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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第12章 猫とメイドと万屋ムナカタの年明け
176/188

12.20 この街で一番安全なのは【鉄壁】の魔導士のすぐ側です

「先生!」

「ムナカタ君!」


 室内に力ずくで押し戻された師を救うべく、真っ先にローズマリーが駆け、カレンもそれに追従する。無様に転がったシドは、弟子と淑女二人が体を張ってようやく止まった。どちらか一人でも欠けていたら押し切られていたに違いない。


「悪ぃ、ヘマした」

「まずはご自分の心配をなさってください!」

「あなたのおかげで、会場はだいたい無事です。取材の方々の機材はそうもいかないようですけど」


 二人に力ずくで引っ張り起こされたシドの前では、カメラの群れがことごとく沈黙していた。三脚ごと倒された業務用ビデオカメラは自重と重力加速度の掛け算に屈し、小さきものたちはレンズ越しに叩き込まれた一撃で事切れている。自分たちの魔法がみだりに世間に公開される心配は、もうしなくていい。


「邪魔者にはお休みいただきましたわ」

「【防壁】にはたぶん、間に合っていると思います」

「助かる。これで心置きなく暴れられるってわけだ」


 ローズマリーやカレンが答えるより早く、器用にガラス片を避けた黒猫が颯爽(さっそう)と主人の肩の上に飛び乗り、澄まし顔で一声鳴いた。遅れたことを特に詫びている風情はない。せいぜい「ご苦労」程度の意味合いだろう。非常事態だというのに呑気なものだが、あいにく彼女は猫だ。注意したところで、きっと家に帰るころには忘れている。


[センセイ、皆の避難が完了するまで、どうにか頑張ってくれるかい?]

「期待すんのは勝手だが、あんまり長くは持たねぇぞ……!」


 ホテル・オリエントが標的とわかれば、シドも動きようがある。背景に何があるかなんて今は棚上げでよい。まずは次の一撃を確実に止めるのが先決だ。

 傍らの黒猫と目配せしたシドは、さっそく【同調(きりふだ)】を行使する。しばし拳を握りしめ、体中を駆け巡る悪寒にひとしきり耐えた後にはもう、彼の瞳の色は相棒(つかいま)と同じ、金色に染まっていた。


[参考までにきいとく。本館丸ごと外部の攻撃から守ってくれる魔法はあるかい?]

「できるなら最初からやってる」

[そうだよね……]


 クロと【同調】したとて、魔力容量(スタミナ)が増えるわけではない。おまけにシドは魔力の一部を魔導回路(じゃくてん)()()に充てている。そもそもアンディの要望を満たす全方位対応型【防壁】は消耗が激しく、長時間の発現は不可能。理想的な規模で展開するのは、今の彼には荷が重すぎる。


[わかった、報道陣は警察でなんとかする]

「ホントに大丈夫か?」


 発されている避難指示も、放送も、混乱でかき消される一歩手前だ。

 報道陣にとって、カメラは精神的な緩衝材になっていたらしい。それらを失ってようやく、目と鼻の先で爆発がおきたという現実、自分たちのいる会見場がテロの標的である可能性に思い至ったか、一転して我先へと手近な出口へと殺到し始めたのだ。皆例外なく血眼になり、地獄で水を奪いあう亡者さながらの脱出劇は、警察の求める冷静で整然とした避難からはかけ離れている。統制が無駄な努力に終わりそうな予感は、刻一刻と確信へ変わりつつある。


[そんなに長いこと留まれないのはわかってるし、最後まで面倒をみる義理もない。折を見て撤退する。大切なのは、ちゃんと避難するよう()()()()って事実だよ。連中だって大人なんだ、自分の命くらい自分で守ってもらわないと]


 ひとしきり身も蓋もない話を終えたアンディは、一転して統括機構(ギルド)の魔導士たちに指示を下す。


[セニョリータ・ガーファンクルはお父様とともに、公安庁長官の護衛と避難を頼みます]

「心得ましたわ」

[屋上組含の撤退の判断、引き続きの状況監視をお任せしたいが、よろしいですか、セニョリータ・ベラーノ?]

[了解。逐次地階へと移動、避難しつつ【探知】魔法で警戒を続けます]

[大変結構。あとはCCだけど]

「先生のお供をします」

「避難しろ」


 弟子をとっとと逃がしたいシドと、貴重な実戦の機会を逃したくないローズマリー。真っ向から衝突する視線とは裏腹に、二人の意見は見事にくい違う。


「私はシド・ムナカタの弟子です。きちんとお役にたってみせます」

「爆発物相手じゃ、いくら君でもどうしようもない。とっとと安全なところまで逃げろ」

「どこに爆弾が仕掛けられているかわからない以上、この街で一番安全なのは【鉄壁】の魔導士のすぐ側です」


 シドは言葉をつまらせる。

 弟子をなるべく早く避難させたいのは山々だが、自分の預かり知らぬところで、彼女の身に危険が降りかかる可能性は大いにあるのは確かだ。彼女の進言を、ただのわがままと切り捨てることは難しい。

 結果、そばから離れないよう諭されたローズマリーは、言いつけ通り師のそばに寄り添う。いつ何時でも【加速】を繰り出す準備はできているとばかりに、横目でシドとクロの様子を伺いながらだ。


「諸々追加で経費が出るようなら、後で請求書送るからそのつもりでいてくれよ、アンディ!」

[ぜひともそうしてくれたまえ。それでは諸君、最善の――]


 通信の締めくくりを遮るかのように、ホテル・オリエント本館を、再び轟音と振動が見舞う。

 床も壁も問わず波打っていると錯覚し、三半規管が音を上げそうな荒れ模様の中で、シドはとっさにローズマリーの肩を寄せて守る構えに入る。肩の上では黒猫が引きずり落とされまいと渾身の力で爪を立てているが、痛がっている猶予はない。少し腰を落として踏ん張りつつ、周囲、そしてインカムからもたらされる情報をすくい取る。


[新館前でワンボックスが爆発! 向こうから別の一台も来てる!]

「向こうってどっちだ!?」

[正面玄関!]


 予想到達位置は、シドたちがいる会見場とは真逆。【加速】魔法で急行しても【防壁】の発現が間に合うかは博打になる上、ホテル・オリエントの腹の中は混乱と恐慌が渦巻いている。防火設備も稼働済みで行く手を阻む障害は平時より多い。

 それでも、魔導士として場を任された以上、最善を尽くすより他にない。シドは全力で駆けるべく、傍らのローズマリーを引き剥がそうとした――のだが。


「お供しますと言ったはずですよ、先生」

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