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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第12章 猫とメイドと万屋ムナカタの年明け
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12.25 聞いておきたいんだよ、今のうちに

 シドが声をかけようとした時にはもう、病室を飛び出したはずのアリーが、あっという間に主治医(エマ)を伴って戻ってきていた。連れてこられた方は、患者が体調不良を疑うほどに血色が悪い。生まれつきの人形めいた白い肌に青みまで差しているから、背格好の似た他人を他の病棟から間違って連れてきたと言えば大抵の人は騙せそうだ。


「姫様まで、なんでここに?」

「うるさい、まずは診察じゃ」


 有無を言わさず患者(シド)を押さえつける物言い、アリーとともに手際よく仕事に励む手つきを見れば、エマをモグリの医者と謗るものはいるまい。

 体温計を口に突っ込まれ、人間とは思えない――現に人間ではないのだが――冷たい手で脈拍を測られたのもつかの間、細い指に似合わぬ力でまぶたを広げられて瞳孔の反射を観察された挙げ句、淀みない手つきで胸に聴診器を押し当てられ、呼吸音を聞かれた。その合間を縫って、誕生日やら血液型やら個人情報の確認、外観でわからない痛みや違和感の問診が差し込まれる。シドはただ従うばかりだ。


「メイドの小娘も黒猫も、まだ目は覚ましとらんが、診た限りでは無事じゃ」

「……そうか」


 シドの傷の状態や意識に重篤な問題がないと判断したからか、よほど質問したくてたまらないように映ったのか。エマは問われるより早く、知りたい情報を教えてくれた。


「怪我はお主とどっこいどっこいか、多少はマシか、ってところじゃな。今は二人揃って仲良く夢の中じゃ。状況はすべて、ガーファンクルの娘に伝えてある。今すぐにでも見舞いたい風情じゃったが、警察ともども、すぐに動きが取れそうにないと言うておったぞ」

「仕事が早くて助かるぜ」


 弟子と使い魔、そして仲間たちの無事を知って安堵したシドは、アリーから手渡された紙袋の中身を改める。

 一張羅はあちこち擦り切れているけれど、ポケットに忍ばせた貴重品は無事。ジャケットの内ポケットから煤けた手帳を引っ張り出し、万年筆の汚れを拭ってキャップを開ければ、主治医に質問をぶつける準備は完了だ。


「さっきまで起きる気配すらなかったくせに、もう仕事か。忙しないの」

日本(ジパング)人は勤勉なんだよ」

「休めるときに休め、って話じゃ、たわけが」

「それでもさ、聞いておきたいんだよ、今のうちに」


 どうせ言っても聞くことはなかろう、と諦観を隠さないエマは、痛みをこらえながら体を起こすシドに手を貸してくれた。


「そんな長くは付き合えんぞ」

「わかってる。わざわざ王都にまで来てくれて、すまなかったな」

「王都? お主、今、王都と言うたな?」

「ああ。カレンか誰かが、二人を呼んでくれたんだろ?」


 仁王立ちしたエマの柳眉が歪んだのは、話し始めて早々のことだった。たっぷり数十秒かけ、頭のてっぺんからシーツに包まれた足先まで数往復ほどためつすがめつされたシドは、居心地の悪さに身をよじる。

 我が身を振り返るけれど、エマの顔を(ゆが)めるような心当たりはない。自動車爆弾を退(しりぞ)け、弟子とホテル・オリエントの庭園に転がりでたあたりからの記憶が曖昧な彼の推測は、自然と無難なところへと落ち着く。


「救急隊に助け出されて、手近な病院に担ぎ込まれて、そこに姫様が駆けつけてくれたか居合わせたかしたんじゃねーのか?」


 エマはなかなか結論を話してくれない。でも、そうやって時間をかけてくれているお陰で、シドの記憶の(もや)が無理のないペースで取り払われてゆく。

 ホテル・オリエントの防衛に万屋ムナカタが奔走する前後にも、王都のあちこちで同時多発的に爆発テロは起きていた。彼の腕時計はいつの間にか時を告げるのをやめていたし、部屋に窓もないから時刻がわからないが、生存者の捜索と救助活動は今もなお続いていることだろう。増え続ける要救助者の搬送先は当然、王都に点在する病院だ。

 そのはずなのに、ここは妙に静かだ。

 シドがどれほど耳を澄ましても、廊下や窓の外からは人の声どころか、足音すら聞こえない。大規模な爆発テロに見舞われた街の病院とはにわかには信じがたいくらいに、空気の乱れに乏しかった。そうなると、ここが王都という筋は消えそうだ。


「まさか、ここ、ハンディアか?」

「やっとわかったか、うつけもの。今頃は王都の病院という病院が、膨れ上がる怪我人で大わらわじゃ。そこに我輩たちがお主らを助けようと乗り込んでみろ、門前払いを食らうのがオチじゃ」


 アリーが用意したパイプ椅子に、エマは腕を組んでふんぞり返る。安い造りの椅子が申し訳なさそうに抗議の音を立ててもお構いなしだ。それ自体は見慣れた姿なのだが、向けてくるのはあからさまな困惑だ。


「ここに担ぎ込まれた時のこと、本当に覚えておらんのだな?」

「魔力切らして気ぃ失っちまったからな」

「お主ら、午前中はホテル・オリエントで護衛任務にあたっておったと、袴の娘から聞いとる。ひとしきり自動車爆弾からホテルを守ったが、墜落してくる飛行機はどうしようもなかった、と」

「ちっと待て、飛行機ってなんのことだ?」

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