12.27 万屋ムナカタは全員健在だ
ホテル・オリエントを筆頭に、王都各地に甚大な被害をもたらした同時多発テロ事件からおよそ一週間。
絶好調ではないにしろ、動くに支障がないくらいまで回復したシドは、主治医を説得して外出許可を取り付けた。向かった先は自宅件事務所。予定が終われば医療都市へすぐ戻るよう、念を押されている。
「やあ、センセイ」
「お邪魔します。ご無事で何よりですわ、ムナカタ君」
姿を見せたのはおなじみの二人――王都警察の警部・アンディに、魔導士管理機構からやってきたカレンだ。最後に二人と会ってからそれほど経っていないはずだが、大規模な事件、入院という非日常を経たせいか、やけに久しぶりな気がする。
「あなたたちが無事で、本当に、本当に……」
「泣くことねーじゃねーかよ」
頻繁に連絡を取り合ってはいたのだが、実際に元気な姿を見て感極まってしまったのか、カレンはシドの胸に取りすがって涙する。
香の漂う襟元からのぞく蠱惑的な首筋に、危うく思考を溶かされそうになるシドだったが、人目のおかげで、幸か不幸か踏みとどまれた。彼がイスパニア人であったなら抱き寄せて涙を拭い、甘い言葉の一つでも捧げるのだろうが、あいにく生粋の日本人。その両手はカレンを抱きしめもしなければ突き放すわけでもなく、所在なさそうな姿勢のままこわばっている。どうすりゃいいのよと困りきってアンディの方を見ても、ただニヤニヤ笑いを返されるばかりだ。
「……ふたりとも元気そうで安心した」
結局、シドはカレンが落ち着き、自然と離れるのを待つ、という消極的な姿勢に終止した。アンディが口だけで「いくじなし」と言ったのが見えたから、あとでどうにか意趣返ししてやりたいところだ。
「センセイらしくない。もう少しひねくれた物言いを期待してたんだけどな」
「ムナカタ君、体は本当に無事なんですね?」
「そうじゃなきゃ王都まで来ねーよ。電話でもさんざん伝えたろ、俺を筆頭に万屋ムナカタは全員健在だ」
万屋ムナカタの根城は郊外にあるから、幸いにもテロの被害とは無縁だった。シドが開けたカーテンからは冬の陽が差し込み、いつもと同じ客間を、テーブルを、ソファを柔らかく照らす。あと変わらないものといえば、三人の装いくらいか。シドはいつも通りのビジネスカジュアルだし、アンディもグレーのスーツをややラフに着崩している。カレンも浅葱色の小振袖に濃紺の袴、素人目に見ても高そうな黒革のブーツと、大正浪漫の世界からやってきたような格好だ。
でも、それぞれの目線は、袖口や襟からのぞく包帯、さり気なくつけられた喪章にどうしても向きがちだ。テロの被害を被った以上、何もかもがいつも通りとはゆかない。警察にも魔導士管理機構にも殉職者が出ている。警部や淑女だって万全ではないはずだ、仕事が済んだらとっとと戻って来るよう、主治医なり上役なりから言い含められているに違いない。
「催促するようですまないが、センセイ、お茶は……?」
「ご心配なく、警部。私が頼んだものがちょうど来たようですわ」
相変わらず勝手しやがる、とと毒づくシドをよそに、涙の跡もきれいに拭い去ったカレンは自ら玄関に赴き、ケータリング・サービスの面々を呼び込んだ。
テーブルに並べられたティーセット一式は、どこぞの医療都市の姫君と違って適切な量だ。だが、ガーファンクル家のご令嬢御用達となると、庶民たちはつい身構えてしまう。サンドイッチ、スコーン、それに――カレンの好みであろう――羊羹が行儀よく並べられたケーキスタンド、一度聞いただけでは覚えられなさそうな名前のメーカーの茶器が、地味な万屋ムナカタの客間で異彩を放っている。和装のイスパニア人女性が連合王国風のアフタヌーン・ティーを嗜むちぐはぐさなど、もはや男性陣にとっては些細な話だった。
「さ、お茶が冷めないうちに、お話を始めましょうか?」
カレンの言葉に従った男どもは、いつもより神妙にソファに腰を下ろす。高級な菓子は贈答品でしか買い求めないシドも、安いドーナツを泥水じみたコーヒーで胃に収める日常に慣れきったアンディも、淑女がてきぱき紅茶をいれる様子をしばし呆けたようにながめていた。
「不幸なことはありましたけど、まずはお二人と一同に会せることに感謝したいと思います」
「そうだね。生きてる連中でどうにか建て直さないと」
「警察、結構やばいことになってねーかって、ローズマリーも心配してたんだけどさ。実際どうなのよ?」
「たぶん、君たちのご想像のとおりさ」
アンディは何もつけないままのスコーンを頬張ると、もうてんてこまいだよ、とばかりにソファにふんぞり返る。本式のティーセットを前にすると遠慮が先に立つのか、ストレス解消のはけ口は紫煙ではなく、もっぱら紅茶に向かう。




