5.2 身内の愚痴は後にしてくれねーかな
「でも、今の一言で踏ん切りがついたよ、センセイ」
「何のだよ?」
紅茶のおかわりを持ってきてくれた婦警が会議室を出ていってから、アンディはどこか吹っ切れた調子で話しはじめた。
「一連の『魔法使いもどき』の件、魔導士管理機構にも捜査協力を依頼しようと思っててね。僕としては、魔導士資格のない人間が立て続けに事件を起こしてるから、管理機構の見落としも問題だってことで、捜査協力を強気に依頼できるって踏んでるんだけど」
アンディが期待するのも無理はない。警察が無免許の魔法使いに苦労させられているから、管理機構に捜査への協力を要請する、というのはシドにもごく自然な成り行きに聞こえる。
「ただ、上層部の連中に、管理機構を信用してないのがいてね」
アンディは言いづらそうに声のトーンを落とした。
「どういうつもりかわからないけど、管理機構が『魔法使いもどき』をわざと野放しにしてるっていうんだ。ふざけてるだろ?」
「そんなことすりゃ管理不行届で叩かれるに決まってんだろ? 管理機構の連中もバカじゃねーんだ、わざわざそんなことするかよ」
「犯人よりも身内の説得のほうが面倒だね。あいつらがセンセイの半分でも理屈で動いてくれたなら、少しはマシになるだろう」
どこか飄々としたところのあるアンディだが、事件の解決のためとなれば、上司を相手取ることも躊躇わない。その気概こそ、シドが彼に一目置いている理由だ。単に彼が優秀で金払いがいいというだけで一緒に仕事をしているわけではない。
「センセイや僕にとっての不幸は、警察の連中が理屈で動いてる奴らばっかじゃないってことだろうね。特に旧い人に多いんだ。そうじゃなかったら、警察はもっと早い段階で、魔導士を受け入れてたはずさ」
「身内の愚痴は後にしてくれねーかな……」
いけないいけない、とアンディは一つ咳をする。
「まあ、管理機構に依頼するにしろそうでないにしろ、例によって少数精鋭でやることになると思う。センセイは『魔法使いもどき』を相手取った貴重な人材だから、嫌って言っても協力してもらうよ」
「報酬が支払われるならこっちは構わねーよ」
シドのことを「金に汚い魔導士」と揶揄する者がいるのは百も承知だが、そんな連中の戯言を真に受けて自分の技能を安売りする気などこれっぽっちもない。高い技能に相応の報酬を払うというのは至極当然の論理のはずだし、自分の魔法はそこらの魔導士が使う【防壁】とは一味も二味も違うという密かな自負もある。
「それはそうとしてアンディ、例の念動力野郎の素性、なにかわかったか?」
一応な、とアンディは別の資料をよこしてくる。
そこに書かれている念動力使いの経歴は実に立派なものだ。王都の名門私立大学を卒業後は、誰もが知っている大企業の営業マンとしてあちこちを忙しく飛び回っていたらしい。
「うらやましいくらいにいいご身分だな」
「営業成績も申し分なし、上司や同僚からの信頼も厚い。ただ、あまり人付き合いに積極的というわけではないらしい。休日は一人旅が趣味で、独身ということで転勤も多い。ひとところに数年と住まずに辞令が下るってのも珍しくなかったみたいだ」
家族構成の欄がシドの目に留まる。
両親や祖父母はいない。内戦の時期に学生時代を送ったようで、その際に家族を失っているようだった。それ以来、親戚づきあいも希薄らしい。
「人付き合いが薄いってのは、捜査の上では厄介だよね。足取りを追いにくくなる」
「でもアンディ、こんなご立派な経歴の持ち主があんな犯行に及ぶってのは、俺にはどうも想像がつかねーんだけど」
「奇遇だなセンセイ、実は僕もそうでね。
人付き合いは希薄だけど、仲間たちに恵まれてる。仕事も忙しいけど上手く行ってた。人生の半分は間違いなく充実してる。それなのにあんな凶行に及ぶとしたらよっぽどの理由だよ」
人を殺めうる魔法の使い手だが、犯行に及ぶ理由がない。
あれだけの魔法を使いこなしながら、魔導回路を持たない。
重要なピースがことごとく欠けたジグソーパズルのように、事件とあの白スーツの男を結びつける理由が見事に脱落しているのだ。
「立てこもり犯に、CCがとっ捕まえたアイツ、それと念動力野郎か……。ぱっと見、接点はほとんどないようだけどね。一連の事件の背後関係、徹底的に洗い出してみるよ」
「よろしく頼むぜ、警部殿。こっちも役に立ちそうな情報が手に入ったら連絡するぜ」
少し遠慮がちなノックの音、それに続いて婦警が入ってくる。アンディはこの後お偉いさんと会議らしい。先程言っていた、管理機構への捜査協力依頼の件も入っているのだろう。
冗談交じりに「センセイも出席するかい?」というアンディだが、そんな固っ苦しい場に出ていくのなんてごめんだ。「やなこった」と丁重にお断りしたシドは、苦笑するアンディを背に、そのまま警察署を後にした。




