすでに承知のはず。現に、クロの【防壁】魔法に守られた経験だってあるのだから。

 だが、それ以外の魔法を使ったり、会話ができるという話は、まだしていない。それらは普通の使い魔の域を超えた能力で、シドとクロの切り札だ。出会ったばかりの人間に手の内を全て明かすほど、二人はお間抜けではない。

 でもなぁ、とシドは考え直す。

 このままごまかし続けるのと、正直にしゃべるのでは、どちらが今後のためになるのか?

 石油公社ビルで逃走犯を捉えたあの日、クロは確かに言っていた。「喋っちゃった」、と。

 今のところ、あの夜のことについて、ローズマリーから深く追求されてはいない。だが、その件について彼女の中で遠慮があったり、何かしらの心の(おり)が残っているとしたら、それはいささか不憫なようにも思えるのだ。黒猫が話せて、おしゃべりの相手になることくらいは、もう解禁してもいいのかもしれない。

 それに――男の彼には話せなくても、女性(猫だが)になら話せることだって、今後いくらでも出てくるだろう。いくら大人ぶっていても、ローズマリーは多感で不安定なお年頃。仕事柄そして立場上、あまり友達を作る機会も作れない。自分ですべて抱え込まずに、腹を割って話せる相手も必要なのではないか?

 しばらく考え込んだ後、大きく頷いたシドを見た黒猫は、やれやれとばかりに重いため息をつき、カレンを見上げて言い放った。


「生まれた頃から猫なんだ、今さらそれを脱げったって無理な話だよ、お嬢様? それに、猫かぶってるのはお互い様じゃないかい?」

「あら、私はいつだって本心でぶつかってますわよ?」

「だったらなおさらタチが悪いや」


 クロとカレンのやりとりを見て、ローズマリーは呆然と立ち尽くしている。困惑の表情が強まって言葉を失っている様子を見る限り、正直に話したはいいけれど状況が改善した様子はない。


「どうかしましたか、CCさん?」

「クロちゃんが……しゃべってる……」

「あら、ご存じなかったのかしら?」

「言ってなかったからな」


 いつもどおりに振る舞おうとしている様子のローズマリーだが、声も眼差しも動揺を隠しきれていない。


「あの時聞こえた声は、やっぱりクロちゃんだったんだね?」

「集中しちゃってる君に突発的な指示を出すとなると、声に頼るしか無いからね。シド君からはしゃべるなって言われてたんだけど、止むをえない事情だったからつい」


 珍しく申し訳無さそうな様子のクロだが、あの判断がなければ犯人を取り逃していたのだから、シドも今さらどうこういう気はない。むしろ的確な行動だったと思っている。


「まあ、俺も出会ったばかりの人間に、自分の手の内を明かすほど迂闊(うかつ)じゃないんでね」

「そうは言いますけど、もう少し信用してくださっても良かったのでは?」

「試すようなことをして悪かったとは思ってるよ」


 むくれたローズマリーをなだめるには、ちゃんとした説明をするほかない。シドの口調はいつもどおりで今ひとつ重さがないが、話す内容は嘘のない真摯(しんし)なものだ。


「でも、こういう仕事だと、言えることには限りがあるからな。そこはわかってほしい。

 詫びにもなってねーけど、これからはクロスケをおしゃべりの相手にするといい。俺には言えねーことだって、きっとあるだろうしな。ただ、人前で不用意に話すのは控えてくれよ」

「はい、先生」


 全く仕方がありませんね、という諦観と、師匠の言葉を素直に受け入れる素直さが同居した顔で、ローズマリーは頷いてみせる。


「いつもそうやって誠実に接してあげればいいのに、ねえお嬢様」

「本当ですね、クロスケさん。素直になれないなんて、男の子はいくつになっても不器用ですわね」

「……その呼び方、なんとかならないのかい? ボクをそう呼んでいいのはシド君くらいだ、赤の他人にそう呼ばせるのを許した覚えはないよ?」

「あら、それだったらあなたもいい加減、私をカレンと呼んでくださってよろしくてよ?」


 外野でやいのやいのと姦しく騒ぐ女二人に、シドは口も挟めぬまま辟易した顔をし、落ち着きを取り戻したローズマリーは静かに微笑む。

 鈴の音のように微笑(わら)っていたカレンだが、二人の様子に気づくと、こほんと小さな咳をつくと、話をもとに戻す。旧知の魔導士と再開の挨拶をするのも大事だが、おしゃべりばかりをしているわけにもいかない。彼らをここに呼び出したのは、別に雑談をするためではないのだから。

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