12.4 ぜひ伺いたい
「で、姫様、結局あのチンピラが使ってたクスリは何だったんだ?」
「そうじゃったな。すまんすまん」
医学と薬学の知識に乏しい魔導士達へ資料を渡したエマは、いざ説明する段になってもメモは一切見ない。専門家の面目躍如といったところか。時折、いちごタルトへの未練を断ち切れない素振りをするのはご愛嬌である。
「あの馬鹿が持っておった薬物は、主に三成分から成っておる。二つはどこに出しても恥ずかしくない法規制物質、具体的には興奮剤と覚醒剤なんじゃが、そのへんはお主等にも想像がついておろう?」
「大体はな」
「メイドの小娘はどうじゃ?」
「違法薬物については講習を受けたことがありましたけど、実際に見るまではちょっと実感に乏しくて……」
ボニーと対峙した二人は頷いてこそいるけれど、首をふる角度も勢いもそれぞれ違う。外国人部隊の出身で退役後も万屋稼業で場数を踏んでいる師匠に対し、弟子は魔導士資格を得て警察に入庁してから一年足らずだから、差があって当然だ。
「あれだけ短時間で【加速】に追従してきたのも、やはり薬物の作用でしょうか?」
「その可能性は高かろうな」
ローズマリーは自己強化系の魔法、とりわけ【加速】に対する適性が図抜けて高いかわりに、他となるとからっきしだ。荒事では速さを利して距離を詰め、全力の一撃を叩き込むしかできない。経験豊富な相手では先を読まれ、対抗されることもしばしばだ。
ただでさえ喧嘩慣れしているうえに、超えてはいけない制約を薬物で取り払ったボニーであれば、【加速】したローズマリーの動きを読み、細い肩を【熱線】で焼いたとて不思議ではない。
「クスリのおかげって考えりゃ、あのタフさにも説明、つきそうだしな」
「急所に三発叩き込まにゃならんかったなら、まず間違いなかろう」
「脳を揺さぶることさえできれば、少なくとも手足の自由は奪えると思ったんですが……」
細身で膂力に欠けるローズマリーでも、急所に一撃を叩き込むことさえできれば、大抵の相手を仕留められるはずだ。でも、ボニーは左右のこめかみと額を砕かれてようやく止まった。そこまでしなければ沈められなかった。
「小娘、あの手の薬物の常習者は、もはや理性ある人間ではない。獣じゃ。獣と思って討ちにかかる心構えでおれ」
「覚えておきます」
「エマ様、残り一つの成分は、魔法使いもどきを生む成分で間違いありませんのね?」
左様、とエマが答える対面で、魔導士の師弟が揃ってペンを走らせる。字まで几帳面なローズマリーに対し、シドのそれはあとで読み返せるかも怪しい走り書きと対象的だが、必要な情報を汲み取らんとする姿勢はそっくりだ。
「以前に分析を依頼された成分と、ボニーが所持していた薬物に含まれていた成分、構造は似たりよったりじゃ。成分も効能もほぼ同一と推定しておる」
分析手法から結果に至るまで、資料には当然ながら詳しく記載されているけれど、それらに対していちいち説明はしない。魔法使いもどきは薬物により生まれるという裏付けが得られれば、捜査には十分だ。首どころか肩までどっぷり事件に使ってしまった魔導士たちが気になるのは、むしろその先である。
「そのクスリを使うと、体には一体何が起こるんですか?」
医療都市の姫君は一時、言葉に迷う。明確な根拠なしに結論は出せない、という逡巡だろうか。
エマが報告書に記したのは、ボニーは薬物によって魔法使いもどきに堕ちた、という分析結果までだ。不正に魔法の力を手に入れる過程で、彼の身がどう変化するかまでは記されていない。だからこそというべきか、師弟も淑女も疑問を隠さない。
「……仮説でいいなら、あるぞ」
「ぜひ伺いたい」
珍しく真摯なシドの訴えを聞いてもなお、エマはソファに深々と座り込んだまま、腕組みをしてしばし考え込む。
これくらいの見返りは認めろとばかりにシュークリームを胃に放り込み、腹を決めたように話し出したのは、たっぷり一分ほどの沈黙が流れ、魔導士たちが焦れはじめた頃合いだった。
「魔法を使うには、身体に魔導回路・魔力生成器官・魔力変換機構の三つが備わってなくてはいかん。これは絶対で覆せない」
「でもエマ様、これまでの司法解剖の結果では」
「言われんでもわかっておるわ、袴の娘よ。魔法使いもどきの遺体には例外なく、三器官の存在が認められなかった。そうじゃな?」
魔導士たちが頷くのを見届けたエマは、やや乱暴なフォークさばきでエクレアを攻略しながら、こんこんと説く。
「だとするなら、三器官に相当する組織が一時的に形成された、としか説明のしようがなかろう。細胞レベルで不可逆的変化があったら、司法解剖の結果と矛盾する。薬物が抜けるにつれて魔力中毒が緩和したボニーの件もある。神経系に作用して、魔法の発現にいたる一連の過程を励起する、それが我輩の推測じゃ」
「それを報告書にお載せにならないのは、なぜです?」
「結論を出すには症例が少なくての。服用する量や期間の影響はどうか、不可逆的な身体の変化が本当にないのか、成果と呼べる積み重ねに欠けておる」
警察による司法解剖、彼女手ずから実施した実験とボニーの経過観察。
医師の間で結果を突き合わせ、議論を重ねてはいるのだろうが、結論を出すのは時期尚早と考えているのだろう。医療と研究に向き合うエマの言葉は誠実で、いつもの傲岸不遜の気配はない。
「全体として、魔力生成が強く作用してるのは間違いなさそうでな。無理やり魔力を絞り出すくせに、失活の機能がない。その先に待つのは魔力中毒と確実な死じゃ。もともと体に備わっとらん機能を無理やりこさえとるんじゃ、どこかしらに歪みもでるのは自明の理だな」
「代償は命によって支払われた、ということですね」
「救いのねー話だ」
「この話、お主らの中で留めておいてくれよ。仮説のせいで捜査を惑わずのは、我輩の本意ではないからな」
背もたれに頼り切るのをやめたエマは、医者の不摂生を絵に書いた量の砂糖をコーヒーに溶かし、一息で飲み干す。直後に小さく漏らしたのは、研究者としての本音だった。
「あぁ、実験したい」
無邪気な口調や表情の奥底で、底しれぬ探究心が、唸りとともに渦を巻いている。
幼女の皮を被った吸血鬼が、一瞬だけ発露した欲望。それを垣間見て背筋を凍らせた魔導士たちは、しばしエマから視線を逸らせずにいた。高いところで狸寝入りを決め込む黒猫も、今ごろ毛を逆立てているに違いない。
「どうした、我輩の顔になにかついてるか?」
「……クリーム。左のほっぺ……もうちょい上だ」
そんな一同をよそに、エマはティラミスに手を伸ばし、酸味と甘味のコンビネーションに頬を緩める。紙ナプキンで顔を拭い、取れたか? とカレンに確かめてもらう様子は子供そのもの。むき出しにされた愛らしい欲望によって先程の不穏な空気を見事に押し流されたことで、魔導士たちにも会話を継ぐ余裕が生まれる。




