12.28 お父様と同じことをおっしゃいますのね
「会見の情報は漏れてたって線で、見解はほぼ一致してる。自爆テロの被害にあった場所をまとめてみたけど、会見場の候補に入れてた場所はだいたいやられてるんだ。最終候補に残ったところは全部、絞り込む途中で選に漏れた場所も一部含まれてる」
「情報ダダ漏れだったってことかよ、だらしねぇな」
「そこまであからさまですと、まるで気づいてくれと言わんばかりじゃありません?」
「セニョリータ・ガーファンクルと同じ意見ですな。ケンカを売られてるってのは、どうも気に食わない」
組織の上の方にイスカリオテが紛れ込んでいるとわかったはいいが、失ったものが大きすぎる。勧められるがままにカップを空にしつつ事情を明かすアンディからは、終始憂いの気配が抜けなかった。
「国家公安庁の親分、結構強い言葉使ってたけど、あれは予定通りだったのか?」
「本人はそう言い張ってるけど、どうだかね」
「長官の分の原稿が差し替えられた可能性もある、ということですね」
壇上に上がった二人のうち、国家公安庁長官に渡された原稿は、ホテル・オリエントもろとも失われている。不慮の事故とも、事故に見せかけた処理とも疑えるが、今あるのは当人の証言だけだ。原本を見つけ出し、ガーファンクル卿が持ち帰ったものと比較するには、しばし時間が必要になる。
「違法薬物の取り締まり強化と殲滅を目的に、浄化作戦を展開する――でしたわね?」
「あれだけ大口叩いて半日も経たないうちにコテンパンにやられちまってるから、メンツなんてもうないも同然さ」
アンディはなるべく軽い調子を保とうとしてるのだろうが、限界はある。吐き捨てた言葉には、ありったけの忌々しさが乗せられていた。
「魔導士管理機構の方はどうだ?」
「緊急の理事会でも、内通者の懸念が出ましたの。管理機構職員の身辺調査が始まったところです」
「その言いぶりでは、なにか思うところありそうですな、セニョリータ・ガーファンクル?」
「現場に駆り出されたメンバーまで疑いをかけられたのは、さすがに看過できませんでしたわ。わざわざ自分の命を危険にさらすような真似をするほど愚かなつもりもございませんし」
「そこは仕事と割り切って、だな」
「ムナカタ君まで、お父様と同じことをおっしゃいますのね」
クロモジの楊枝で羊羹を切り分ける手つきとは裏腹に、カレンは珍しく憮然とした表情だ。
父である魔導士管理機構理事・ユリウスとの間に意見の衝突があったとなると、自宅では父に対してへそを曲げた態度をとっていても不思議ではない。末っ子にして唯一の娘との関係にねじれが生まれたら、【万能】の魔導士といえども内心穏やかではいられないだろう。
そうはいうものの、よその家庭の事情に気を回しても実りは薄いし、踏まなくていい地雷なら避けるに越したことはない。その点で、男性陣の考えは一致している。
「現場としては君たちを信用してる。セニョリータ・ガーファンクルたちがギリギリまで現場に残ってくれたからこそ、会見に来てた連中の被害を食い止められたのは事実だ。警察の上層部にも魔導士を疑う声はあるけど、それはどうにかしてみせる」
「簡単に信じちまって大丈夫か?」
「その気になれば何でも疑えちゃうからね。まずは一緒に体張ってくれた連中は味方って仮定しないとスタートを切れない。そのうえで矛盾が出てきたらそこに立ち戻る話さ」
「ただの護衛任務だけで終わると思ってたのに、とんでもない話になっちまったな。現場検証も時間かかりそうだろ?」
「旅客機が落っこちてるからな。まだ救助活動と遺体の身元照会の真っ最中。そんな現場でまともな手がかりが見つかるかなんて、正直怪しいもんだな」
「事故調査委員会も動き出したばかりですし、飛行機の墜落原因が明らかになるのもまだ先ですわね」
「事件当時に外から撮った映像がないか、個人含めて当たってみてるし、近辺の市民へのヒアリングも始まったけど、有力な情報はさすがにまだない」
自分の行動は迂闊すぎたか、とシドは己を顧みる。
魔法を映像に残され、外部へ広められるのを恐れた彼の意を、弟子と淑女は忠実に汲んでくれた。二人は自爆テロの混乱に乗じ、会見に集った報道陣のカメラを破壊している。結果、ホテル・オリエントに仕掛けられた攻勢も、その後に旅客機が墜落する顛末も、記録されずに今に至っている。
一方、マスコミ一同が逃げおおせたのは、機材を潰されて仕事ができず、避難せざるを得なかったからともいえる。戸板の裏表めいた禍福のめぐり合わせが、将来吉と出るか凶と出るかは誰にもわからない。




