12.15 憧れが薄れてしまうのは、間違いありませんわね
魔導士の師弟が大広間に戻ってきた頃には、報道陣もほぼ出揃い、登壇者を待ち構えていた。誰もが社名入りの腕章を身につけているが、猜疑心が先に立っているシドからすると、知らない顔の連中が全員不届き者のように思えてくる。
壇上から見て中央の記者席を陣取るのは、新聞社から来た面々だ。いずれもスーツ姿ではあるけれど、所属によって質はずいぶん異なる。大手の新聞社から来た者たちは、突発的な取材でも揺るがない豊富な人的資源の現れか、会社の名を負う自覚をうながした社員教育の賜物か、地味ながらも小綺麗だ。一方、タブロイド紙お抱えのフリー記者は、服装の隅々にまで気にかける余裕がないらしい。連日の夜討ち朝駆けの習慣のせいか、自己主張が強い色のシャツをよく見ると、襟や袖が垢じみている。着崩し方も品がなく、いたずらにくたびれ具合が際立っている。
反面、左右の記者席を占めるテレビ関係者は、総じて華やかな雰囲気を漂わせている。人に見られる機会が比較的多い報道機関ならでは、といったところか。
必要以上に存在感を醸し出すのは、朝の報道番組で毎日のように目にする男性司会者だ。イスパニアで最も長時間、メディアに露出していると囁かれる彼だが、疲労している気配が一切ない。ライトグレーのジャケットで演出しているつもりの清廉さは、語らう中で時々響く品のない笑い声と、日焼けした肌と白い歯の不自然なコントラストが織りなす胡散臭さによって完全にかき消されていた。
「CCさん、頬が引きつってましてよ?」
一緒に会見場内を観察していたカレンに指摘されてしまい、いつもの涼しい微笑みを取り戻そうと試みるローズマリーだったが、うまくいったとは言い難い。マシになった気がしなくもない、といった程度だ。
「緊張してらっしゃるのかしら?」
「それも少しはありますけど、ああいうものを見てしまうと……」
少女の視線の先にいるのは、国営放送の女性キャスターだ。自局の番組のみに活躍の場を留めず、男性向けの写真週刊誌で水着姿を披露したこともある美女は、今日もタイトスカートのスーツを艶かしく着こなしている。才色兼備の彼女は、会見場にいる中でもとりわけ苛烈な性分の持ち主らしい。不手際があったのか、当人がただ癇癪を起こしたのかは定かでないが、延々とスタッフを罵倒し続けてずいぶん経つ。唇からニュースの代わりに飛び出すのは電波に乗せられようもない言葉たちだ。金切り声すらよく通るのはさすがだが、積み重なる叱責は呪詛の域に達しつつあり、仕事熱心と擁護するのはもはや無理だ。
「人間は多面性のある生き物とわかっていても、憧れが薄れてしまうのは、間違いありませんわね」
「あれだけカメラが並んでいるのも、ちょっと気味が悪くて」
ローズマリーが次に目を向けたのは、記者たちの後ろにずらりと居並ぶ、物言わぬレンズの群れだ。一同に介した業務用ビデオカメラと一眼レフカメラだが、どれ一つとして美しい庭園を映し出すものはない。狙いを壇上に定めたまま、豪奢なシャンデリアの輝きを無機質に跳ね返している。
「CCさん、先ほどムナカタ君が話していた件ですけど」
「非常事態の……カメラの処遇のことですか?」
小さくうなずいたカレンは、妹分に顔を寄せ、内緒話の構えをとる。
「その時が来たら、合図は私が出します。一緒にあれらをすべてなぎ倒しましょう」
「カレンさんが? シド先生の指示ではないのですか?」
「彼が魔法を使うのは、おそらく相当切羽詰まった状況です。指示は確実に遅れるか、出ない可能性だってあります。その時にはもう、彼らは魔法を映像に収めてしまうでしょう。待っていては遅いのです」
意を汲んだ少女が頷いたのを確かめると、カレンは穏やかに、しかし有無を言わさぬ程度の強さで妹分に言い聞かせる。
「その時に、必ず、【加速】の調子を確かめてください」
「最初から全力で走れ、ってことですか?」
「そうでなければ意味がありません。そのあとはムナカタ君のそばにつくように。どんな理由でも構いませんので」
視界の端で、会見場に司会者が姿を見せ、定刻を告げる。
カレンと背後にいる管理機構の意図は詳らかでないにしろ、少女のやるべきことは明確だ。護衛という任務においては、守るために駆けることが彼女の仕事。背に隠す獲物の存在を確かめたローズマリーは、きらめく銀髪を結い直した。
「時間ですわね。私たちも行きましょう」
少女を安心させようと、カレンはそっと小さな背中に触れる。彼女たちの仕事はここからが本番だ。




