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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第3章 猫とメイドと追走劇
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3.12 だまってついといでよ

 時折自分の身体と対話しながら、ローズマリーは淡々と犯人を追いかける。いつものような圧倒的な速度ではないが、今のところ不足はない。

 もともとローズマリーは一撃必倒・短期決戦を得意とする魔導士。ここまで長い時間【加速】魔法を使った経験がないのも不安ではある。

 でも、今、逃走犯を追い続けられるのは彼女しかいない。

 目標地点に到達してシドとアンディが加勢するか、相手が音を上げるまで、徹底的に相手を追いかけると覚悟を決めていた。体力面で余裕のない今の彼女を動かしているのは紛れもなく、小さな胸に秘められ、クールな眼差しに隠された決意だ。

 そして、彼女の奮闘は、徐々に実を結びつつある。


「CCよりアンディ警部へ……間もなく石油公社新社屋ビルです。指示を下さい!」

「物語はもうすぐクライマックスだ、ヒロインにはまだまだ頑張ってもらうよ!」

「そのつもりです。このまま追いますか?」

「一旦役割を変える。犯人に外壁を登らせろ」


 アンディの言葉に首を傾げたローズマリーはその意図を問いただした。


「上に登らせていいのですね?」

「ああ。壁に登らせちまえば、後は警察(俺たち)でも上に誘導するのは容易い。威嚇射撃して犯人の進行方向を制限する」

「はじめっからそうすりゃいいじゃねーか」

「地上じゃ民間人を巻き込む可能性があってな、発砲許可もなかなか下りにくいんだ。だが、完成間近で無人のビルなら話は別だ」

「で、アンディ警部。石油公社のビルに着いたら、私はどうすればいいんですか?」


 石油公社のビルまではもうそれほど距離が残されていない。ローズマリーの声にも自然と必死さが交じる。


「君は中から屋上を目指してくれ。エレベータは止まってるけど、最悪非常階段があるはずだ」


 ご冗談でしょう……とローズマリーはため息をつく。いくら【加速】魔法に長けた彼女でも、非常階段をいちいち登っていたのでは外壁を一直線に垂直登攀する逃走犯に追いつくことなどできやしない。

 それをアンディに伝えると、案ずるな、と力強い返事が返ってきた。


「こっちもできるだけ時間を稼ぐ。可能な限り犯人の足止めに動くつもりだ。君も急いでくれ」

「……了解」


 苦労が耐えないね、とでも言いたいのか、クロはローズマリーをねぎらうように鳴く。緊張した場でもいつもと変わらない黒猫の様子が、少女の心を落ち着かせる。


「先生がボヤく気持ちも、少しはわからないでもないかな。少しだけ、ね」


 石油公社新社屋ビルまで、残り数メートル。

 まだ真新しいビルの外壁を背に、逃走犯は余裕の笑みを浮かべている。


「なかなかやるじゃないの、お嬢ちゃん。警察の犬にしちゃ大したもんだ、褒めてやるよ」

「見せかけだけの賛辞なんて、私には必要ありません。あなたをここで捕らえます。絶対に上には行かせませんよ」

「ま、やれるもんならやってみろよ?」


 小さく腰を落として跳躍し、制空権を取ろうとするローズマリーだが、高さも距離も速さも足りない。


「あんたを褒めたのはお世辞でも何でもねぇけどな。スタミナを切らしてまで、俺をここまで追っかけたのは大したもんだよ。俺のほうが一枚上手だった、ってだけの話だ。

 鬼ごっこはここでオシマイ。サヨナラだよ、セニョリータ」


 逃走犯の余裕は崩れない。失速した少女に背を向けて、壁を登ってゆく。


「いたぞ、こっちだ! 総員構え、射撃はじめ!」


 ワンテンポ遅れて、警察の機動部隊が到着。高層ビル外壁の垂直登攀を敢行する犯人を追い詰めようと自動小銃の引き金を引くが、犯人はそれをあざ笑うかのように、左右の動きやフェイントを交えて屋上を目指す。

