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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第12章 猫とメイドと万屋ムナカタの年明け
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12.11 ちゃんと美味いから大丈夫だよ

「悪い話じゃないと思うけど、どうだい?」

「お声がけはありがたいが、少し時間をくれ。色々調整しなきゃなんねーことがあってな。結果はどうであれ、明日の夕方までには電話する。オフィスにかけりゃいいか?」


 一年前ならいざ知らず、今のシドは弟子を抱える身の上。スケジュール未定の仕事が差し込まれると、ローズマリーの訓練を筆頭に、あらゆる予定が影響を受ける。契約書にサインをするのは、全ての調整が済んでからでなければ無理だ。

 そんな彼らの事情を汲んではくれるアンディだが、


「夕方までなんてケチなこと言ってないで、もっと早く返事をくれたってかまわないよ?」


としっかり催促してくれる。シドもまだ確たることは言えないから、ぼんやりと頷くばかりだ。


「しかし、よく反対意見が出なかったな、記者会見。わざわざ報道に声かけて、現地の警察に警備までさせるんだぜ? そこまで大仰にやることか?」

「手厳しいね、センセイ」


 用が済んだならとっとと茶を飲んで帰ってくれるとありがたい、というシドの本音をよそに、アンディはようやくティーカップに手を伸ばす。

 でも、彼の口ぶりは、よく研いだ(なた)の重さに似ていた。飄々(ひょうひょう)としたいつもの調子はどこへやら、だ。シドも余計なことはいわないし、そのそばに座る銀髪の少女も背筋と頬をこわばらせている。


「――正直さ、僕もトサカにきてるんだよ。紙一枚渡せば済む話を、わざわざ人を集めて(つまび)らかに語るなんてのは馬鹿のやることさ。上の連中の頭を片っ端からぶち割って、じっくり中身を見てみたいもんだね。なにか狙いがあるのは間違いなさそうだけど、探るのは簡単にはいかなそうだし。いずれにしても、現場の苦労も考えやがれ、って話だ」


 そう吐き捨てたアンディは、冷めた紅茶を一息で飲み干すと、盛大に溜息をつく。


「すまない、湿っぽい話をしてしまったね」

「やっぱりあんた、苦労してんだな」

「上の言う事には従わなきゃいけないってのが公僕の仕事だけど、辛いところでもあるよね。どうにか逆手に取って仕掛けらないかとは思ってるけど、ままならないもんさ。なにか思いついたら声を掛けるから、そのときは協力してほしい」

「内容と報酬次第だな」


 そそくさと腰を上げ、コートを羽織ってなお、アンディから厳しさが抜けることはない。

 滞在時間はいつもの数分の一、飲んだ紅茶もわずか一杯。ローズマリーの知る限り最短の滞在時間で用事を済ませた警部は、足早に署へと戻って行った。




 アンディがが去って早々に、シドは年明け二週間の予定の再調整(リスケ)に奔走する。万屋ムナカタの都合で先方の時間を割いてもらう以上、とにかくきちんと事情を説明しないことには始まらない。ローズマリーの訓練で世話になっているオンボロ教会、師弟ともども検査と診察を受ける予定だった主治医(エマ)を筆頭に、理解を得るべき組織も個人はそれなりの数に登る。小言や文句を聞いている時間のほうが長かった気はするけれど、仕事のためならそれも仕方ない。普段は長電話と無縁ゆえ、受話器を持つ手がしびれてしまうのではと錯覚しそうになるくらいの間、シドはソファに戻れずにいた。


「お疲れ様でした、シド先生」


 関係各所への連絡を終えたシドを出迎えたのは、淹れたてのコーヒーに、やや不揃いな形のクッキー、そしてソファに行儀よく収まったローズマリー。時計の針が指すのは、昼食には遅く、かといって午後のティータイムには早すぎる時間だった。


「とりあえず日程調整は終わった。記者会見ができそうな場所にあたりをつけるのは後にしよう」


 シドは弟子お手製のクッキーを数枚頬張ると、熱さに目を白黒させながら濃いコーヒーで流し込む。誰もが無作法と(そし)るであろう行動を前に、少女も物申さずにはいられない。


「子供じゃないんですから、ちゃんと噛んでくださいよ……。味わっていただかないと作った甲斐もありません」

「ちゃんと美味いから大丈夫だよ。また焼いてくれ」


 手製の菓子の感想があまりにもそっけない不満はあるにしても、次の機会への期待を見せられて少しは納得できたのか、少女はいつもの済まし顔と仕事への情熱を取り戻す。


「いろいろおっしゃってましたけど、警備任務のお話、結局お受けになるんですよね?」

「割はいいからな」

「相変わらず即答なさらないのがシド先生らしいというか、なんというか……」

「ダボハゼと思われて足元見られるようになったら、この商売やってらんないからな」

「ダ……何ですって?」

「持ち込まれた話にひょいひょい飛びつくヤツのことで……って、そんなもん、わざわざメモするんじゃありません」


 日本(ジパング)の言い回しは難しいですね、とつぶやきながら律儀にメモを取る弟子を、シドは慌てて止める。彼女は故・内務大臣夫妻の娘。不必要な俗な言い回し(スラング)を教えたとあっては、彼女を万屋ムナカタに預けた警察、あるいは紹介した魔導士管理機構(ギルド)にどんな文句をつけられるかわかったものではない。


「私が知ってもしょうがないことかもしれませんけど、警察や管理機構(ギルド)上層部の皆様は、なぜわざわざ会見を開くんですかね?」

「気にならないっていったら嘘になるけど、推測したくても材料が足りなさ過ぎる。考えるだけ無駄だ。まずは本業に集中しよう。俺たちは契約に従って、任務をこなして、しっかりと分け前を頂戴する。いいな?」

「……はい」

「カレンとかウルスラあたりに、それとなく探りは入れてみるけど、あまり期待してくれるなよ」

「それならば、年始の挨拶を兼ねて、というのはどうでしょう? 日頃からお世話になってますし」

「どうせすぐに顔合わせんのにか? ……わかったから、そんな顔すんなよ」


 警察や国家公安庁、魔導士管理機構(ギルド)の狙いが気になるのは、シドも一緒だ。知っていそうなところから崩してみようと思い立ったものの、ガーファンクル家も多くのイスパニア人と同様、朝まで騒いだ反動で、さすがに今はまだ夢の中だろう。電話するにも明日でないと空振りするのは目に見えている。

 もう一つ気がかりなのは、アンディが示した報酬の額面だ。Xデイまでの残り時間と、年始という時節を差し引いても破格で、一体どうやって捻出したと首を傾げたくなる。経験上、高い報酬には裏があるし、割がいいほど厄介な事件に発展する気がする。もしかしたら今回もそうなんじゃないかと、彼の勘はそっと囁いていた。


 ――心配が杞憂で終わってくれりゃいいけど。


 自分に影響され、弟子を不安がらせてはいけない。

 シドはコーヒーのおかわりを催促すると、ソファの背もたれによりかかり、いつものようにやる気のない不良魔導士に戻ることにした。

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