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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第3章 猫とメイドと追走劇
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3.15 悪い、喋っちゃった

 ローズマリーを車に寝かせたシドは、指揮車のコンテナの上に登り、警察が事後処理をする様子をぼんやりと眺めていた。少しだけ、誰にも邪魔されない時間が欲しかった。

 その横に足音もなく登ってきた者がいる。つい先程までローズマリーの相棒を務めていた、使い魔の黒猫だ。長丁場でややくたびれたのか、あぐらをかいていたシドの膝に無理やり体をねじ込んで丸くなる。


「俺の膝に乗ってくるってのは珍しいな」

「……そうかもしれないね。最近はお嬢ちゃんの膝ばっかりだったからね。君の膝も、居心地自体は悪くないんだよ? ただ、撫でる手つきの優しさが違うのさ。君は少々がさつにすぎる」


 シドは反論する代わりに、少々乱暴な手付きでクロのきれいな毛並みを撫でる。いつもだったら反抗し、手か爪が出てくるところなのだろうが、どうもその気配はない。

 クロの状態(コンディション)を察したシドは、労いの声をかけてやる。


「今日はご苦労さん」

「……そう思うならもっと優しく撫でておくれよ」


 つっけんどんな返事を返したクロは、鼻を鳴らして不満をあらわにする。


「CCの様子はどうだった?」

「昼間に魔力切れでぶっ倒れて、その晩に現場で大捕物だぜ? フットボールで休養予定の選手を酷使したようなもんだ、いつもの機動力を見せてみろなんて言えないよ」

「でも、俺じゃあの犯人は取り押さえられなかった」


 守りを固め、相手の攻撃を受け止めてから反撃を繰り出すのがシドの十八番(おはこ)だ。起点を敵の攻撃に求める以上、自分の攻撃が通らないと見るや逃げに徹する相手とはあまり相性が良くない。

 ローズマリーはその逆で、有り余る機動力を生かして積極的に相手に攻撃を仕掛けることができ、逃げに徹する犯人とも十分に渡り合えるのだ。犯人を追うという点では、彼女のほうが間違いなく適材だ。

 なんでも高い水準でこなす万能な魔導士は希少な存在だし、組織によっては魔導士自体の数も少ない。そうなると、時には無理を強いられたり、強いたりこともある。それは魔導士の宿命のようなものだ。


「フットボールと違って、万屋ムナカタ(俺たち)には控えのメンバーなんていないんだ。だから、万全じゃないあの娘に追跡してもらうしかなかった」


 クロも長いこと使い魔としてシドのそばにいるのだから、そのあたりの事情は重々承知のはず。それでも、新人を酷使したことには納得していないのだろう、再び不服そうに鼻を鳴らした。


「犯人と対峙したCCの様子は、どうだった?」

「新人で二回目の現場、しかも師匠がそばにいないとなればあんなもんじゃない? 奇襲が失敗した時のフォローは良かったと思うよ、シド君にしては」


 最後の一言にむっとしたシドだが、もともと口下手で言葉足らずという自覚がある以上、抗議しようにもその材料がない。


「奇襲を成功させなきゃって、ずいぶん肩に力が入ってたように見えたけど、結果的には失敗してよかったと思うよ? あの後はずいぶん落ち着いてたみたいだしね。犯人をビルに追い込むときは、自分が全力で動けないってことを自覚して動いてた。あの娘も自分なりに、何か掴みつつあるかもしれないよ」


 今の自分の限界を把握し、自分で全て何とかするのではなく、自分のできる範囲の仕事をしっかりこなして後に引き継ぐ。彼女が将来、警察に戻った時、それができるとできないとでは雲泥の差だ。


