12.18 あのバカ、余計なマネを……!
「魔法使いもどきの多くには共通点がありまして、ほぼ例外なく、違法薬物の常習者でした。彼らの所持する薬物を専門機関で分析したところ、人体に作用して後天的に魔法の力を付与する成分が含まれていたことが、この度新たにわかりました。同成分につきましては、以降、『フェアリィ』と呼称いたします。
『フェアリィ』が身体にどう作用するかは、まだ解明の途中です。魔法の発現に関する組織が形成される、薬効成分そのものが器官を代替するなど仮説はありますが、明確にこれだ、という答えには至っておりません。魔法使いもどきの体におきた変化は一時的なものとみられてはいますが、引き続き検証が必要、との見解を得ています」
一転して、今度は国家公安庁長官が対応にあたる。頭の天辺からつま先まで厳しさをまとって記者を圧倒するガーファンクル卿とは異なり、一見話のわかりそうな空気を醸し出してはいるのだが、余計な追求を許すような隙は与えない。見かけどころか中身まで狸といったところか。
「『フェアリィ』は法的に規制されるのでしょうか?」
「今月二日をもって規制対象となっております。保健省からも告示がありますから、併せて参照してください」
「製造元や流通経路の調査はどうなってるんだ?」
「調査状況の詳細をこの場で申し上げるのは控えますが、何者かが明確な意図を持って『フェアリィ』を氾濫させているのは間違いない、と見ております。魔法使いもどきも含めて野放しにしておけば、王都だけでなく、国家の治安そのものを脅かしかねない。
そのような状況を踏まえ、国家公安庁並びに関連組織は、魔導士管理機構との連携を密にしつつ、『フェアリィ』を筆頭とする違法薬物の取り締まり強化と殲滅を目的とする『浄化作戦』を展開いたします」
狸とて獣だ。鋭い爪と尖った牙を併せ持つ。それが古狸ともなれば、どのタイミングで、いかなる角度から、然るべき勢いで言葉を振るうべきかなど百も承知だ。
お役所にありがちな玉虫色の弁明はどこへやら、強い調子で断じた長官に、会見場は再びざわめき出す。聞き違いかと壇上を伺うが、当の本人は得意げに胸を張っていた。
対象的に、ガーファンクル卿や、警備を担当する面々は極めて渋い顔をしている。シドも当然そちら側だ。彼にとって警察はお得意様だから、これまでも公式発表がでれば一通り目を通してきたけれど、ここまで強い言葉を使っていたかはついぞ思い出せない。
[あのバカ、余計なマネを……!]
「あんたがそう言うなら相当だな」
そんなシド以上に、長官の言葉を苦々しく思っているものが一人、通信機の向こうで苦悶していた。
[ガーファンクル卿の説明は完璧だった。長官も途中まではマシだった。最後の最後でいらんこと言いやがった]
[『浄化作戦』に、『あらゆる違法薬物』に、『殲滅する』ですものね]
シドたちのいる窓際とは反対側、ホテル館内へ続く大扉のそばに控えたカレンの指摘は、アンディの苛立ちを鎮める役になどたちはしなかった。長官の宣言は、近い内に捜査計画に姿を変え、現場へと降りてくる。仕事だから仕方ないとはいえ、気が滅入るのは当然だ。
[いずれにせよ、国家公安庁長官という立場から宣言がなされ、イスパニア全土に放映された。事態はもう、動き出していますわ]
「厄介ごとのタネを撒き散らすくらいなら、大人しく通例通りやっときゃよかったのに」
魔法使いもどきとその魔法に絡んだ事件が起きれば、いつかは万屋ムナカタにお鉢が回ってくる。問題はその頻度と規模だ。公安の大ボスが広げた大風呂敷をたたまんがために、抱えきれない量の仕事が持ち込まれたら厄介だ。
面倒くさそうにつぶやくシドを諌めるものは、誰もいない。ローズマリーもいつもならチクリと一刺ししているところだろうが、師匠の気苦労を慮ってか、矛を収めたままだった。
[こうなったらもう、僕たちにできそうなのは事態を軟着陸させるのが精一杯だね]
[まずは今日をいかに平穏無事に終えるか、考えましょうか]
[セニョリータ・ガーファンクルに全面的に同意だ。万屋ムナカタの諸君も、引き続き警備に集中してくれたまえよ]
これ以上の議論は無用とばかりに、アンディは通信を一旦切り上げる。無線のチャンネルが切り替わるノイズが、しばらく耳にまとわりついていた。
――警察も管理機構も、妙な企てしちゃいねーだろうな?
人間、その気になればなんだって、どこまでも疑える。でも、シドの手元には断定はもちろん、推測に至る材料すらない。悩んだところで答えが出ないのなら、カレンの言う通り任務の完遂を優先すべきだ。そもそも警察の中のゴタゴタなど、一介の何でも屋兼魔導士のあずかり知ったことではない。
ホテル・オリエント、冬日のさす中庭に設えられた噴水からは、相変わらずご機嫌な水柱が立ち上る。
穏やかなそのものといった光景を眺めながら、シドはいるかいないかもわからない存在に、ぞんざいにもほどがある祈りを捧げた。仕事が何事もなく終わりますように、と。




