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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第12章 猫とメイドと万屋ムナカタの年明け
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12.13 おヒゲ、大変良くお似合いですわよ

 記者会見当日、王都は雲一つない冬晴れの朝を迎えた。早朝の空気を割いた陽光は、石造りの旧市街に居並ぶ窓ガラスを照らす。南欧の大地に浮かぶ影の色は、夏ほどではなくとも濃い。

 人が行き交い始めた街を縫うように、万屋ムナカタ一行を乗せたシドの愛車(チンクエチェント)が駆けてゆく。

 今日の仕事の舞台はホテル・オリエント。歴史と伝統が色濃く滲むレンガ造り五階建ての本館と、数年前にオープンした四〇階建ての新館を併せ持つ、イスパニア屈指の老舗ホテルだ。海外の要人の利用や国際会議の開催実績も多く、公的機関の連携を皆に知らしめるお披露目の場にふさわしい。新館の低層階を埋める商業テナント群が息を潜める中で、朝の散歩に連れ出された子犬のようなチンクエチェントがやや浮いて見えるのはお目こぼしを、といったところか。

 地下駐車場に車を停め、急ぎ支度を済ませてからブリーフィングを終えた時点で、会見開始まであと二時間。

 他の警備担当と同様、万屋ムナカタも持ち場へ出向くのだが、会場に入る前にホテルを一巡りし、構造を頭に叩き込んでおくのを忘れない。ホテルのスタッフについてきてもらい、普段は入れない通路や控室、果てはボイラや非常用電源が控えた機械室に至るまで、師弟がおのおのメモを取りつつ、現場の把握に励む。


[どうにかなりそうかい、センセイ?]

「まずは平穏無事に終わるよう祈ってろ」


 アンディの通信に応えるシドからは、やる気の類が感じられない。

 年始早々持ち込まれた、警察と魔導士管理機構(ギルド)の共同記者会見の警備。親しい相手の依頼でかつ割の良い仕事ではあるものの、不測の事態のせいでこまねずみのように走り回らされたくはないというのが彼の本音だ。

 一方、シドの弟子・ローズマリーはいつにもましてやる気十分だ。久しぶりの現場を迎えた少女の口角はわずかに、そして好戦的に上がっている。あわよくば実戦の機会を得てやろうと不謹慎な期待すら寄せていそうだ。親しいゆえにわかるかすかな変化を見たシドは、始まる前からやる気を出さんでもよかろうと気をもむ。


「広くて格式がある会場というのは、先生と一緒に予想してましたけど、まさかホテル・オリエントとは」

[僕は反対したんだけどね。税金の無駄遣いとか言われそうだし]

「よくわかってんじゃねーの」


 ホテルの内外を見聞し、本館の一階に戻ってきた万屋ムナカタ一行は、シドの先導で大広間に足を踏み入れた。

 瞬間、師弟の顔が目に見えて曇る。


「アンディ、もっと地味でこじんまりとした会議室に変えろ、今すぐ」

[悪いね、(さい)は投げられちまってる。今の僕にできるのは、君たちの愚痴に詫びることくらいだ]


 シドの不満をよそに、会見場では粛々と準備が進んでいる。

 壇上に置かれているのは、グレーのクロスがかけられた長机。登壇者は警察と魔導士管理機構(ギルド)から一名ずつのようだ。記者席はその対面で、折りたたみの長机が五台ずつ三列に並べられている。気の早い数名の記者が、コーヒーを飲んだりあくびをしたりと、手持ち無沙汰そうにあくびをしていた。彼らの背後に目を転じれば、三脚を立てたり脚立で場所取りをしたりと、カメラマンが忙しなく動き回っている。

 記者会見らしい光景はこれくらいのものだ。カメラの列のさらに後方、大きな窓の向こうに設えられた中庭では、噴水から水柱が盛大に立ち上っている。陽光以上に強く照り輝くのは、幾重にもガラス彫刻を折り重ねたシャンデリア。落とし物を見失いそうになるくらい毛足の長い絨毯もあって、これから慶事の報告でも始まるのかと錯覚しそうになる。


「じゃあ遠慮なく言わせてもらう。あのデカい窓をみて、それでもこの部屋を使うって言い出したやつを今すぐクビにしろ。それが無理ならせめて窓際に飛ばせ。重要な決定に関わらせるな」

[貴重なご意見承りました、と。CCはどうだい?]

「全体的に、絨毯の毛足が長めなのが気になります。特にこの広間は顕著ですね。少し走りづらいです」

「アンディ、芝刈り機は借りられないか?」

[また無茶を言うね]

「ムナカタ君のお気持ちもわかりますけど、ね」


 大広間にいる万屋ムナカタと、仮設司令室に詰めているアンディの議論に、カレンが口を挟む。一見いつも通りの穏やかな口調だが、すこし様子がおかしい。シドの顔周りから視線をそらし、ネクタイの結び目に話しかけているようにみえる。


「……カレン、言いたいことあんなら言ってくれて構わねーぞ。覚悟はとっくに決まってる」

「では遠慮なく。おヒゲ、大変良くお似合いですわよ」


 淑女の一言に、ローズマリーもこらえきれなくなったか、思わず師匠から顔を背ける。

 一張羅のスーツだけならまだ、見慣れないと言い訳もできる。問題は、無理やり固めてオールバックに仕立てられた黒髪、顔のラインとのマッチングを無視した黒縁の伊達メガネ、ダメ押しで口の周りを彩る付け髭の三点セットだ。これらの重畳(ちょうじょう)が、銀髪の少女から落ち着きを奪い、淑女の腹筋を震わそうとする。それくらい、シドの変装は噛み合っていない。


「先生、こういうお仕事の時、だいたいおヒゲつけてらっしゃいますよね」

「あら、そうなんですの?」

「こんなん、外部の連中に正体がばれなきゃ、出来はそこそこでいいんだよ」


 果たして本当にそうだろうか、と首を傾げる女性陣は、派手さや奇抜さとは無縁だ。

 今日ばかりは、カレンも日本(ジパング)に対する溢れんばかりの愛を抑えたらしい。切りそろえられた黒髪と同じ色調(トーン)のスーツは、いかにも有能な秘書といった佇まいだ。それが逆に、片時も離さない紺の竹刀袋の異様さを際立たせる。

 一方、着慣れたメイド服をクローゼットにしまい込んだローズマリーのお召し物は、何の変哲もないチャコールグレーのパンツスーツだ。きらめく銀髪を低い位置でくくっていると、仕事が板についてきた新人といった風情が漂う。そんな姿形(なり)でも、獲物(トンファー)をはじめとする仕事道具を懐に忍ばせているから油断は禁物だ。初めての現場仕事で緊張しっぱなしだった頃の面影は、もはやない。


「やっぱりちょっと慣れませんわね」


 普段スーツを着ない三人のうち、最も居心地悪そうなのはカレンだった。窮屈そうに肩を動かしてみたり、おかしいところありませんか、とシドの前でくるりと回ってみせたりする。いつもの小振袖と違い、ジャケットの袖やスカートの裾がふわりと舞うことはない。いつもよりシャープな印象を受ける。


「たしかに、あんたのスーツ姿は新鮮だな。初めて見る気がする」

「いかがかしら?」

「趣が変わっていいんじゃねーの?」

「あら、それだけ? もっと褒めてもよろしくてよ?」

「今は仕事中だ」


 鼻の下が伸びてますよ、とでも言いたげな弟子に睨まれては敵わない。シドはわざとらしく咳をすると、仕事の話に戻る。

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