「彼女は頭がいいからね。何が重要でそうでないかの分別はちゃんとつくと見える」


 彼女の地頭の良さは自身だけでなく、指導する側を救ってくれているのも、事実だ。


「次の質問だ。エレベータ・シャフトを登るってのは、誰の提案だ?」

「常識人のCCが、そんな無茶するわけないだろ」


 愚問だね、とばかりに大あくびをかましてくれるクロを見て、シドはこめかみを押さえる。


「ずいぶん無茶な提案をしてくれるもんだよ。アクション映画じゃないんだぜ?」

「猫らしい柔軟な観点と言ってほしいもんだね。ああでもしないと、あんな短時間でアイツには追いつけなかったさ」


 正論ではあるが、もう少し穏便な方法をとってくれても良かったんじゃないか、とシドは肩を落とす。非常事態とはいえいささかやりすぎの感は否めない。石油公社からのクレームに頭を抱えるアンディの姿が目に浮かぶ。


「ただ、あの思いつめたら一直線みたいなところはどうにかならないもんかねぇ? 最後に防御をボクに全部放り投げて、犯人の方に向かっていったのはどうかと思ったよ」

「それは……どう言い聞かせりゃいいもんかな?」


 膝上のクロに問いかけても、返事の代わりに大あくびを見せつけられるだけだ。


「誰かのガキの頃にそっくりだって思わないかい、シド君?」

「……さあ、知ったこっちゃねーな」


 昔のことなんて忘れちまったよ、とシドは空を見上げる。王都の街灯に照らされて星なんて見えない。


「あと、アンディ君はやっぱりちゃんとした管理職だよ。部下の扱い方をよく心得てる。最後に手錠をかける機会を譲ったのなんか、まさにその典型だね。シド君も彼からいろいろ技を盗んで、立派な上司になるんだ」

「そうするよ」

「……ああ、そういえば、一ついい忘れてた」


 どうした、とシドが目線を落とすと、膝の上のクロと目が合う。心なしか申し訳なさそうな眼差しを浮かべているようにも見える。


「悪い、喋っちゃった」


 何を、と問いただしかけたシドは、瞬時に事情を察知して言葉を飲み込む。

 内容が問題なのではない。喋った事自体(・・・・・・)が問題なのだ。


「喋ったって、お前……」

「仕方ないだろ、とっさのことだったんだ。ボクも犯人をとっ捕まえるのに必死だったんだから、それくらい許しておくれよ。彼女が空耳かなんかだと思っててくれりゃいいんだけど、何か聞かれたら……そのときの言い訳はよろしく頼むぜ」


 他人、それも飼い主に言い訳を考えさせるとは、ずいぶん根性のすわった猫である。


「ごまかせったって限度があるだろ……」

「そんなに大仰に構えることはないさ。質問されてもビビらずに、先生らしくズバッと切り替えしてやればいいんだよ。

 じゃあ、もうしばらく膝をお貸しよ。少し眠る」


 言い終わったときには、クロはもう寝息を立てている。

 彼女も使い魔、魔法は得意中の得意だが、小さい体のせいで魔力容量が少なく、普段は猫らしく眠って魔力の節約と回復に努めている……というのが本人の弁だ。


「言いたいこと言いやがって……」


 付き合いの長い相棒に悪態をつくシドだが、口元は微笑(わら)っている。

 彼女は昔から変わらない。魔法を使った後は誰かの膝を占拠して、心ゆくまで眠るのだ。シドが相手の時は、説教じみたお小言のおまけまでついてくる。

 いずれにしても、ローズマリーを守るという大役を果たしてくれた事実は変わらない。しっかり仕事をしてくれるなら、膝なんていくらでも貸してやる。

 ……とはいえ。


「重いんだよね、それなりに」


 あぐらをかいているとはいえ、もうしばらくすれば足のしびれが彼を襲うだろう。それに、警察にいつ呼ばれるかわかったものじゃない。彼女の眠りを妨げずに膝から下ろすというのは、ある意味、凶悪犯を逮捕するより難しい。

 そんな難題にひとり頭を悩ませながら、シドは人知れず重いため息をついた。

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