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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第12章 猫とメイドと万屋ムナカタの年明け
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12.30 あなたは誇り高い魔導士ですもの

 事情に明るくないカレンに、アンディが簡単な説明をする。

 ひなびた小村・エプサノが、ある夜に襲撃を受け、地図から焼け落ちた。魔導士との共存推進派の筆頭であったクリーデンス内務大臣とその妻は、そこで非業の死を遂げている。一人娘のローズマリーもその場にいたはずなのだが、彼女だけはなぜか、事件から数刻と経たぬうちに、五〇〇キロメートル離れた修道院で保護された。今もなお、その理由は不明だ。

 犯人も、ローズマリーだけが助かった理由も、何もかもが謎に覆い隠された事件ではある。だが、シドが知る限り、ホテル・オリエントで自らの身におきた現象に最も近い事例はこれしかない。


「CCさんが【空間転移】魔法を使った、そうおっしゃりたいんですの?」

「あの場にいた魔導士の中で、俺とクロを除いたら、自然と答えは出るだろ」

「彼女も魔力を使い果たしていたのでしょう? それなのに、王都からハンディアの距離を、どうやって……?」

「……アンディとウルスラが、ローズマリーを万屋(ウチ)に連れてきた時から、ぼちぼち一年か。あの娘が変化してるのは確かだと思う。引き続き様子を見て、気づいたことがあったら相談する。とりあえずそれでいいか?」

「他に手もなさそうだしね。センセイが引き続き見てくれるなら心強いよ。うまく彼女を導いてやっておくれ」


 万屋ムナカタで寝起きし、シドの指導を仰ぐローズマリーは、形式上警察から出向している身分だ。魔導士の指導は警察の手に余る、と持ち込まれたこの仕事、この調子だとまだしばらく続きそうである。


「しかし、僕たちもずいぶん運がないね。バカ共がとんでもない事件を起こしたせいで、のんびりしてる暇はなくなるわ、メンツも丸つぶれだわで、こんな胸糞悪い話はないぜ」

「まったくもって、その通りだ」

「まあ、我らが長官殿が大口をたたいてくれたおかげで、警察と魔導士管理機構(ギルド)は誰はばからず、大手を振って、共同戦線を張れるわけだ」

「当方も同じ認識です。魔法を貶める者をこれ以上のさばらせるわけにはいかないと、理事会もお冠ですの。お父様が旗振り役になって、専門部署の設立に向けて動き始めていますわ」

「その話、セニョリータ・ガーファンクルも関わることになりそうですか?」

「ええ、もちろんです。自分から志願しましたわ」


 そいつは話が早い、と満足そうに頷いたアンディは、シドにホワイトボードを持ってこさせた。今日の会合の締めくくりに、今後の役割分担を示す腹らしい。


「自爆テロの実行犯を特定したり、現場検証して手口を解明するのは警察(ぼくたち)の仕事だけど、完全な形で残ってる証拠は当然少なくてね。管理機構(ギルド)とも密に情報共有していって、魔法の可能性が濃くなったら、本格的に力を貸してもらう、そういう理解でいいかな?」

「心得ましたわ」

「セニョリータ・ガーファンクル、海外機関への問い合わせも、よろしく頼みます」


 警察という治安維持組織の一員として、事件の捜査と全容解明に当たるアンディに、魔導士管理機構(ギルド)国際部を動かして情報収集に動くカレン。ホワイトボードに連なる言葉を見つめながら、シドは我が身を振り返る。

 彼が率いるのは、自分含めた魔導士二人に、使い魔一匹の所帯。組織としての強さは期待できないし、そもそも魔導士の片方は修行の身で、なおかつ療養中だ。今できることは限られているどころか、事実上ないに等しい。


「新しい事件が起こるまで、万屋ムナカタ(こっち)はローズマリーを療養させとくなり訓練させとくなり、ってことでいいか?」

「構わない。無理は禁物だけど、あんまり時間に猶予(ゆうよ)もない、ってことだけは意識しておいてくれたまえよ。魔法使いもどきとその裏の連中、この一件で図に乗ってデカい動きしないとも限らないし」

「また難しい注文だな」


 魔導士管理機構(ギルド)はもともと、荒事に対応する専門的な機能を持ち合わせていない。魔法使いもどきたちに抗する部署の立ち上げには、内外問わず人材確保から始まるはずで、どうしても時間が必要だ。魔法絡みの事件が起こればシドたちに声がかかる、という図式は、きっとこれからも続く。


「ホテル・オリエントからハンディアに()()()件も、ちゃんと解明しなければいけませんわね」

「そうしたいのは山々だけど、体験した本人が何一つ覚えてないってザマだぜ?」

「あなたは誇り高い魔導士ですもの。自分が触れた魔法を、わからないままになんてできないはずですわ。大切な弟子が関わっているならなおさら。違いまして?」


 長い付き合いのせいか、シドの企みを見抜くなんて、カレンにとっては朝飯前らしい。仕事の相手としては頼もしいが、たまに度を超えてしまい背筋が冷えるのも確かだ。


「先生が隠し事してるときは、セニョリータ・ガーファンクルに鑑定を依頼すればいいのか」

「冗談抜きでやめてくれよ?」

「大丈夫ですわ、警部。日本(ジパング)の古い格言には『いやよいやよも好きのうち』『押すなよ、絶対押すなよ、と言われたらむしろ押せ』ともあります」

「どこで聞きかじったか知らんが、そんなのねーよ……」


 本気か嘘かよくわからないカレンの笑みをみて、シドは疲れたように肩を落とす。それでも、弟子へのケアを約束するのは忘れない。


「ローズマリーの件は、預かっている以上ちゃんと責任持って面倒見る。師匠(おれ)使い魔(クロ)の最低どっちかがそばに付いているようにするから」

「体の方は、あなたも含めて、エマ様によく診ていただいてくださいね」

「そのつもりなんだが、そのためには()()をなんとかしないとな」


 ちらり、とシドが目をやったのは、一見なんの変哲もない客間の壁。壁紙のヤニ汚れの原因は九割九分アンディだ。意外にも、シドの交遊録には愛煙家が少ない。

 もっとも、彼が思いを馳せるのは壁の向こう側、がらんどうのガレージだ。どこか不揃いなエキゾースト・ノートを届けてくれた、愛嬌たっぷりで憎めないあいつ(チンクエチェント)は、もういない。


「……気持ちはわかりますけど、どこかで整理をつけませんと、ね」

「そうだな」


 珍しく感傷的なシドを、二人は言葉少なに、茶化すことなく見守った。

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