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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第4章 猫とメイドと希少技能
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4.10 イチャイチャしやがって、まったく

 念動力使い(テレキネシスト)が窓から逃亡を図って(しばら)くの間、邸内は混乱を極めていた。

 まずは怪我人の手当が先ということで、臨時の救護室として来客用の宿泊室があてがわれた。それはいいが、いかんせん突発的に起きた事件である。アンディが呼んだ応援が来るまで医者は一人しかいない。程度が軽い者については、心得のあるものが応急処置をして当座をしのぐしかなかった。

 傷の深かったローズマリーはいの一番に医者の手当を受け、ソファに座っておとなしくしていた。あちこちに巻かれた包帯、乾燥して赤黒く変色した血がこびりついたドレスが痛々しい。

 やれやれ、と戻ってきたシドを見て、ローズマリーはソファから立ち上がろうとする。


「お疲れ様でした、先生」

「ん、そっちもな」


 無理に立たなくてい、とシドは少女を制し、その隣に並んで腰掛けた。


「だいぶ出血があったみたいだが、大丈夫か?」

「手当してもらいましたから、もうどうってことありません。先生のほうこそ、お加減はいかがですか?」

「あんなの大したことねーよ」


 強がってみせるシドだが、時折顔が歪むので、あまり説得力はない。一方の少女も気丈に振る舞ってこそいるが、色白であることを差し引いても血色が悪い。


「……まあ、命に別状はないってだけで、痛いことに変わりはねーがな」

「私も、今は痛み止めが効いているからいいですが、決して万全とは言えませんね……」


 シドはため息とともに本音を吐き出した。子供相手に無闇に対抗心を燃やして、変な意地を張るのも大人げない。ローズマリーも似たようなことを考えたのだろう、可憐な唇から漏れ出る声は、いつもより弱々しい。


「お互い、しばらくは怪我を治すことに専念したほうがよさそうだな」

「現場に出れないのは残念ですが……賛成です。次に備えましょう」


 怪我もしているし、長丁場で疲れているはずのローズマリーだが、いつもどおり、行儀よく良い姿勢で座っている。


「手強い相手だったな」


 少々長い沈黙の後、シドはぽつりと切り出した。


「先生がそうおっしゃられるということは、相当の技量の持ち主だったということですね。私では敵わないのも当然、とはわかっているのですが……」


 ――それでも一糸報いたかった。


 表情にこそあまり出ないが、少女の眼だけは雄弁に語っている。シドと「再会」したあの時に見せたものと同じ眼差しとそっくりだ。


「手を触れずに物体を動かす能力というのは、初めて見ました」

「似たような技を使う魔導士はいないわけじゃない。ただ、あれだけの量の物体を同時に操ったり、人の動きを拘束するレベルとなると、話はまったく別だ」


 シドが出会った魔導士の中にも、【遠隔操作】系統の魔法を得意とする者はいたのだが、操れる物体は一つか二つ、それも片手で持ち上げられる重さのものに限られていた。

 あれほど範囲が広くて、しかも強い力を発生できるとなると、それは【念動力】(テレキネシス)と称される。シドも文献でしか見たことのない希少技能(レアスキル)だが、それを相手取った結果がこの傷の痛みだ。


「今回負った怪我のぶんは収穫があった……と思いたいけどな。意識をある程度対象に集中させないと作用しない、ってのはほぼ間違いないんだが、あの効果範囲の広さじゃなぁ」


 犯人が意識を逸らした瞬間に、念動力(テレキネシス)はその効果を失うというのは、先程のやり取りで身を持って経験済みだ。

 だが、大扉を抑え込み、重いテーブルを軽々と持ち上げて銃弾を防ぎ切っただけでなく、その力を持って万屋ムナカタの面々の動きを封じてさえいる。

 返す返すも厄介な力だ、とシドは唇を噛む。仮にもう一度、あの念動力使い(テレキネシスト)と相見えたとすると――どう考えても、一人では勝てる気がしない。あれだけの技量を持つ魔導士なら、こちらを観察して相応の分析をしてくるはず。シドが使う【防壁(まほう)】のことも把握済みだろう。

 顎に手を当てたシドは、念動力(テレキネシス)対策に思考を巡らせる。なるべく広い空間、複数人で相手の意識を散らしたあと、どうするか。

 じっと思案にふけっていたシドだったが、柔らかい何かが大腿に落ちる、その衝撃で我に返った。


「CC……?」


 ここに来てどっと疲労が来たのか、痛み止めにその手の成分が含まれていたのか、緊張の糸がふっと切れたのかは定かではない。シドの方へ倒れたローズマリーは、彼の大腿を枕に小さく寝息を立てている。シドに背を向けた形なので、覗き込まないと表情を伺えない。

