11.26 そんなに気の長ぇ組織じゃねぇかんな?
「何の用だ、ビアンコ」
「へえ、あんたが」
呼びかけたのはシドだったが、一歩歩みでたのはアンディだった。興味深げに上から下まで風体を観察されたのが気に入らないらしく、ビアンコが不快感をにじませる。
「お噂はかねがね。お会いできて嬉しいよ、”ビアンコ”チコ・カーラ」
「警察風情が何してやがる? おいムナカタ、こいつはどういうことだよ」
「そんな怖い顔しなさんな、ビアンコ。僕らは匿名の通報を受けて来ただけだし、ムナカタ氏は重要参考人だから、ちょっとご同行願おうってだけさ。それより君の方こそ、何しに来たってんだい?」
警察らしからぬ軽薄な物言いが癪に障るのか、気持ち悪いくらい親しげなアンディに警戒しているのか。ビアンコは渋面を崩さないし、遠間から歩み寄ってくる様子もない。
「今なら観なかったことにもしてあげられるんだけど、あんまり長居されても迷惑だからさ、この際だししょっぴいちゃおうか? おもちゃと呼ぶにゃ過ぎたシロモノぶっ放したことは、ちゃんと把握してんだぜ?」
「警察は黙ってろ。用があるのはムナカタの方だ。助太刀の礼を言いたくてな」
俺に? と訝しむシドに贈られたのは、予想外の感謝の言葉だ。
「認めんのは癪だが、俺たちだけじゃあいつを止められなかったかもしれねぇ」
「別に礼なんていらねーよ。やるべきことやっただけだ」
「礼を言いに来た? 本当にそれだけかい?」
「仁義を重んじるってだけで、わざわざ警察がいそうな場所に顔は出さねぇよ。後ろ暗い組織の人間だって自覚くらいはある」
「そいつは結構。じゃ、話の続きをどうぞ」
いつもどおりなのは穏やかな口調だけで、アンディの目つきはいつになく険しい。武闘派と称されるマフィアの幹部が相手のせいか、それとも別の理由があるかまでは、シドにも推し量れなかった。
「俺たちはボニーをひと月前に破門にした。理由は二つ。色街で銀髪のお嬢さんに絡んだ。もう一つは」
「クスリ、だよな?」
シドの指摘には何の反応も返ってこなかったが、沈黙があればそれで十分だ。ボニーの異常に研ぎ澄まされていた視覚や聴覚も、違法薬物の作用と考えれば納得がいく。
「いくつか聞かせてくれ。ボニーがクスリを使い始めたのはいつだ?」
「おそらく、半年以上前だ」
「組織にいた頃、ボニーは魔法を使ってたか?」
「いいや。だが、組織を抜ける置き土産に小隊一つぶっ潰しやがってな。そのときに使ってた可能性はある」
不審な点はあっても、明確な証拠まではつかみきれなかったのだろう。数々のトラブルの原因を追求しきれていれば無用に部下を失うこともなかったと後悔しているかもしれないが、ビアンコの鉄面皮からは、全くそんな素振りを感じない。
さらに、彼の言が確かなら、ローズマリーたちに絡んだ当時のボニーはまだ単なる薬物常習者で、魔法使いもどきではなかった可能性がある。
「ボニーがどんな薬を使ってたのか、どこから入手したのか、掴めてるのかい?」
知らないのか、知っていても教える気がないのか、ビアンコは何も答えない。それを見たアンディは、警察の幹部とは思えない餌を撒いて情報を引き出そうとする。
「見返りってほどじゃないけど……多少のお目こぼしなら、してやれると思うけどね。どうだい?」
それは度が過ぎてねーか、と口を挟もうとした気配を敏感に感じ取ったのか、アンディはすばやくシドに目配せし、釘を刺す。
「あんたらに教えることはない、って面されてもねぇ。匿名の通報を待つのも悪くはないけど、あいにく警察……そんなに気の長ぇ組織じゃねぇかんな?」
追い打ちとばかりにアンディが向けるのは、シドもほとんど見た記憶がない、切れ者警部としての顔。事と次第によってはビアンコの組織を潰してでも聞き出すと言外に、しかし雄弁に語っている。これではどちらがマフィアかわかったものではない。
「ま、少しくらいは考える時間も必要だよね。色良い返事を期待してるよ」
よくもまぁぬけぬけと、とシドは嘆息し、ビアンコは舌打ちをする。
「……今日はこれで、失礼する」
「大事なことだから二度言うけど、通報は匿名でもいいからねー」
白いスーツの男が放つ、限りなく殺気に近い気配が消えたころには、アンディもいつもの調子に戻っている。
「さあ、センセイ、CCの事情聴取が終わるまでは暖かい部屋で待ってよう。冷えは万病の元っていうし、聞きたいこともあるし」
「何だよ?」
「嫌だなぁ、すっとぼけないでくれよ。反社会組織との付き合い、ないんじゃなかったっけ?」
「そのへんはちゃんと説明するから、とりあえずその顔やめてくれ……」
微塵も笑っていない目で意気揚々と歩くアンディについて行くシドは、明らかにボニーと戦った後より疲れた顔をしていた。




