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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第4章 猫とメイドと希少技能
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4.11 やられっぱなしじゃ悔しいか

 警察の事情聴取を終えたシドが戻ったときには、時計はもう深夜二時を回っていた。

 入れ替わりにローズマリーを事情聴取に送り出したシドは、灯りを極力絞り、ソファの上で行儀悪くあぐらをかいて大あくびをした。事情聴取の間もずっと念動力(テレキネシス)対策を考えてはみたのだが、どうにも上手い手立てが浮かばない。

 ふと耳を澄ますと、窓から何やら物音がする。

 カリカリとひっかくような音を聞いて、クロに屋敷の外の見回りを頼んでいたことを思い出したシドは、慌てて窓を開けてやった。

 転がるように部屋に飛び込んできた黒猫は、どこか恨みがましそうな目でシドを睨みつけてくる。


「こんな時間まで使い魔を外に追いやるとは、ずいぶん君も偉くなったもんだね、ご主人様?」


 彼女がシドを「ご主人様」と呼ぶのは機嫌を損ねている時と相場が決まっている。今の今までゴタゴタ続きでうっかりその存在を失念しかけていたが、そんなことを言おうものなら猫パンチどころか顔を引っかかれても不思議ではない。

 シドは言い訳を最小限にして、ひたすら頭を下げた。クロはその様子を見て、「まあ今に始まったことじゃないけどね」とつぶやき、フンと鼻を鳴らした。


「で、シド君。中はずいぶん面白いことになってたそうじゃないか? ずいぶんお召し物を汚して、髪も崩れてるみたいだけど、台風にでも遭ったのかい?」


 バカ言ってんじゃねーよ、とシドは呆れ半分、クロの機嫌を取れた安心半分のため息をつく。


「まさか生きてる間に念動力使い(テレキネシスト)に出会えるとは思わなかった」


 それはそれは、と驚きの声を上げるクロだが、少し楽しそうだ。猫といえども彼女は立派な使い魔、滅多にお目にかかれない能力の使い手が現れたとなれば、興味が湧くのも無理からぬことではある。


「パーティ会場なんて、割れ物刃物の宝庫みたいなもんじゃないか? 念動力による飽和攻撃にはうってつけの環境だ、防御にも随分骨が折れたろう」

「ああ」


 シドの返事は暗い。

 結局、真の実力が明らかにならないまま、犯人の逃走という形でひとまずの決着がついてしまった。警察の話では死者十名、負傷者に至っては二十数名である。一人を相手にこの被害では、警察もシドも面子が丸つぶれというものだ。


「警護対象は守れたけど、お嬢ちゃんを守れなかったのが納得いってないのかい、シド君?」

「やっぱわかるか」

「何年キミの使い魔をやってると思ってんのさ」


 シドの表情で察したのか、クロの質問は無遠慮だ。

 長い主従関係である。互いの考えていることは言葉にしなくたってわかるし、いまさら本音を隠すような仲でもない。


「こういう仕事をやってれば、多かれ少なかれ怪我して傷を負うってことはわかってるんだがな」

「痛みを持って、魔導士の厳しさを知る。君の目論見通り、あの娘が復讐を諦めるきっかけにはなるんじゃないかい?」

「でも、その過程であの娘が不要な傷を負うのは、俺の本意じゃない」


 シドの甘い戯言に、くっくっくっ、とクロが笑う。


「アンディ君の言ってたことがわかる気がするよ」

「何だよ、藪から棒に」

「復讐を諦めて欲しがる。傷を負ったら取り乱す。まるで父親か兄貴だ。彼女に余計な傷を負わせたくないなら、もっともっと現場に出して、鍛えてあげるのが一番じゃないか?」

「言われなくたってわかってるよ」


 シドは肩を落とす。

 数日前、アンディに言われたことをこんなところで蒸し返されると思わなかったのもそうだが、自分は魔導士としてはそこそこでも、教え導くものとしてはまだまだだ、と思い知らされたからだ。


「ま、キミもいい大人だからね、ボクも不必要なお説教をする気はないよ。それよか、今日の話を聞かせておくれよ」


 ひらりとテーブルの上に飛び乗ったクロに、シドは手帳を差し出す。下手な字の羅列を眺めていたクロだったが、興味をひかれる記述でもあるのか、時折ひゅうと口笛を吹く。


「効果範囲が会場全体? ずいぶんとんでもない魔法使いじゃないか」

「全くだぜ。相手が諦めのいいやつだから助かったようなもんだ」

「窓ガラスをぶち破って、犯人が崖下の川に落ちていくのはボクも見たよ。流れも速いし、この闇夜じゃ探すのも大変だ。血の匂いがしたから、突破のときに傷を負ってるかも」

無免許(モグリ)の魔導士があんだけの事件を起こしたんだ。もpしかしたら、賞金付きの案件になるかもしれない。その時はせいぜい一稼ぎさせてもらうさ」

「商魂たくましいね、シド君」

「……これだけコケにされたんだ、黙って引き下がれるか」


 おや、とクロは首を傾げる。いつものシドなら「あんなヤツは行方不明になってくれりゃ楽でいい」くらいは言いそうだが、どうも様子が違う。


「……シド君もやっぱり男の子だね。やられっぱなしじゃ悔しいか」


 思い当たるところがあったのか、クロはくっくっと忍び笑いを漏らした。


「なんだよ、気持ち悪いな」


 クロがごまかしているのは明確だが、シドもそれ以上追求できない。

彼女(・・)は猫なので、あまりしつこく構い続けると逆に機嫌を損ねる。どこまでも気まぐれな使い魔に振り回されるのは、ちょっと憐れだ。

 そんな時の彼ができることなんてたかが知れている。黙るか、話題を変えるかだ。


「もうちょっと情報がありゃ対処のしようもあるんだけどな。クロスケ、あんたの知り合いに、念動力使い(テレキネシスト)がいたりしないか?」


 クロは手帳から顔を上げ、遠くを見つめる。どこか懐かしいものを見る眼差しだ。


「いないことはないけど、既に墓の下さ。ずば抜けた才能を持つ魔法使いだったけど、自分の力の強さに精神を蝕まれて、長生きできなかった」


 そうなると、やはりここはシド自身の力で、解決への(いとぐち)を見つけるほかない。


「次にあいつとやりあうとなりゃ、その時は総力戦だ。あんたの力も借りることになると思うけど、その時はよろしく頼むぜ」

「努力はするけど、勝てるかどうかの保証はしないよ」


 いつもどおりの呑気な言葉とともにかまされる大あくびをみて、シドもついあくびを噛み殺す。

 その様子を見たクロは薄く微笑うと、シドに背を向け、開け放たれた窓の方へと歩み寄った。


「ずいぶん夜も更けているし、今宵はこれにて失礼するよ。キミもゆっくり休みたまえ」


 鈴の音を残したクロは、溶けていくように闇夜へと姿を消す。

 彼女を見送ったシドは、手帳をしまって眠ることにした。横になると、体を一気に疲労と睡魔が襲う。CC特製の地獄のように苦いコーヒーもさすがに効果切れのようだ。

 明日ちゃんと起きれるか心配にはなったが、おそらく問題はあるまい。きっと騒がしくなって、嫌でも起こされるだろう。

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