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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第3章 猫とメイドと追走劇
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3.8 上手いこと追い込んでくれよ

 信号も渋滞もサイレンを鳴らせばフリーパス、というのが警察車両の特権だが、王都の中心部からオンボロ教会にたどり着くにはそれなりに時間がかかる。アンディの部下の大男(トビアス)が運転する車両がオンボロ教会に乗り込んできたのは、シドが電話してからだいぶあとのことだった。

 チンクエチェントの屋根の上で丸くなっていたクロは、平和な田園風景に不釣り合いなサイレンと礼拝堂から飛び出してきたシドに気づいて顔を上げた。だが、軽く手を上げてそれを制した飼い主の姿を認めると即座にその意図を理解したようで、あくび混じりに体を伸ばすと、音もなく飛び降りて件の医務室の方へ颯爽と歩いていった。

 面倒事を持ち込んでくれるなよ、と文句を言うロビンソン神父を無視して、シドは助手席に乗り込む。アンディは現場に張り付いていて迎えにこれないらしい。いつもと同じ車両のはずなのだが、トビアスが規格外の体格をしているせいで狭く感じる。

 大男の運転で王都の中心部に舞い戻ったシドが案内されたのは妙な車両だった。一見すると小型トラックを改造したと思しき車両で、後部に積まれたコンテナからは無数のアンテナが生えている。通信用に特化した車両のようだが、いささか急拵えの匂いがするのは否めない。

 金属同士がこすれる耳障りな音とともに扉を開ければ、そこに所狭しと積まれていたのは大小様々な通信機材。それらが空間の大半を占めている以上、人が入り込むスペースはそれほど残されていない。三人も乗ってしまえばそれでもう一杯、窓がないことも相まって、ひどい圧迫感を覚える。

 コンテナの一番奥には赤ペンで書き込みがされた大判の地図が掛けられており、その前にはシドを呼び出した張本人が腰を据えて考え込んでいた。アンディは追い込まれるほどタバコに手を伸ばす性の人間なので、コンテナの中の空気はひどく煙たく、シドは思わず顔をしかめた。簡易的な空気清浄機が(しつら)えてはあるものの、機能しているかは若干疑わしい。


「悪いね、急に呼び出して」


 シドも彼の仕事のやり口がよくわかっている。だから、アンディがタバコを手放さなくても文句は言わない。ローズマリーのお小言とクロの猫パンチを我慢すればいいだけの話だ。


「で、アンディ、状況はどうなってんだ?」

「道中説明していくよ」


 運転席に座る部下の大男に指示を出すと、アンディは新しいタバコに火を点けた。


「公会堂前の広場で演説していた国会議員が強襲されてね。SPが取り押さえようとしたんだが、反撃してその後も逃走中だ」

「失態もいいところじゃねーか。お偉いさんの首が飛ぶのも遠い日の花火じゃねーぞきっと。で、犯人は魔法使いだってのか?」

「そういうこと。ただ、前みたいにヤバい獲物をぶっ放すわけじゃないんだ」

「じゃあなんで俺を呼んだんだよ?」


 まあ聞きなよ、とアンディは軽口混じりに説明を続ける。


「民衆に紛れた犯人は、演説台からおよそ二十メートル離れたところから立て続けに銃弾を八発ほどぶっ放して逃走した」

「演説中にやりやがったのか? 群衆に紛れて? それでどうやって」

「どうやって逃げおおせられる、なんてつまらないことは言ってくれるなよ、センセイ」


 そこまで言われれば、いくらシドでもさすがに気付く。「魔法を使う以外に方法はないだろ」と言外に匂わせながら、アンディは説明を続ける。


「姿が見えないわけじゃない。ただ、やたら動きが早くて、狙いをつけるのもままならないんだ。おまけに一般市民を盾にするように位置取りをするもんだから、下手すると誤射する」


 一般人を盾にするのは魔法使い云々の問題ではなく、単に犯人が狡猾なだけでは、と思うシドだが、黙ってメモを取っている。


「犯人の足取りは掴めてるのか?」

「王都の地理に相当明るいやつみたいでな、車両が入れない小道に入ったり、袋小路を使ったりしてこっちの追手を上手く撒いてる。ヘリも出しちゃいるが、チョロチョロ動く上に死角に入り込まれたりするもんだから、どうにか足取りを追ってるってのが正直なところだよ」


 アンディにしては珍しく苦い顔である。

 壁にかけられた地図の書き込みは犯人の推定逃走ルートだろう。所々につけられた×印は犯人が目撃された場所だろうか、時刻も併記されている。犯人の心理に明るくない上にさほどの興味も持たないシドには、彼が何を考えているかは今ひとつ読み取れなかった。


「捜査員の情報を聞いて、犯人の次の行動を予測して追い込みをかけてる、ってところか」

「そういうこと。ただ、僕たちじゃ捕らえるには至らないから、【加速】魔法を使えるセンセイに声をかけたわけだ。やってくれるかい?」


 他ならぬ警察からの依頼である。しかるべき報酬さえ支払われるのなら、シドに断る理由は特にない。

 ただ、万屋ムナカタには彼以上の【加速】魔法の使い手がいる。彼女ならあっさりと犯人に追いついて逮捕に漕ぎ着けられただろう。ただし、床に臥してさえいなければ、という大前提付きだが。

 実戦の場が向こうから舞い込んできたというのに、随分間の悪い話である。


「犯人の特徴は?」

「ダークグレーのスーツ、白いシャツに紺色のネクタイ。見かけはただのサラリーマンだよ。もっとも、そのままの格好でいる保証もないけどね」

「特徴がないのが特徴、と。やっぱり今回も生け捕りか?」

「よろしく頼むよ。びっくり攻撃魔法でもぶっ放されたら話は別だけど、今のところ獲物は拳銃(ベレッタ)しか確認されてない。いつも通り、逮捕でよろしく」


 相変わらず難しい注文をしやがる、と毒づきながら、シドは携帯無線機を身につける。


「ところで、CCはどうしたんだい? センセイのズボラさに愛想を尽かしたって話は聞かないけど」


 ようやくからかい口調を取り戻したアンディを、シドは思いっきり睨みつけてやる。


「訓練で魔力切れを起こしたから、寝かしつけてきたんだ。元気だったら俺の代わりに一暴れしてもらうところだったんだが」

「全く人使いの荒いセンセイだね。あの娘の苦労が忍ばれるってもんだ」

「バカ言ってんじゃねぇ、適材適所だ。現場を踏ませる、って指導方針に賛成したのは、警察(おたくら)も一緒じゃねーか」


 違いない、と苦笑いを浮かべたアンディを無視して、シドは準備を進める。


「じゃあアンディ、狐狩りよろしく上手いこと追い込んでくれよ。よほどの魔法使いじゃなきゃなんとか対応できるとおもうけど、とんでもない隠し玉を持ってるかわからない。あんまり期待しないでくれ」

「珍しく弱気だね?」

「魔法使い相手の荒事は、多かれ少なかれ予期しないことが起こる、ってことだよ」


 それじゃ行ってくる、と言い残したシドは、ジャケットの裾を翻してトラックの荷台から飛び降りた。

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