12.6 私、今怒られてます?
「小娘」
「はい!」
「【加速】魔法と、それに対する過剰ともいえる適正が、お主の体にどんな影響をもたらすか、正直我輩にも予想がつかん。自分を追い込みすぎてくれるな。本当に限界を超えたら、我輩でも手に負えないことになるやもしれん」
「でもエマ様、私は、強くならなきゃいけないんです」
ローズマリーが不満で語気を強めても、エマは頭越しに押さえつけたりはしない。あくまでも、諭す姿勢を貫く。
「師匠、袴の娘、その他諸々。才を持つ大人たちに追いつきたいのは山々だろうが、こっちも無茶を重ねて潰れたヤツを数え切れないほど見た身でな。どうしても看過できんのじゃよ」
「何度も申し上げているとおりです。私は、無理してなんて」
「いない、と本当に言い切れるか? 師匠の目の届かぬところで怠けるお主の姿、我輩にはどうも思い浮かばぬ」
口ごもった弟子を見て、シドは彼女が研修から帰ってきた日のことを思い出す。
ローズマリーが受けた研修は、警察の活動に必要な技能を身につけるためのもの。魔法の訓練は一切含まれない。それなのに、一月を経た彼女の技は冴え渡っていた。誰に強制されるわけでもなく、忙しいスケジュールの合間を縫い、たった一人の自主訓練だけで技を練るなんて、並大抵の覚悟ではできない。涼し気な目元の奥に隠した復讐への誓いが、彼女を突き動かすのか。げに恐ろしきは人の執念である。
「お主の仕事、無理をしなければならない局面が必ず来る。そうじゃろ?」
「それは、はい、そうです」
「その機をきちんと見極めろ、という話じゃ。身も心も常に最大出力でぶん回し続けていたら、いざというときに力を振るえん。有事と平時でメリハリをつけるよう、務めるがよい。お主の師匠も、締めるところは締め、緩めるときは徹底して緩めて、今の技量に上り詰めとるはずじゃ」
そうなのかしら――?
エマの指摘の正当性は頭でわかっているけれど、感情が納得していないのか、ローズマリーの首はかしいだままだ。同居する師の日常を振り返ると、緩んでいる時のほうが圧倒的に多いせいだろう。夜ふかし朝寝はいつものことだし、そもそも寝起きは自室ではなく客間。普段の格好は身綺麗ながらもどことなく間が抜けている。真剣なのは訓練のときと、現場に出たときくらいか。
「坊主、お主の弟子、隠し事にはあまり向いとらんな」
「嘘とハッタリはできるに越したことはねーんだけど……言葉巧みにごまかすのは、とりあえず俺が担当するからいい」
「……もしかして、私、今怒られてます?」
「それは誤解ですわ、CCさん。真っ直ぐな性根はむしろ美徳です。性格がねじくれてると色々大変ですよ? 心にもない甘言を弄したり、素直になれずに意地悪してみたり。そうですよね、ムナカタ君?」
「知らねーよ」
探られても痛む腹なんてないシドは、必要以上の反駁もしない。自分の城にいながらにしてなぜか尻の座りの悪さを覚える彼をみて余計なことを考えているのか、カレンはずっとニコニコしていた。
「小娘は良くも悪くも、こうと決めたら意思を曲げないところがあるからな。強く止めたとて、意識の外で自然と無理を選ぶじゃろ。それならば、きちんとケアをせい。ハンディアに来て、師匠ともども定期的に検査を受けろ。その時はちゃんと診てやる」
「はい!」
「え、俺も?」
「当たり前じゃ、うつけ者。お主が来なんだら、誰が我輩に甘いものを献上するんじゃ? 小娘にやらせる気か?」
「そのへん、ちっとは勉強してくれたりしねーのか?」
「全てはお主らの心がけ次第じゃ」
彼女が求めるのは日本でいうところの袖の下、それも甘いモノ一択。だが、あいにくシドは贈答品の知識に乏しい。
そんなときは先達に教えを乞うに限る。目配せを受けたカレンも、我が意を得たりとばかりにそっと頷いてくれた。気心が知れた相手というのはありがたい。
「さて、我輩からの説明はこれくらいにするか。質問は思いついたら言え、答えてやるぞ。警察と管理機構への資料の展開は、袴の娘よ、任せてよいな?」
かしこまりました、とカレンが言いきる前にはもう、エマは再びフォークを振りかざしていた。悠久の時を生きる彼女は、大人二人の阿吽の呼吸も、それに感づいて険しくなるローズマリーの眼差しも、すべて澄まし顔で見なかったことにできる。
「相変わらずの健啖家ですのね」
「腹が減ってはなんとやら、じゃ。お主らも遠慮せんで良いぞ」
皮肉交じりの評を正面から堂々と受け流したエマは、ようやくいちご山盛りのタルトに狙いを定める。一切れを食べきるのには、鼻歌交じりでも三口で十分。この姫君を基準においてしまったら、人類の大半は少食の仲間入りだ。
そんなことを口走った日には、文句と反論の三倍返しコースが待っている。それを知るシドは苦いコーヒーをお供にし、食欲魔神が引き起こす嵐が去るのをただ祈るばかりだ。