 無理もないか、とシドは微笑む。

 早朝に事務所を出て、屋敷に着くなり仕事の支度をし、聞きたくもない長い訓示に耐え、パーティー会場で不審者がいないか目を光らせ続けた。挙句の果てには強敵との大立ち回りで相当の傷を負ったのである。これ以上起きて話に付き合えというのは、小柄で華奢な彼女にはいささか酷にすぎるというものだ。

 こっちも疲れているけれど、しばらく膝を貸してやるかとシドが思った矢先に、無遠慮にドアを開けるものが現れた。


「センセイ、CC、具合はどうだい……」


 唇に指を当てたシドと、その膝枕で寝入っているローズマリーをみて、闖入者(アンディ)の声のボリュームはどんどん小さくなる。

 そのかわりに、顔にだんだんと広がっていく無粋な笑み。からかう気しか感じられないその様子を見れば、この後の展開はもう約束されたも同然だ。


「ほー、へー、そうかいセンセイ、膝枕ねぇ。こっちが必死こいて働いてるのにイチャイチャしやがって、まったく」

「どこがイチャイチャしてるように見えるんだよ? つーか、こんなところで無駄話してる余裕なんてねーだろ、さっさと本題に入れ」


 しょうがないねぇ、とアンディは一息つき、小声で捜査の状況を話しはじめた。行く末が暗いと見込んでいるのか、アンディの顔には既に疲労が滲み出している。


「川の流れは急だし、何よりこの暗闇だ。夜のうちに発見するのはまず無理だろうな」


 さすがのアンディも小さく両手を上げて降参のポーズをとる。


「切り札二人を相手に大立ち回りを演じてるわけだからね。そんなレベルの無免許(モグリ)がこんなところをウロウロしてるってのは一体全体どういうことだろう?」

「知らねーよ、俺は別にそいつらの逮捕を生業にしてるわけじゃないんだ」


 万屋ムナカタの収入のほとんどは無免許(モグリ)の魔導士の制圧が占めているという事実を、シドは華麗に無視する。

 あれだけの能力の持ち主が資格登録されていなかった事実は確かに気にかかるが、その取締りで悩むべきなのは管理機構(ギルド)であって、シドではない。そんなことに頭を悩ませるくらいなら、念動力(テレキネシス)対策に知恵を絞ったほうがずっと有益だ。


「……まさかこんなところで念動力(テレキネシス)にお目にかかるとはね」

「手も触れず物体を動かすとはね。全く勘弁してほしいよ、映画じゃあるまいし。センセイはあの手の魔法を知ってるのかい?」

「知ってたらこんなに苦労するかよ」


 もし、あの犯人が生きていたとなれば、もう一度シドに声がかかるのは間違いないだろう。その時は互いの手の内をある程知った上で戦うことになる。分析して対策を立てたいが、先般のやり取りですら向こうは予想を上回る動きを見せたのだ。もう一度やり合ってシドが無傷で済むとは、とても思えない。

 厄介な問題は二つある。シドの【防壁】でも念動力(テレキネシス)を遮れないこと、そしてその効果範囲の広さだ。シドやローズマリーのように遠距離攻撃の手段を持たない魔導士は、遠く離れた間合いで動きを拘束されてしまったら最後、冗談抜きで打つ手がなくなる。


「ダスター卿の友人、って話だったよな、あいつ」

「犯人の背後関係なら、既に本部に調べるよう言いつけてあるよ」


 そこまで話したところで、部下からの連絡がきたのだろう。アンディが通信機に向かって話し始めた。一言ごとに曇ってゆくその表情をみれば、状況が芳しくないのは嫌でもわかる。通信を終えるとアンディは小さく舌打ちし、申し訳なさそうにシドの方を見た。


「嫌な予感ほど当たるもんだね。川に落ちた犯人は依然として逃走中。闇に紛れてしばらく見つかりそうにないってさ」

「また厄介事が増えたな」

「まったくだ。とりあえず、僕も一旦持ち場に戻るよ。事情聴取の準備ができたら呼ぶから、仮眠をとるなり、パーティの続きを楽しむなり、好きにやっててくれ。屋敷の中にいてくれれば何しててもいいけど、あんまりお嬢ちゃんとイチャイチャしすぎるなよ?」

「誰がするかよ」


 ひらひらと手を降って部屋を出てゆくアンディを、シドは少々ふてくされた表情で見送る。

 ああ言われてしまうと、膝枕ですやすやと眠る少女を否が応でも意識せざるを得ない。事件のことに集中したいのに、アンディも余計なことを言ってくれたものである。

 当の少女はこちらの気も知らず、小さく可愛らしい寝息を立て続けている。丸一日頑張った少女の眠りを妨げられるほど、シドも悪いやつではない。

 膝枕の借りは別の仕事で返してもらうか、と割り切ったシドは、膝枕のせいでいつもよりもいささか窮屈(きゅうくつ)な姿勢のまま手帳を開き、今夜の出来事を整理し始めた。

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