12.16 やっぱり仲が良いじゃない
何対か数えられないほどの視線の中、壇上に二人の人物が上がる。
一人は警察側の代表、国家公安庁長官だ。もっとも、彼を知らぬものからすると、階級章以外に判別できる要素がない。でっぷりした巨体を揺らして歩くさまは、シドの故郷の縁起物――信楽焼の狸を彷彿とさせる。側頭部から後頭部にかけてわずかに残る白髪、重力に抗おうともしない瞼と目尻と頬、ダメ押しとばかりに首周りを覆うだぶつきは、肩書がもたらすはずの威厳すら消し去っていた。
そんな国家公安庁長官と比べてしまうと、魔導士管理機構側の代表であるユリウス・ガーファンクル卿は小柄に見える。でも、足取りや姿勢には老いの影は見当たらないし、席についてから記者席を一瞥する所作にも重みを感じる。素人目ではどちらが警察かわからない――というのはさすがに、シドを含む魔導士の贔屓目かもしれない。
「ムナカタ君、大きなため息ですね」
「こんだけのお偉方を担ぎ出しちまったら、あとが面倒なことにならねーかってな」
「CCさんも、不安が顔に出てましてよ。やっぱり一緒に過ごすと似てくるものなのかしら?」
「そんなことないと思いますよ?」
「気のせいじゃねーか?」
師弟が揃って否定するが、カレンは信じていなさそうだ。弁明の機会は、間断なく焚かれたフラッシュと、部屋一面で跳ね回るシャッター音で押し流される。否が応でも、会見に目を向けざるをえない。
自分たちが頑張らねばならない事態にだけはなりませんように、と心中でぞんざいに祈るシドをよそに、淡々と登壇者を紹介し終えた司会は、一旦目立たぬところへ引っ込む。各組織の広報官と思しき担当者の姿は、壇上はおろか会場の中にも見当たらない。記者会見にはめずらしい取り合わせが、不安をいたずらに煽る。シドの頭によぎるのは、ストッパー役がいれば避けられたであろう失言をこぼすお偉方と、落穂拾いのようにそれに飛びついて糾弾する報道陣の絵面だ。
「えぇ、これより、国家公安庁長官として皆様にご報告いたします」
会見の口火を切るのは、大柄な見た目に違わぬ、国家公安庁長官のゆったりとした語り口だ。
壇上の役割分担は、事前に申し合わせがなされているらしい。彼が話すのは警察の行動指針が主で、魔法と魔導士に関する説明はガーファンクル卿に任されているようだ。
「皆様もよぉくご存知かと思いますが、王都に限らず、イスパニア王国全土で魔法関連の事件が急増しております。具体的に申し上げますと、昨年の発生件数が前年比で一・五倍、人的被害と経済的損失は王都内乱に次ぐレベルであります」
王都内乱。
自らとも因縁浅からぬ事件の名をきいて、魔導士の師弟は揃って壇上を睨みつけたまま動けなくなる。
その大元に横たわるのは、魔法使いのあり方を巡る三組織の勢力争いだ。
一つは、一般市民と魔法使いの融和と共存をはかる「共存推進派」。
もう一つは、魔法という異端の力を恐れ、魔法使いの優遇に傾きかねない風潮に警鐘を鳴らす「共存反対派」。
最後の一つは、魔法使いが既存の権力の監視下に置かれる状況をよしとせず、『魔法使いによる魔法使いのための国を作る』という題目を掲げ活動する「独立派」だ。
シドはかつて、外国人部隊の一員として、「共存推進派」の議員や中核人物の護衛を務めていた。他の二派に迎合した過激派や魔導士たちを相手取って東奔西走する、血と硝煙に彩られた日々を思い出し、眼光が一転して昏くなる。
そんな師のそばでは、色白な顔をことさら青ざめさせたローズマリーが、手のひらが破れんばかりに拳を握りしめている。内乱から逃れ、地方の小村で非業の死を遂げた「共存推進派」の先鋒・クリーデンス内務大臣こそ彼女の父。無縁とは到底いえない。
「お二人共、しっかりなさい」
そんな師弟は、背中を引っ叩かれた衝撃で、揃って目を真ん丸くして我に返る。振り向いた先にいるのは、呆れ顔で仁王立ちした淑女だ。
「同じ言葉で呆けて、そっくりな顔をして我に返るなんて、本当に仲がおよろしいのね。アンディ警部もそう思いませんこと?」
[現場を見てないからそのへんはわかりませんけど……しっかりしてくれたまえよ、二人とも]
淑やかな皮肉と指揮官の小言は、師弟に反論を許さない。今の彼らにはなすべき任務がある。取り戻せない過去を一時でも振り払おうと、シドとローズマリーはそれぞれ、自分で両頬を張って気合いを入れ直した。
「そこまで一緒だなんて、やっぱり仲が良いじゃない」
「偶然です」
「思い過ごしだな」
元の調子を取り戻した魔導士の師弟と淑女は、再び壇上の会見に耳を傾ける。
「注目すべきはこの内訳でありまして、資格を持つ魔導士による犯行は前年比で八十五パーセントに留まり減少傾向。一方で無資格の者による犯行が急増し、総じて件数の増加に至ったわけですが、内情は一昨年やそれ以前と大きく異なります。魔導士の資格を持たなかったものが犯罪を起こしたのではありません。もともと魔法を使えないはずの者が、後天的に魔法の力を手にし、犯行に及んだのです」
公安庁長官の発表にあわせたようなストロボのきらめきに一拍遅れ、シャッターの乾いた瞬きと、人のぬくもりを帯びたさざなみが会見場を駆け抜ける。
でも、ざわめきは長くは続かない。もうひとりの登壇者であるガーファンクル卿がまとめて押さえつけたのは、。
「魔導士管理機構の立場から補足したい。我々が魔法を使う者たちをどう区分して言い表しているかを、改めて説明しておきたく思うのです。ご存知の方も多いかと思いますが、お付き合いいただきたい」
場に居合わせた記者たちや、中継の向こうにいるイスパニア国民が皆、魔導士の流儀に明るいわけではない。魔法と無縁の者がつまづかかないようにする配慮は確かに必要だ。重さや威厳を損なわず、それでいて聞き取りやすい声で、卿は一同に語りかける。




