12.14 後ろめたいことはこっそりやれ、って言ってんだよ
[それじゃ確認しよう、魔導士の諸君。会見場の警備を担当するのは万屋ムナカタとセニョリータ・ガーファンクル」
「対危険物、対火器、対魔法対応は先生にお任せして、私とカレンさんで対人制圧、ですよね……。先生の負担、大きくありません?」
「子供が余計な心配してんじゃねーよ」
師を気遣いつつも子供扱いに反発しようとする少女を諭すのは、現場の責任者・アンディだ。
[大火力を力でとっさに抑え込むってなると、センセイしか任せられる人、いないでしょ。セニョリータ・ガーファンクルからの推薦もあったしね]
「この場にいる魔導士の中で、ムナカタ君ほど守りに長けた人はいません」
[素直に認めるのは癪ですが、お嬢様に賛成せざるを得ませんね]
「あんたはいつも一言余計だよ、ウルスラ」
少女の懸念をやんわりと晴らす警部と淑女に対し、ただ一人、イヤホンの向こうから険のある同意の声を上げたのはウルスラ・ベラーノ。管理機構所属で、普段はカレンやその父の秘書を勤めていが。今日は警備担当の魔導士として駆り出されている。
[セニョリータ・ベラーノ、屋上の様子はどうです?]
[異常なし、通信品質クリア。この機材、管理機構にも導入したいですね。仕事が終わったらでかまいませんのでご紹介いただけますか?]
[ええ、もちろん。お褒めに預かり恐悦至極]
「お小言も絶好調、ってか」
[無駄口が多いのはどちらかしらね、まったく]
「いいから引き続き監視を頼むぜ」
魔導士が配されているのは会見場だけではない。ウルスラを筆頭とした【探知】系統の魔法を得意とする者たちも、ホテルの内外を見張っている。彼らは単に肉眼で状況を見るだけにとどまらない。【探知】魔法の網を張り、空に至るまで監視の目を光らせていた。
[それよりムナカタ、あなたの相棒さん、ここにいるけど大丈夫?]
「クロスケか? 問題ねーよ、やばくなったらこっちに来て加勢してくれる」
[……あなた、猫とお話でもできるの?]
「使い魔ってのはそういうもんなんだよ」
ウルスラのマイクが拾った鳴き声は肯定か、使われる側扱いされたことへの不満か。今頃屋上では、一連のコミュニケーションを目の当たりにした秘書殿が、クロに訝しげな目を向けていることだろう。
「いずれにしても、俺たちは会場の方に集中だ。ローズマリーとカレンは、警察と一緒に広間の中を見張っててくれ。俺は外を重点的に見る」
「中のトラブルの初動対応は、私とCCさん。外からの強襲はムナカタ君、ですわね」
「動きがあったら互いに加勢する。適材適所、ですね」
[一つききたいんだけどさ、センセイ。会見が襲われるとしたらどっちだと思う? 内? それとも外?]
「これも勉強だ、君はどう思う、ローズマリー?」
口調が軽いせいで不謹慎ともとれるアンディへの回答を、シドは弟子に任せることにした。普段の態度をみていると、考えるのが面倒になってほっぽりだしたのでは、とも疑える。
でも、ローズマリーは不満を漏らさない。事前の打ち合わせ、先程見てきた現場、そして忙しなく立ち回る警察の面々を順番に思い返し、自分なりに答えを導き出す。
「……警備体制を知る術があるなら、内部から崩す一手以外にはありません。ただ、警察は今日まで、報道はもちろん、魔導士にも詳細を明らかにしませんでした。入口でも身体検査してますし、中から事を起こすのは、あまり現実的ではないかと」
警察は直前まで、会見の有無と会場の連絡を控えただけでなく、各組織に出席者リストを提出させている。シドたち魔導士はもちろん、マスコミの各社に至るまでだ。現場でのボディチェックは、ホテルのロビー、大広間に入る前の二回、身元確認と併せて実施している。何かが起こるなら外、とローズマリーが考えるのは当然だし、シドも同じだ。
[警察も最大限の警戒体制でいくけど、無資格の魔法使いとか、フェアリィの使用者が紛れ込んでない保証はないからね。十分注意を払ってほしい]
「事前の心構えは大事ですけれど、考え過ぎても逆に動けなくなってしまいますわ。臨機応変に参りましょう」
「ローズマリーも、周りをよく観察して、違和感とか気づいたことがあったらすぐに教えてくれ。それとアンディ、前にも一回きいたけど」
[あの件だったら、ダメだよ?]
「何を問い合わせましたの、ムナカタ君?」
[よりによってセンセイ、魔法を使う段になったら、マスコミの機材潰していいか、って聞くんだぜ? ひどい話だよね]
イヤホンの向こうから、ウルスラのため息がノイズとともに飛んでくる。
つながっているのは通信だけで、物理的には隔たれている二人は、放っておくと小言と皮肉のふっかけ合いを始める。今ひとつ反りが合わない魔導士二人の手綱を操るのも、アンディの大事な仕事だ。
「魔法を映像に収められて、解析なんてされてみろ、こっちの商売上がったりだ。特性を見抜かれた魔法なんざ、タネの割れた手品以下だぜ」
[現場の要望は可能な限り叶えてあげたいけど、モノには限度ってもんがあるからね。そんな提案されて、はいどうぞ、なんて言えると思うかい?]
この警部殿、緩めるところはとことん緩めるが、締めるべきところをちゃんと把握してはいる。シドが舌打ちするくらいで意見を変えないどころか、時として火に油を注いで楽しむから始末におえない。
[センセイはさ、だらしないじゃない?]
「そうですね。とある方から、不良魔導士のあだ名を頂戴してました」
「おいローズマリー」
[仕事のときもやる気はゼロ、口も悪い]
[まったくもって同感です]
「おいウルスラ」
「生活リズムは不規則で、本当に外国人部隊にいたのか、ちょっと怪しいですわね」
「おいカレン」
[でも、本当のところは、真面目で思慮深い]
シドを煽りに煽っていたはずのアンディは、突如風向きを変えてきた。
[どこで身につけたか知らないけど、契約書には隅々まで目を通すし、情報共有もまめにしてくれる。一緒に仕事する立場としてはやりやすい]
「結論から話せ、アンディ。遠回しに言われたってなんのことかわかりゃしねぇ」
[後ろめたいことはこっそりやれ、って言ってんだよ。君たちほどの魔導士が緊急事態って判断するなら、どんな事故が起きても不思議じゃないし、誰も文句を言えまいよ]
警察の、それも役職持ちとは思えない一言に、魔導士勢は揃って黙りこむ。それを是と捉えたか、アンディは力付くでまとめにかかる。
[他、聞きたいことはあるかい、魔導士の諸君?]
「ねーよ」
ウルスラが何も答えないのを確かめつつ、シドはそばにいる少女と淑女に目配せをする。彼らにとって魔法が生命線であるのは事実だから、できる限り痕跡を消すに越したことはない。シドの言い分は二人もわかるのだが、育ちの良さに後ろ髪を引かれるのか、心の底から納得している雰囲気はない。
いずれにせよ、確かめておくべきことは、もう済んだ。
「先生、時間の許す限り、ホテルの中を見て回っておきたいんですけど」
「俺も付き合うよ。カレンはどうする?」
「ここに残ります。アンディ警部と相談したいこともございますし。また後ほど」
会見が始まるまでの時間、シドはローズマリーとともに、最後の確認を済ませておくことにした。いざ問題が起きたら、ホテルの内外を走り回らされる公算が大。いざという時のルートの検討はしておくに越したことはない。




