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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第12章 猫とメイドと万屋ムナカタの年明け
159/188

12.3 言うは易く行うは難し、だ

「エマ様、お食事に夢中になるのも結構ですけれど、そろそろ本題に入りませんこと?」

「食事はまた別じゃ、これはあくまでも……わかったわかった、話すから、そんな眼で見てくれるな」


 シドとローズマリーは露骨に、カレンは微笑み混じりに、とっとと進捗を述べやがれと無言の圧をかける。エマも気づいてはいるのだが、三つまとめて頬張ったカヌレをそのままコーヒーで流し込むのをやめない。


「ちいとばかり、大目に見てほしいんじゃよ」

「何の話だ?」

「やる気のないフリが下手な不良気取りの魔導士に、おとなしそうな顔のくせに猪突猛進のメイド、懐の刃を隠し切れない袴の娘よ、そんなに急いでどこに行く、急いては事を仕損じる、とつい思ってしまうことをな。お主ら(ニンゲン)我輩(ヴァンパイア)では時間の尺度も重みも違うとわかってはいるんじゃけど、つい、な」

「そんだけわかってんなら、もっと弱者(おれたち)に気ぃ遣ってくれ」


 この姫様、余計なおしゃべりを続けてたら、また菓子に手を出しかねない――。


 師匠の目配せを受けたローズマリーは、持ち前の()()を生かし、エマが狙っていたパウンドケーキの皿を取り上げる。虚しく空を切ったフォークを見て、さすがの彼女もシドたち(ニンゲン)の本気を悟ったらしい。


「……どいつもこいつもせっかちじゃのう」

「ご理解が早く助かりますわ」

「まあよい、下々のものに合わせるのも、為政者の努めだからな」


 エマは口元をナプキンで拭うと、名残惜しそうにテーブルへと目を落とした。大切なものを残して去る悲壮感を漂わせようとしているのなら、あまり上手くはいっていない。


「まずは坊主、礼を言っておく。あの魔力排出装置とやら、坊主が開発に尽力したんじゃろ? ずいぶんと役に立っておるぞ」


 急にエマから謝辞を送られたものの、シドには当事者という実感が薄い。

 魔力排出装置の件で彼がやったことといえば、警察と魔導士管理機構(ギルド)と、とある事件で知り合った王立工科大学の研究者・シュタイン兄妹を引き合わせたくらいのものだ。図面を引いてもいないし、手を動かしてものを作ったわけでもない。装置の被験者に立候補こそしたが、魔法使いもどき・ボニーを逮捕した際に負傷し、治療を優先しなければいけなかった。代わって調整作業に貢献したのは、ガーファンクル親子の秘書を務める魔導士・ウルスラだ。

 医療都市・ハンディアでは、医師たちが装置の使用方法を学びつつ、専門家の見地から様々な要求を出している。それらに応えつつ、実地試験で発生する不測の事態を潰すのが、シュタイン兄妹率いる王立工科大学の面々だ。人体の専門家たちと、魔導式の未来に賭ける技術者たちが足並みを揃えて進めている研究は、いまもなお発展の真っ最中――と、シドも聞きおよんでいる。


「坊主と小娘で相手取った、あのボニーとかいう輩も、一時はかなり危うい状態ったんじゃがな。あれがなけりゃ、またも真相は闇の中だったろうな」


 シドたちが関わってきた者を含め、これまで逮捕されてきた魔法使いもどきは、後天的に魔法の力を手に入れている。そのためか、体内で生成した魔力を失活させる術を持たない。蓄積された魔力は、やがて彼らの体を蝕み、死をもたらす。なにも処置をしなければ、ボニーも同じ末路を辿っていたはずだった。

 だが、研究者と魔導士と医者は、技術と執念と情熱をもって、魔法使いもどきを死の淵から引きずり出し、懺悔と供述の場へと送りこむ道筋を立てた。魔力排出装置の独り立ちはまだ先かもしれないが、捜査の進展には確実に貢献している。


「あの野郎、命の心配はもうないわけだな?」

「魔力中毒に関しては、そう遠からず完治の見込みじゃ」

「他に懸念事項があるように聞こえますけれど……」

「両のこめかみと額をぶち割られとるからな、そっちのほうが時間がかかるかもしれん」


 淀みなく走っていたローズマリーの万年筆は、突如として止まった。最終的にボニーを沈めたのは彼女だ。さすがにやりすぎてしまったかしら、という戸惑いが、透き通った蒼い双眸からすっと滲み出す。


「とても手加減できる相手じゃなかったからな。ローズマリーの判断は適切だったと思う」

「おやおや師匠、弟子に甘くないかの? 相手は凶悪犯にして重要参考人、可能な限り無傷で生け捕るにこしたことはないと思うが?」

「言うは易く行うは難し、だ。危険とわかってて現場に飛び込むのはいかがなもんかと思うけど、現場での対応自体はまあいいでしょう、ってところかな」


 修羅場と鉄火場の類に慣れた上、薬物の力で魔法を手に入れたボニー。彼と万屋ムナカタの相性は、正直悪かった。

 ボニーの繰り出した【熱線】は、魔導士養成機関(アカデミー)の教義に従って分類すると、光学系の射撃魔法にあたる。指向性と収束性に優れた光条が示す、レーザーによく似た挙動と特性が、シドに対して容赦なく牙を剥く。【鉄壁】の魔導士とあだ名される彼は、生まれつき魔力光が()()だ。どんなに分厚い【防壁】でも、【熱線】はたやすくすり抜ける。相手の攻撃を受け切って反撃するシドお得意の戦法は、ことボニー相手には通じない。

 一方、【加速】魔法に裏打ちされた速さが身上のローズマリーでも、さすがに光を操る相手には分が悪い。見てから避けるなんて芸当はもちろん不可能。おまけに相手は対人戦闘の経験豊富なマフィア崩れときている。現に、ボニーは徐々に少女の動きを目で捉え、最終的には対処するに至るまで進化を遂げた。そんな魔法使いもどきを相手に、手加減などできようはずもない。


「師匠はこう言うとるが、袴の娘はどう思う?」

「ムナカタ君がそういうなら、きっとそうなのでしょう。私は後から話を聞いただけの立場でもありますし、外野から口を挟む必要も感じませんが」

「……お主、坊主の肩を持つ機会が妙に多いのは、我輩の気のせいかえ?」

「彼とは長い付き合いですもの。どういう考えで動くかは、だいたい想像がつきます。間違っていそうなときは都度指摘していますから、お気遣いなく」

「ん、そうか。悪いな、吸血鬼(としより)のちょっとした戯言じゃ」


 エマが引き下がったから、対ボニーの件について、これ以上深入りする者はいない。まだ聞くべきことが残されている以上、変に混ぜっ返すのも得策ではないと、シドも話を本題に戻す方に心を砕く。

 そのせいか、隣で眉根を寄せている弟子にまで、目が行き届かなかった。カレンが「長い付き合い」と口にしたあたりでにわかに変わった雲行きを嗅ぎつけたのは、良くも悪くも敏いエマだ。


 今の坊主の相棒(パートナー)は自分という自負か、それとも思慕か、あるいは――。


 そのうちに面白いことが起きそうだ、とでも思ったか、姫君は心底楽しそうに微笑んだ。

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