12.31 自分たちのなら、もう少しなんとかなるだろ
打ち合わせを済ませたシドは、知り合いの自動車ディーラーへの冷やかしもそこそこに、ローズマリーの待つ医療都市へ急ぐ。
帰り着いたころには、日はとっくに沈んでいた。夜道を行き交うのは医者、看護師、研究者ばかり。違いといえば昼勤を終えて家路につくか、これから夜勤に向かうかくらいだ。エマとの交流が始まって以降、シドたちもハンディア詣でをする機会が多く、見知った顔がずいぶん増えた。お互いにこのあと用があるから、交わす言葉は軽い挨拶程度。弟子の様子が気がかりで、シドの歩幅は広がりがちだ。
「おかえりなさい、先生」
「よう、調子はどうだ?」
「問題ありません。エマ様のお許しも出たので、散歩して、クロちゃんと軽く訓練していました」
病室備え付けのデスクで本を読むローズマリーをみた限り、顔色は良好。膝の上で丸くなった使い魔は、ピアノでも嗜んでいそうな繊細な手で撫でられるにまかせている。少女のお目付け役としてそばにいた彼女が黙ったままなら、少なくとも無茶はしていないのだろう。
「打ち合わせはいかがでしたか?」
「警察も管理機構も結構な被害を受けてるし、あちこちであの爆発だからな。捜査はまだ始まったばかりってところだけど、両方ともやる気にあふれていて結構なこった」
メモの準備に余念のない健気な弟子と、耳だけこちらに向けて狸寝入りの構えに入ったクロのために、シドは手帳を繰り、要点をかいつまんで話す。どうもそれだけでは旺盛な好奇心を満たしきれないのか、質問がすぐに飛んでくるのはもう折りこみ済みだ。
「テロリストが魔法を使ったとするなら、どの局面だと思われますか?」
「車がホテルに突っ込んできたのは全部」
「爆発はいかがです?」
「そっちは魔法だって断言するだけの証拠がねーよ」
魔法の話題は、素人相手だと説明に気を使うことが多い。でも病室には魔導士、それも師弟しかいないとなれば、多少の本音は出るし、話も微に入り細を穿ったほうへゆきがちだ。興味に引っ張られるように、ローズマリーの姿勢は自然と前のめりになる。
「運転席の様子はご覧になりました?」
「見た。アクセルベタ踏みにして、塀も柵もぶっ飛ばして突っ込んできてんのにあの顔だったとしたら、相当な演技派だぜ?」
自らが運転する車が、数秒後に燃え盛る棺桶となる運命を背負う。運転席に収まった実行犯は例外なく怯えていた。命を賭した破壊と殺戮を挑もうとするわりには、覚悟がまるで決まっていない。【加速】に歪む世界で師弟が見たものと、そこから受けた印象は、概ね一致している。
「魔法で操られて、自分の意志とは関係なくアクセルを踏まされた――というだけで片付けるのは、ちょっと難しい気がします」
「もう一つ気になるのはさ、何台か、オリエントの塀を飛び越えた車があっただろ? あれ、正攻法だと無理があると思うんだよな」
「どういうことですか?」
「どんなに腕がたつドライバーでも、傾斜とか使わずに腹が見えるようなジャンプができんのか、って話だよ。最初の一台なんか本館飛び越えてったんだぜ? あんな弱気なドライバーがそんな運転できるかっつーと怪しい気がする」
「魔法でやるとどうなるんでしょう……? 身体【強化】魔法をつかって力任せに投げる……? でも自動車って、軽くても一トンくらいありますよね?
「シュタイン兄妹の怪物ならまだしも、そんな魔法使いなんてどれくらいいるのやら」
ローズマリーと【加速】魔法くらいに相性がよければ話はわかるが、それこそイスパニア全土を探して見つかるかどうか疑問である。
「あとは【念動力】くらいか、条件に合いそうなのは」
「それこそ希少技能ですし……使い手はもう、いません」
もう一つの思い当たるフシに至っては、彼らの記憶が確かなら、使い手が天に召されている。
もはや考えが広がる要素がない。燃料が尽き、急速に尻すぼみになった議論は、やがて次の話題に押し流される。
「連中がどんな魔法を使ったか判断するのは難しいけど、自分たちのなら、もう少しなんとかなるだろ」