 壁を登ってゆく犯人を見上げるローズマリーの様子は、いつもとさほど変わりない。涼しげな瞳で一瞥すると、非常口を蹴破ってビルに侵入する。

 全て予定通り。


「こちらCC、予定通りビル内から屋上を目指します」

「了解。犯人の位置は逐次知らせる」


 アンディからの通信が終わった直後、クロはローズマリーの肩から飛び降りて一目散に駆け出した。非常階段とは真逆の方向だ。


「ちょっとクロちゃん、そっちじゃないよ?」

「いいからだまってついといでよ」


 再び聞こえた謎の声。そのトーンは、旧市街で犯人を追いかけていた時に聞こえたものと同じだ。

 ローズマリーは驚きに目を見開き、思わずあたりを見回す。ひとしきり観察してみるが、人の気配は感じない。今、ロビーにいるのは、ローズマリーとクロだけだ。

 ふと足を止めてしまった少女を見て、何をぼんやりしてるんだい、とばかりにクロが鋭く鳴く。その声に我に返ったローズマリーは、クロを追いかけてエレベーターホールにたどり着いた。

 念の為パネルをいじってはみるが、開業前のビルである。表示パネルもボタンも全く反応を示さない。


「エレベータは動かないんだよ? 階段で行かないと……」


 クロは振り向かず、全身の毛を逆立てると、一声鋭く鳴いた。

 直後、ホールを凄まじい突風が駆け抜け、ローズマリーは思わず顔を覆う。相棒が魔法を使ったと少女が気づいたときには、エレベータの扉は吹っ飛んでいた。

 迷うことなくエレベータのカゴに入るクロを、少女は慌てて追いかける。爆風で見事にひしゃげた真新しいカゴを見て、警察がこの大捕物で石油公社にいくら弁償するのかしら、と一瞬心配になるローズマリーだが、今は犯人を逮捕するのが先だ。


「だから、扉をあけてもしょうがない……」


 直後、カゴに一歩足を踏み入れた少女の肩を足がかりに、クロが大きく跳ぶ。

 彼女(・・)が飛び移ったのは、天井の脱出口。こっちに来いと言わんばかりにうるさく鳴く。


「……まさかクロちゃん、そこから登れっていうんじゃ」


 エレベータの昇降路を通れば、確かに高層階まで一直線。ジグザグの非常階段を登るよりはよほど速い。

 だが、できるかどうかは、また別の問題だ。

 映画で似たようなシーンを見たことがあるが、こんな無謀な試練に挑むのは往々にして筋骨隆々の、絵に描いたようなアクション俳優である。それに対して、彼女は華奢にも程がある女の子。唯一の武器は身の軽さくらいのものか。


「クロちゃんが言い出したんだから、少しは手伝ってよね!」


 年頃の少女らしく不満をぶちまけると、ローズマリーは大きく跳躍し、脱出口をくぐり抜けてカゴの上へ降り立つ。


「こちらCC、今からエレベータ・シャフトを通って屋上を目指します」

「え、大丈夫かい? というかどうやって開けたの? 大丈夫な方法なんだろうね?」

「こっちのことは心配するな、事後処理はアンディがなんとかしてくれる。それよりも犯人がもう十階を超えそうだ、急いでくれ」


 了解、と小さく呟いた少女は、厳しい表情でポニーテールを解き、ワンピースとエプロンドレスのポケットの中身をひっくり返した。何かあったときのためにと買い揃えた小道具の中から、垂直方向の冒険に使えるものがないか吟味する。


「まずは明かりが必要ね。クロちゃん、ちょっといらっしゃい」


 ポニーテールをまとめていたものと合わせれば、手持ちのリボンは二本。一本で小型の懐中電灯を手首に結わえ付け、もう一本で嫌がるクロの首輪にケミカルライトをくくりつける。これで暗いエレベータシャフトの中でも相棒の居場所が一目瞭然だ。


「命綱代わりになりそうなのはこれくらいしかないかな」


 手錠の一端は昇降機のワイヤに、もう一旦はエプロンドレスに固定する。ホンモノの命綱に比べれば頼りないにも程があるが、ないよりはずっとマシだ。

 ローズマリーは昇降路を見上げる。足がかりも意外と多く、【加速】にもある程度頼れそうだ。アクション・ヒーローのように腕一本で登る真似まではしなくて済みそうだが、正直、心の折れそうな高さである。疲労困憊の体で逃走犯と相まみえる事になりやしないか、いささか不安だ。


「クロちゃんは自分で登ってね、そっちのほうが早いし」


 大いなる決意半分、どうにでもなれというやけっぱち半分。

 覚悟を決めた少女は油と埃にまみれたワイヤを掴み、(ビル)の頂上を目指して登り始めた。

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