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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第12章 猫とメイドと万屋ムナカタの年明け
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12.10 あんまり期待すんなとは言っとく

「会見は、明々後日(しあさって)から二週間以内の平日を予定している。実施日当日は朝七時半までに電話するから、取れるようにしておいてほしい」


 電話連絡がなければその日は会見なし、その逆なら四の五の言わず指定された場所へ出向けとは、ずいぶん乱暴な話である。依頼状の文面よりは少しマシな程度の指示だが、本気で会見を隠し通す構えであることは伝わった。


「アンディ警部、報道の方々にも、同じようにお伝えするのですか?」

「そうだよ。君たちと違って、ファクシミリ一枚送りつけておしまいだけどね。来るか来ないかはそちら次第、報じる気があるなら明々後日(しあさって)までに出席者一覧をよこせ、って伝えてる。新聞記者(ブンシャ)だろうがテレビ局だろうがラジオ局だろうが、扱いは一緒さ」

「ずいぶん強気なこって」

「連中は多かれ少なかれ、警察(ぼくたち)のアラ探しを生業にしてるから、飛びつかないはずないって踏んでるんだけどね」


 アンディは徹頭徹尾秘密主義ではないけれど、すべてを詳らかにできる立場でもない。シドにできることといえば、彼の言葉の端々から真意を想像することくらいだ。

 不特定多数の出入りはテロの始まり――なんて格言はこの国(イスパニア)にもシドの故郷(ジパング)にもないのだが、警備するうえでは一つでも不確定要素を潰したい。そんな意図が警部の言葉から見え隠れする。


「警備の規模はどうなってる? 魔導士を複数人相手するってなったら、俺達だけじゃ無理だぜ?」

警察(ぼくたち)もいるし、管理機構(ギルド)からも警備向きの技能に長けた魔導士を出してもらう手はずになってる」

「【探知】とか【防壁】の使い手がメインでしょうか?」

「だろうな。アンディ、会場はどこだ?」

「王都市内、とだけ。当日伝えるよ」


 アンディが答えてくれなくとも、推し量る材料はそれなりにある。

 人材を供出する組織は、警察、マスコミ、そして魔導士、少なくとも三つ。記者会見の目的には、警察と魔導士管理機構(ギルド)が足並みをそろえているアピールが含まれるはずだ。そうなると、登壇者も相応の肩書をもつ立場の人間のはず。


 それだけの容量(キャパシティ)をもち、かつ格のある会場と考えれば、候補は限られるんじゃないか――?


 シドが邪推を秘めるのは手帳の中だけ。それも、この国(イスパニア)では解読できる人間が限られる言語(ぼこくご)で、だ。


「申し訳ないが、はっきりしてるのは役割位のもんでね。魔法を使ってこない(たわ)け者は警察(こっち)で引き受ける」

「常識を超えた現象や相手に対しては魔導士(わたしたち)が立ち向かう、ということですね」

「そういうこと。そこでだセンセイ、どれくらいの相手なら、【防壁】でなんとかできる?」

「質問がざっくりしすぎてて答えようがねーよ、ケースバイケースだ。あんまり期待すんなとは言っとく。魔法だって万能じゃねーんだ、大それたコトをさせようったって無理だぜ。俺がヤバいと判断したら即撤退、ってのは徹底してほしいんだけど、どうかね」


 爆発を抑え込んでおいて余計なご謙遜(けんそん)を、と咎めるようなローズマリーの視線も、わかりきった回答にちょっとがっかりしたようなアンディのため息も、シドは見なかったことにする。幼少から魔法に親しんだ身の上。たとえ近しい相手でも、簡単に手の内と限界をバラすほど軽率ではない。


「もう一つ聞かせてくれ」

「どうぞ、センセイ」

管理機構(ギルド)と協力関係を結んでりゃ、護衛に充てる頭数は十分揃う。カレンとかウルスラを見りゃわかると思うけど、みんな優秀な魔導士だ。俺たちの出番なんてあるか?」

「たしかにそういう意見は出た。魔導士管理機構(ギルド)の協力があれば戦力としては申し分なし、足並みが揃っているアピールにもなる、万屋ムナカタの手を借りるまでもない、とね。でも僕が蹴った」

「余計なことを……」

「大前提として、僕自身が、君たちを重要な戦力と見なしている」


 貴重な()()の場が失われるのではと気を揉むローズマリーに配慮した――というわけではないのだろうが、アンディは積極的にシドの引き止めにかかる。


「それにさ、管理機構(ギルド)からも頼まれてるんだよ。どんな手でもいいからセンセイを引っ張り出してこい、って」

「なんだそりゃ?」

「シド・ムナカタがいれば守りは万全だから、どんな手を使っても駆り出せ、ってね。がいないと任務遂行に重大な懸念が生まれかねない、とまで言われたぜ?」

「先生は管理機構(ギルド)との関わりを最小限にしたがっているようですけど、向こうは逆みたいですね。頼りにされてるじゃないですか」

「僕の知ってるシド・ムナカタは、期待されてると知ってそっぽ向くほどの不人情じゃないはずなんだけどね」


 芝居っ気をちょっぴり織り交ぜつつ、アンディは周囲の期待という錦の御旗をちぎれんばかりに振り回す。

 話が一段落してなお、湯気が消えた紅茶にも、ローズマリー謹製のクッキーにも、彼は手を付けない。シガレットケースもスーツの胸ポケットに眠ったままで、客間からもいつしか紫煙の気配が消えていた。

 どんな企みをがあるかは定かでなくとも、アンディから平素の習慣が封じられている。その事実は否応なしに、シドの注意を()く。


 切羽詰まってんのはどうも本当みたいだな――。


「ま、何しろ急な話だし、時期も時期だからね」


 魔導士の胸中にわずかによぎった同情を察したか、敏腕警部はすかさず、契約書を突きつける。亀の甲より年の功か、二人の間の交渉事においては、大概アンディのペースで進むのが常だ。


()()()の件もぬかりなくやらせてもらうよ」


 不敵な笑みとともに示された報酬の額面は、普段よりずいぶんと多めに色がついている。ずいぶん高く買ってくれたもんだ、とつぶやくシドの口元は、厳しさから一転して緩んでいた。


「先生、そんな露骨に態度を変えるのはいかがなものかと……」

「そいつは失礼」


 ローズマリーは若いぶん、シドよりも潔癖なところがある。金に心惹かれた師をたしなめる弟子というのはなんとも締まらない絵面だが、万屋ムナカタではよくある光景。仕事を持ってきた側としてはむしろ良い兆候ですらある。

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